第88話 スーパーハイパーウルトラサンダーアルティメットレア
生物。そして、化け物。
そんな言葉を聞いて。
思わず足を止めた試神に、墓蒔は大きく笑う。
「怖がらせちまったかな」
「……いや」
「――『いや』?」
怪訝そうに――眉をひそめる。
「予想はしてなかったけど、予感はしてたから……驚きはあれど恐怖はないよ」
「……ふーん」
強がりではなさそうということがわかったからだろう、面白くないとばかりに鼻をならす。
「想像力豊かなこって」
「魔法があるくらいなんだ、それくらい想像するさ」
「むしろ、魔法があるからこそ、そんなものに行きつかないもんなんだけどな」
そう、墓蒔は言ってから。
「ああ、だから、魔法の使えないお前がその考えにいきついたのか」
と、一人で納得していた。
「そんなのは別に関係ないだろう?」
「いや、多いに関係あるね」と、墓蒔が少し間を開ける。「魔法は、魔法ができることしかできない」
「…………」
「だから、魔法ができないことは普通、思いつかないんだよ」
もちろん俺様だって思いつかなかった、そう、墓蒔が言って首を振る。
どうやらさっきのダンジョンが生きている云々というのは、誰かの考えで墓蒔のものではないらしい。
なんとなく安心したような、残念なような気がした。
「ま、断言しといてなんだけど、はっきりと『生き物』だって決まってるわけじゃないからな。誰かがその証拠を見つけたわけでもないし、そういう説があるだけ。あくまで、その可能性があるってだけだ。ほんとのことなんか誰にもわからん」
「……ま、そうだろうな」
そのあたりも想像していた通りなので、特に驚きはない。そもそもダンジョン自体に謎が多いことはわかっていたことなのだ。
「けど、墓蒔のいう通り、ダンジョンが生き物って考えると、納得できるところも多いかもな。中にあるものがなくなるのは消化っていう機能のためで、異物が人を呼ぶための餌ってのも、なかなかどうしてわかりやすい」
「こんなもん、人しか使わんだろうしなあ」
パンと一回、墓蒔が腰の辺りを叩く。スパイク・スパイスに似た人形が揺れた。
「なあ、墓蒔。その人形も異物なんだよな?」
「ちょーレアものよ。携行灯がスーパーレアなら、これはスーパーハイパーウルトラサンダーアルティメットレアって感じ。高難易度のダンジョンでしかとれない貴重品」
「なんだかそのよくわからん肩書のものが、たくさんお前の腰にぶら下がってるけど、ほんとに貴重品なのか?」
「いやー、俺様って才能あるからさ、何回もダンジョンに挑んで取ってこれちゃうのよね」
「その人形はなにができるんだ?」
「えー? 訊いちゃう? んー、でもなー。気になってるとこ悪いけど、教えてやれないのよね」
「なんでだよ」
「訊いたらお前、絶対欲しくなるからさ。俺様だけのものにしたから、黙っとくわ」
「……あー、なるほど。本当は大したことない人形だけど、カッコつけたくて言いたくないと」
「正真正銘超絶凄い力を持った本物のちょーレアもんだよ!」
見ろ、と人形を顔の前に持ってこられるが、試神の目にはただの汚い人形にしか見えない。何に使うかわからないし、貴重品と言われなければそのままゴミ箱に直行するはずだ。
「俺様、これを取るためだけにダンジョンに挑んだことがあるぐらいだぜ?」
「……へー。そうなのか」
自慢げに語る墓蒔だが、そもそもダンジョンに潜ること自体が異物収集が目的だったような気がする。
……だとしたら、それって当たり前なんじゃないのか?
「高難易度ダンジョン『失敗作工場 塵芥』。いつかその武勇伝を語りたいね」
「へー。そうなのか」
「まったく……その過酷さと言ったら一冊の本になるくらい語らないといけないくらいだ」
「へー。そうなのか」
「『塵芥』自体も厄介な場所にあってな。いやー、行ける人は限られてんだよなー。俺様は行けちゃうんだけどさ」
「へー。そうなのか」
「……語りたいねっていったら、促すのが一般的じゃね?」
「へー。そうなのか」
墓蒔が言うその武勇伝とやらには興味がないが、別に気になることはある。
「墓蒔がいう高難易度ダンジョンにしか貴重な異物が出ないっていうのは」
「もちろん、人を呼ぶためだろうな」
やっぱりな、と思うと同時、それしかないか、とも思う。
墓蒔が頭上の鉢巻に触れる。そこからなにか異物でも出すのかと思ったが、単に位置を直しただけのようだった。
「人を呼ぶためにダンジョン側も必死ってことよ。こんな町中にあるのなら人がわんさか来るだろうけど、大半は秘境にあるからな。挑戦者自体が少ない。しかもそのほとんどがベテランだ。それぞれの特色でも出さん限り、人なんか来やしないだろう。だが、そういう奴らは零時に喰われる――リセットがかかるってわかってるから、危なくなる前に出ちまうし、喰えるのはゴミばっかだろうさ」
「秘境にあるものこそ、難易度を下げたほうがいいと思うんだけどな」
「そういうのはダンジョン様に言ってくれ」
召喚者様の意見ですが聞いてますか、などと天を見上げるが、当たり前だが返事はない。
「俺様はダンジョンじゃないからわからんけど、そっちのほうが旨いんじゃねえの? 魔法の上手さが味に直結するとか、ダンジョンに潜った時間が長ければ長いほど味がよくなるとか」
「じゃあ、そんなダンジョンに潜りまくってるお前は相当旨そうな人材ってことか?」
「さてねえ」
喰われたことないからわかんね、と墓蒔が肩をすくめる。
「難しくなればなるほど挑戦者のレベルもあがり、せっかく異物を作ってもとられるばかりで餌にありつけないとは、皮肉な話だねえ」
「そうきくと確かに効率が悪いな。……となると生物じゃないのか」
「そのあたりは学者様が議論してくれてるよ」
ここでいろいろ話していても、結局のところわかっていないのだから答えは出ないだろう。だが、いろいろわかったこともある。
「ありがとな、墓蒔。いろいろ助かったよ」
「へーい」
軽く言って。
「てか、この程度の知識、調べればいくらでも出てくるだろ?」
「……そうなのかね」
「なのかねって、お前、調べもしなかったのか?」
「人には訊いたよ。信頼できる人にきいた」
「それ以外は?」
黙る試神を見て、盛大に溜息をはく。
「情報は宝だ。なのに調べんとは、大馬鹿だね、お前」
「いいんだよ、それで」
「なに? 調べるのがめんどくさいとか、そういうオチ?」
「違うよ」
調べるのは苦じゃない。
それはほんとだ。
ただ。
「じゃ、なんだよ」
「……汚したくないんだよ」
「あ?」
「黒い情報を見て、目を汚したくない。汚い情報を取り込んで、脳を汚したくない」
「…………」
「痛い言葉に触れて、指を怪我したくない。辛い言葉を聞いて、耳を壊したくない。障りのある映像を知って、感情を揺さぶられたくない。害のあるすべてのものに、俺は関与したくない」
調べて、綺麗な情報だけが出てくるのなら、いくらでも調べるだろう。
だが。
そうじゃないことくらい、試神もわかっている。
数年間程度でも、地球のインターネットに触れていれば、それぐらいわかってしまう。
人の悪意が、害意が、賊心が、邪心が。
人の醜いものが、見えてしまう。
それが、許せないのだ。




