第85話 一般的な思考の持ち主だと思ってはいるよ
墓蒔が自分の持っていた携行灯をポケットの中に戻す。完全に見えなくなってしまったが、周りの明るさに変化は見られない。試神のライトのほうが明るいとはいえ、光源がひとつ減ったのだからなにかしら変化があるはずだ。だが、それがないところを見ると、どうやら外にだしておかなければいけないものでもないらしい。
両手が開くとなれば、結構使い勝手がよさそうな異物である。
「なあ、墓蒔。その異物……ポケットに入れて、割れたりしないのかよ」
「俺様が着ているもんよ? そのあたりはばっちり対策されてるっつーの」
パンと一回、ポケットを叩くが、割れたようすはない。だが、試神の着ているカーゴパンツで同じことをやったら、間違いなく割れてしまうのだろう。
「それにほら、収納力もばっちりよん?」
そういって、ポケットから人形を――雑に作られたような藁人形のような見た目のものを取り出す。収納力はばっちりという割には、異次元スペースのようになっているわけではないらしい。藁人形も、下手すればバラバラになってしまいそうなほど折りたたまれて収納されていた。
墓蒔はその人形を慣れた手つきで腰につけると、今度は別のポケットからも同じものを取り出し、腰に並べていく。
「その人形も異物なのか?」
「そうよ。これからダンジョン本番だし、念のためつけておこうと思って」
「まさかとは思うけど……お前、俺の人形が欲しがったのって、異物だと思ってるからか?」
「まさか」と墓蒔が笑う。「お前の人形が異物じゃないことぐらい見てわかる。見た目が好きなだけよん」
人形を付け終えた墓蒔が軽く腰を振って落ちないことを確認する。
「これでいいだろ。一度つけちゃえば、魔法のおかげでお前みたいに落とすことはないだろうし」
『お前みたいに』は余計だと思いつつ。
魔法はあんま使えないんじゃ、との試神の視線を感じたのか、墓蒔が首を振る。
「俺様の魔法じゃなくて、ズボンにかけられた魔法。既製品よ、これ。ポケットの中にあるものを保護する機能――魔法があらかじめかけられた服ってとこかな」
そういえば、創造根底館のジャージもそれなりの攻撃を防いでくれるという機能があったことを思い出す。あれも試神の魔法ではなく、最初から織り込まれていたものだった。
「ポケットの量からいってもかなりお気に入りの一品」
大量についたポケット。どれもパンパンにつまっているため、歩くたびのなかのものが擦れて傷つきそうな気もしていたが、それをしっかり対策している代物らしい。
なるほどね、と思う一方で。
(俺の方は……どうっすっかなー)
手に持った携行灯。それを入れる場所がない。
試神の履いているものは普通の、それこそ地球で売られているものと変わりないものだ。保護なんてされてないのだろう。そんなとこに携行灯を入れるのは不安しかない。
一番いいのはリュックであろうが、そこはそこで水やらなんやらいろいろ入っている。歩く度に揺れるので、押しつぶされてしまうことだって十分考えられる。
ライトですら頭につけたのに、こんなものを手に持って片手を埋めてしまいたくもない。
――となれば。
試神はヘルメットを外すと、その中に携行灯を入れ、また被りなおした。
頭とヘルメットの間には、衝撃を逃がすために隙間が存在している。中に液体らしきものが入っているおかげである程度形が変わるそれは、ちょうど隙間に収まってくれた。
数回頭を振って被り心地を確かめるが、問題ない。頭に冷たい違和感を感じるが、まあ大丈夫だろう。割れることはあるまい。
「……よし、じゃあいくか」
「ちょっと待て」
「なんだよ、墓蒔」
「なんでそんな場所に入れんだよ! 馬鹿か! 馬鹿なのか!?」
「仕方ないだろ、ほかに入れる場所ないし。俺はお前みたいな便利な服をきてないんだよ」
「にしてもなんでヘルメットなんだよ! リュックの外ポケットでもいいだろ!」
「割れるかもしれないじゃんか。ヘルメットの中なら安心だ。それに、もし割れてもここなら誰の迷惑にもならんだろ。ヘルメットのおかげで割れても光は漏れにくいだろうし」
「……え? なに、地球人ってこんなやつばっかなの?」
さてねえ。
「地球人はどうかしらんけど、俺はそこそこ一般的な思考の持ち主だと思ってはいるよ」
Φ
絶命洞窟がそうであったように、友情崩壊ダンジョンもそこそこめんどうな造りになっているらしい。
単純な一本道が続いてくれれば楽だったのだが。
ダンジョンに足を踏み入れたあたりから、明らかに分かれ道が多くなった。
(ロロロさんの話では、迷うことはないみたいな話しだったけど……)
ダンジョンは日によって形を変えるとのことなので、もしかしたら今日は難しい日にあたってしまったのではないか。そう思うほど、分かれ道が多い。
そしてもうひとつ不思議なのは。
分かれ道につきあたっても、墓蒔は迷うことなく奥に進んでいくということだ。
一回か二回首を左右に振っただけで、さっさと道を決めてしまう。
適当に選んでいるのかと思ったのだが、どうやらそうも見えない。なにか選んでいるような感じがする。
だが、右、左に規則性はなく、頭で覚えておくのは難しそうだった。
「なあ、墓蒔」
「んなー?」
そしてまた、分岐点に差し掛かったとき、迷うことなく左に進もうとした墓蒔を思わず呼び止める。
「さっきからまったく迷う様子ないけど、お前、これまでの道順ちゃんと覚えてんのか?」
「みちー? そんなもん覚えてねえよ。これだって適当だ」
「はあ?」
「道は未知ってことだな」
「おい、そんなんで帰れるのか?」
「帰んのは楽よ。今きた道の逆を辿ればいい」
「逆って」
それがわかるなら道を覚えてんじゃないのか、と思ったが、墓蒔は「うはは」と笑って。
「今までの道は全部『Y』や『三叉槍』の形だかんな。木の枝みたいに、別れちゃいるが、方向は決まって前。戻らないように進めば、いずれ地上に出られる」
……なるほど。
確かに、これまでは全部分かれ道で墓蒔の言う通り、道は前にしか伸びていなかった。
脇道、というものは今までない。
試神の記憶に新しい、絶命洞窟で落とし穴にはまってしまったときのようなものはひとつもなかった。
「なにお前、これまでの道順覚えようとしてたの?」
「当たり前だろ。……まあ、まさかこんなに入り組んでるとは思ってなかったから、メモなんてとってなかったけどさ」
「初々しいねえ、全く。道を覚えようなんて思ってたのはいつのころだったかしらん。今じゃ、どうせ変んだからってことで端から頭になかったわ」
「……慣れてても帰り道くらいは確保するもんだと思うけどな」
「うはは。帰り道はわかんないけど、帰り方がわかってれば同じことじゃん」
そうなのかもしれないが、こちらはその帰り方がわからないのだ。
墓蒔は経験則から導き出しているのかもしれないが、こちらは初めてのダンジョン探索。わからないことだらけである。
さきほどのY字路のことだって、墓蒔に言われなければ気付かなかったし、もし一人で帰ったとしたら――それこそ、もし墓蒔からはぐれたとして一人になったとしたら、どうなっていたかわからない。
こんな状況だ。誰に訊けるわけでも――。
「――そういえば」
と、改めて周囲を見渡す。
「墓蒔、俺たちここまで、誰ともすれ違っちゃいないよな?」
「ん? ……あー、まあ、そうね」
「友情崩壊ダンジョンって人が多いってきいたんだけど、違うのか。テレビでも初心者に人気とか言ってたけどさ」
「さあ、どうだろうね。テレビだし、広告も兼ねて多少誇張してんじゃねえの?」
「……スポンサー、的な?」
「ダンジョンの懐事情なんて知ったこっちゃないが、こうやって管理してる以上どうやっても金はかかるからな」
そういえば、ダンジョンの周りにはテントがあったし、この辺り一体もしっかり整備されている。あれがどこか管理しているとなれば、やはりお金は必要だろう。
だが、にしては入場料すら払わなくてもいいとは、なんとなく矛盾しているような気もする。




