第87話 化け物だよ
「ということで、これもそのあたりにポイでいいな?」
「いや、持って帰るよ。だからそれを振りかぶるな」
答えを待つ前に投げ捨てようとしていた墓蒔が、ぴたりと止まる。にやにやとしていたが、それでも『意外』の感情がわずかに含まれていた。
「えー、真面目だなあ」
「そうでもないよ」
上投げで捨てようとしていたそれを、下投げで試神に寄こす。空になったその蓋をしっかりと閉めると、またリュックに戻した。
「……ちょっと軽くなったかな」
「気のせーじゃね?」
総重量からすればペットボトル一本分がなくなっただけというものではあるのだが、その事実があるだけで少し軽く思うはずだ。実際は胃に行っただけで、足にかかる負担はあまり変わらないが、それでも肩にかかる重さが減るのは大きい。
「ゴミの一つや二つ、捨てても誰も文句は言わんよ」
「だからってポイ捨てする理由にはならん」
立ち上がり、軽く屈伸をする。休めたおかげで、だいぶ足が軽くなったような気がした。
お尻をはたき、土を落とす。頭の中で携行灯が動き、ヘルメットは少しずれた。
「ここに捨てられるゴミが、次の異物になるって噂もあってな」
……なんだそりゃ。
「ダンジョンがリセットされるってことは、なかにあるもんも当然消えんだろ? で、その消えたもんがどうなるかはよくわかってない。中にあったもんは消滅するのか、もしくは」
と。
墓蒔が一回、わざとらしく区切って。
人差し指を、まっすぐ試神に向けた。
「地球に、送られているかもしれない」
「……召喚ってことか?」
「さあ。物だけど、『転生』もありえるかもしんねえな」
「なんにせよ、迷惑な話だ。ますます捨てたくなくったよ」
「まあ、あくまで噂だけどな。実際はどうだか知らん。数ある可能性のひとつってだけだ。で、その可能性の中で一番高いのが、『異物として生まれ変わる』ってやつ。中にあったもんが消えて、代わりに異物ってもんが生まれるんだから、そういう考えがでるのは当然ちゃあ当然だな」
「噂より、地上でリサイクルに回したほうが確実だと思うね」
ヘルメットを直しながら、「こっちにもあるんだろ、リサイクル」そう墓蒔に問うと「もちのろん」と返答があった。
「じゃ、そっちのほうが有意義じゃんか」
「そうでございますねえ」
靴ひもを直し、目で合図を送る。墓蒔が歩くのを待って、試神も進みだした。
「別に墓蒔がポイ捨てしてようが道端に唾を吐こうが自由だけどさ、やるんなら僕の目の見えない場所でやってくれ」
「へーい。気を付けますよ」
ゴミがでるようなものなんかないけどね、と両手を広げる彼の手はなにももっていない。必要なものは全部ポケットに詰めているのだと思うが、今みたいに水が欲しいときはどうしているのだろうか。
「……思うけど、カバンのひとつも持たないでいいのかよ」
「俺様くらいの玄人になるとそんなもん不要なの。もっと高難易度のダンジョンなら、異物を持って帰るために入れ物は用意するけど、この程度のダンジョン、異物を拾っても、持って帰るかも怪しいね」
墓蒔がポケットから携行灯を取り出す。ここに入ったときに傷をつけたものだ。少し縮んでいるようにも思うが、大きさから考えてまだまだ余裕だろう。
「出るとしてこの程度じゃね?」
「…………なあ」
「んあ? ああ、もし新品を見つけたらお前にやるよ。要らなかったら、入口近くの店で買い取ってもらえばいい。高値がつくことは期待できんが、帰りの電車賃くらいにはなるだろ。真ギはさらにそれを売って維持費とか稼いでるわけだし、喜ばれると思うな。もちろん、土産に持って帰ってもいいけど。俺はこんなの、いくらでも手に入るし」
「いや、そうじゃなくてさ」
「ん?」
「知ってれば教えてほしいんだけど」
そう前置きして。
「ダンジョンって、なんで異物がでるの?」
思えば、おかしな話だ。
ゲームでも小説でも当たり前のように取り上げられているが、そもそもなぜ、ダンジョン内で、そういうアイテムが落ちているのだろう。
いや、そもそも。
なぜ、ダンジョンというものが、存在しているのだろう。
「ゲームとかならわかるんだよ、攻略に必要なアイテムを補給するためとか、もっと上の――これが初心者用のダンジョンって言うくらいだから、上級者が挑むような高難易度のダンジョンがあるんだろ? それに挑むための準備として、強いアイテムが必要なんだって」
墓蒔が見せてくれた携行灯。
ゲーム内で、あれが落ちている理由はわかる。
暗い道を照らすためだ。
プレイヤーの視界を確保するため。
洞窟という光が届かない場所は、当然プレイヤーの視界も悪い。それを改善するために、周囲を明るくする手段が必要だ。
だから。
これを使ってくださいね、と、わざとアイテムを用意する。
それがゲームだ。
だが。
――いや。
それはゲームだ。
ゲームだから成立しているものだ。
製作者側が、意図して作っている、配置しているものだ。
攻略の手助けをするために、わざとそういうものを作り、ドロップするようにしている。
暗い道に、携行灯が必要なように。
必要なときに必要なものがでるようにしている。
必要なときに必要なものがでるようになっている。
「なんていうか……ちょっと、人によって都合がよすぎる気がしてんだよな」
以前、ロロロにも言ったのだが、ダンジョンというものがあまりに恣意的だ。
リセットの件といい、異物の件といい。
偶然にしては、あまりにできすぎている。
できすぎて、ぴったりはまりすぎて、無駄がなさすぎて、怖いくらいだ。
さすがに、これで意図していないは、無理がありすぎる。
試神が最初に疑ったように、ダンジョンそのものが誰かの固有魔法だという考えのほうがしっくりくる。
逆にそれなら、まだ理由がつく。
異物の存在理由に、まだ説明がつく。
「異物ってものが、人にとって、あまりに都合がよすぎる。これじゃまるで、ダンジョンに入ってくださいって言ってるようなもんじゃないか」
これで――ここまで条件がそろっておいて、製作者がいないというのなら。
これではまるで――。
「だから、人を呼ぶために、異物があんだろ」
「…………人を、呼ぶ」
「人にとって都合がよすぎる異物があるんじゃなくて、人にとって都合がいいように異物をチューニングしてんじゃんねえの?」
「そんなこと、誰ができんだよ」
墓蒔のニヤニヤが大きくなる。そこまで考えといてそんなこともわかんねえの、とも言いたげな顔だった。
「こんなの……人間技じゃ無理だろ」
「じゃあ、人間じゃねえんじゃねえの?」
「は?」
「もちろん固有魔法でもないと思うけどね、俺様は」
「じゃああとは――」
と。
そこまで言って、ようやく、試神は思いついた。
製作者なら、いるじゃないか、と。
あまりに当たり前すぎて忘れていたが。
あまりに近すぎて見えなかったが。
リセットして、すべて一新して、まったく別の構造になって。
それを作れる、造れる、創れるものが、あるじゃないか、と。
「――ダンジョン側が、人に合わせてる?」
「そう考えりゃ、しっくりくんだろ?」
ロロロははぐらかしたが。
墓蒔は、隠すことなく、告げた。
「ダンジョンは生き物だ」
「…………」
「異物っていう餌をばらまき、人を呼び込み、そして、午前零時に――喰らう」
そんな。
「異球に巣くう、化け物だよ」




