第84話 携行灯
試神が一度背負ったリュックをまた下す。
なにしてんだ、との墓蒔の言葉には答えず、中からライトを取り出した。手にもつタイプではなく、どこかに取り付けられるようにバンドがついているものだ。
さすがに常に片手が埋まっている状況はさけないということで、新しく揃えたのだが早速役立った。
ヘルメットに装着すると、スイッチを入れる。
真っ暗だったダンジョンが、わずかに照らされる。
照らしてみえると、なんてことない。ここからスタート、というわりには、さっきまで通った場所となにも変らなかった。
「そういえば、墓蒔はライトみたいなもんはあるのか?」
「ご心配なく」
墓蒔はパンパンに膨らんだジーンズのポケットの一つから、水風船をひとつ、取り出した。
黄色の、中に水を貯めたまま口が縛られた水風船。
もちろん、ただの水風船ではないことぐらいわかる。
わかるが。
「それは?」
「ダンジョン特典、異物のひとつ。携行灯」
「異物? ……そんなもんが?」
手のひら大ほどの薄いゴムのような見た目のそれは、異物と言われてもそう見えない。
「そんなもんがダンジョン内に落ちてんのか?」
「そんなもんいうな」
墓蒔は携行灯の端を摘むと、ピッと破るようにして小さな傷を付ける。
水が漏れる、もしくは割れる――かと思いきや、傷からはなにも出て来なかった。
「摩訶不思議なこの異物は、なんと内部に光を貯められるのです」
「へー」
「そして十分に光を蓄えた異物は球状になり、その状態なったこれに傷をつけると、少しずつ光を放出してあたりを照らしてくれるのです」
「おー」
「ま、傷つけるから一回きりの使い捨てなんだけどな」
「なるほど蓄光ってことか。暗いところで光るストラップみたいな」
「そうなんだけどさ……ちょっと魔法っぽくいいたいじゃんか」
わざとらしく咳払いをひとつして。
「俺様はこれがあるから、そのライトがなくても平気よん」
「んー、でも光が漏れているようにはみえないけど……それでほんとに見える様になってるのか?」
「試してみ?」
墓蒔に促され、試神がヘッドライトを消してみる。
真っ暗になる……かと思いきや。
「……なるほど」
確かに異物の効果はあるらしく、真っ暗闇とはならなかった。
ぼんやりと明るい。
だが。
「ヘッドライトのほうが明るいな」
「あー……ちょっと傷が小さかったかな」
またライトを付けると、一気に周りが明るくなった。やはり、文明の利器のほうが全然明るい。
「ま、なんにせよ、俺様のほうは心配いらん。これでも夜目はきくほうなんでね。携帯のバックライトで夜も生活できるくらいには暗闇に慣れてる」
「ならいいけど、で、その光のやつ、どのくらいの時間もつんだ?」
「さー。傷の付け方とか貯めた光の量とかで変わるから、わかんね」
「再現性ないなあ……」
「いいんだよ、適当で」
墓蒔がポケットに手を入れると、またひとつ、携行灯を取り出した。ふたつ目にも傷をつけて、もう少し明るくするのかと思ったが。
「やるよ、これ」と試神に向かって放り投げてくる。
「おわ」と全身で包み込むようにそれを受け取ると。
「落とすなよ、それ。案外簡単に割れっから」
にやにやといたずらっぽく、墓蒔が笑った。
「俺様がやったみたいに、傷をつけるくらいなら別にいいけど、落として割れたりしたら悲惨だぜー。中の光が一気にあふれだして、閃光弾みたいになる。こんな洞窟で、暗闇で慣れたころにそんな強烈な光みたら、最悪失明するかもな」
失明ときいて、腕の中にある異物に目を落とす。肌に伝わる感触は、まんま水風船だった。なかに液体をためたゴムボール。なるほど、確かに落としたら割れてしまいそうではある。
「失明って……そんなもん危ないもん、いきなり投げんなよ」
「受け取れないほど運動神経がないやつに思わなかったからさ。それに、こんな近距離での閃光爆撃、俺様も大ダメージよ?」
いいからもらっとけよ、と言われ、返すタイミングを失ってしまう。
ヘッドライトがあるからいらない、とは思うが、あって困るものでもないのかとも思う。
一応ライトの電池は新品に変えてきたものの、どれくらい持つのか試してはいなかったし、いきなり故障してしまうことだってあるだろう。こんな場所だ。灯りはいくつあっても困るものではない。
しかしなるほど、目を潰すのほど閃光か。
「なあ、墓蒔。これ、高いのか?」
「たかい?」
「高価なのかってこと。くれるっていうけど、一応異物――お宝なんだろ?」
「んー、巷にありふれてはないけど、そこそこの数はあるからなー。探索者なら念のため持ってるくらいの代物じゃね? 手に入れようと思えばいくらでも手に入るよ」
「そんなもんなのか?」
「トレーディングカードでいえば、スーパーレアぐらい?」
「ますますわからん」
「ウルトラレアってほど価値はないけど、もったいなくて使えないってほどでもないよ。異物って実際、コレクションアイテムみたいな立ち位置だからさ」
「……コレクション用?」
だってそうだろ、と墓蒔が顎を上に向ける。
「辺りを照らすなんて、お前のライトがあれば十分だし、魔法でいくらでもなんとかなるだろ。こんなもんを使う必要性がない」
「…………」
「だからキャンプにいってわざわざ不便を楽しむような、縛りプレイ御用達アイテムというか、そういうもんが多いんだよ。もちろん、有能なものもあるけどな」
……なるほど。
「納得した? じゃあ、さっさと」
「それなら、簡単に使えるか」
言うな否や、試神がポケットから携帯を取り出す。
「……なに? 写メでもとって自慢すんの?」
「まさか、そんなわけないだろ」
これでいっか、と、試神が言って。
アラームが聞こえた。
ぴ、ぴぴぴ、ぴぴ、ぴ、ぴぴぴぴ。
そんな、不規則に並んでいるような、ランダム性の高く、どこか聞いていてもやもやする音の並びの、電子音が聞こえる。
「なに? いま目覚ましのアラームセットしたの?」
「これが聞こえたら、墓蒔、お前目を閉じろよ」
「何言ってんの、お前。俺様にここで寝てろってこと?」
そんなわけない。
つまり。
「もしこの先、危険な生物に出くわしたとしたら目くらましにこれを投げるから、その隙に逃げろってこと」
強力な光を発するなら――それこそ目を潰すほどの光を放出してくれるなら逃げるぐらいの時間はかせげるだろう。
もちろん、目が見えない相手がめちゃくちゃな攻撃を繰り出すかもしれないが……そこはなんとかして逃げ切るしかない。
「危険な生物って……俺様、このダンジョンでそんなもんに遭ったことねえけど」
「一応ダンジョンには危険な生物が出るかもって、テレビでも言ってたから念のためだよ」
「……お客様、それはもっと別のダンジョンのことであって、少なくとも友情崩壊ダンジョンではそんな危険は生物はいませんが」
「わからんだろ。準備にこしたことはない」
「…………はあ。まあ、いいや」
「お前もあとででいいから合図を考えといてくれよ、なるべくほかと混ざらない、個性があるのがいい」
「『投げるぞー』じゃだめなのかい?」
「そんなの言える状況かわからんだろ。見つからないように隠れているかもしれないし」
にゃるほどね、と墓蒔が言いかけて。
「んー、でもさ、試神」
「なんだ、墓蒔」
「そんな状況に陥ったとしてだ」
「ああ」
「携帯を取り出して、アラームをセットして、相手が聞いたか見極めて、携行灯を構えて、相手に向かって投げるより、『投げるぞ』って言ってから投げたほうが圧倒的に早くね?」
「…………」
「そもそも携帯だせるなら携行灯だって構えられるだろうし、隠れてるならアラーム自体鳴らせんだろ」
「…………なるほど、確かに一理あるな」
「……え? 逆に一理しかねえの? 今の百里くらいないか?」
「俺の案をパターン1、墓蒔のをパターン2として採用しよう」
「……ちなみにパターン1とか2って、どうやって見極めんの?」
「当然、口で宣言するんだ。『パターン1な!』って」
「よしわかった。俺様、そんな状況になったらすぐに携行灯たたき割るから、頑張って目瞑れよ」




