第81話 なにその縛りプレイ
サーカスでも呼べそうな見た目のテント――を数十倍縮小したようなものの中に、友情崩壊ダンジョンの入口はある、らしい。
テントの中には机と椅子が一組ずつ。そこがダンジョンの受付となっており、今はスーツ姿の女性がひとり、座っていた。
「どもー」と声だけかけて通り過ぎていく派手な青年のあとに続いて、試神も受付の前を通り過ぎる。スーツの女性は二人を一瞥しただけで、特になにも言わなかった。
「……なあ、藤藤……さん」
呼びかけると、「うわっ!」と飛び上がって彼が身震いした。「なんだその変な呼び方、気持ち悪い。変なこと考えずに、墓蒔でいいよ。俺様もお前のことは神様って呼ぶし」
「……どこをどう解釈したら、俺を神様って呼ぶことになるんだよ」
ここに来るまでに一応自己紹介を済ませていたが、まさかそう呼ばれるとは思っていなかった。学校の友人でさえそんな呼び方をされたことはない。
「かっこいいと思うけどねえ、神様」
「カッコいいとかそういう問題じゃないだろ。嫌だよ、いきなり神様なんて呼び止められるの。絶対周りの視線を集めるやつじゃんか」
「おにーさん、やっぱり田舎者だね。神様って呼ばれたくらいで周りの視線を集めるほど、ここら辺の奴らは信仰心を持っちゃいないよ。あるのは対抗心ぐらいだ」
「むしろ一番あっちゃだめなやつだろ、それ」
対抗心なんて燃やされてもこちらはなにもできないのに。
「じゃあさ、あだ名とかないの?」
……あだ名、ねえ。
「特にないな」
「なんだそれ、寂しいな」
「いいだろ、別に。そもそも俺の名前自体があだ名みたいなものだから、特に別称なんてなかったんだよ」
「じゃあ、『しんちゃん』とかどう?」
「お前のことを『ふっくん』って呼んでいいなら」
「じゃあ試神って呼ぶわ。で、なに?」
どうやら名前を覚えていないわけじゃなさそうだ。名乗るときもこちらから、相手はさして興味ないように聞いていたようだが、意外にも聞く耳は持っているらしい。
「あれ、受付だよな。……通り過ぎたけどいいのか? なにか書いたり登録したりとか」
「しないねえ。まあ、ダンジョンによってはするところもあるみたいだけど、少なくともここではしない。あれは一応形だけで、今、ダンジョンの中に何人入ってるとか記録を取ってるわけでもないしな」
「じゃあ、あれはなんのためにあるんだ?」
「なにかあったときのためだよ。ダンジョンから怪我人がでてきたときに一応救護班に連絡をするとか、そういうためのもん」
「………………」
「……なに? そんな『え? ダンジョンって怪我すんの?』みたいな顔」
半分当たり。
「一応覚悟はしてたけどさ、やっぱ怪我すんだなって」
「道端を転んでも血を流すのが当たり前っていうのに、なに言っちゃってんの?」
「この頭のヘルメットが見えんかね? 安全第一主義の男なんだよ、俺は」
「そんな奴は普通ダンジョンなんかに潜らんのよ」
……うーん、やっぱりそこは突っ込まれるよなあ。
まあ。
(俺も同意見だから、仕方ないんだけど)
「もし怪我したとして救護班が来てくれたとしたら、治癒魔法とかかけてくれんの?」
「消毒してキズバン貼って病院へ飛ばしてくれるよ」
ファンタジーのかけらもない回答がきて、少し戸惑う。
「……かけてくれない……というか、治してくれないのか?」
墓蒔がやれやれと言った顔で首を横に振る。
「お前マジでどこの田舎者よ。俺様たちが使うような治癒魔法なんて結局、人の治癒力あげるしかできないんだから、消毒してキズバン貼るのと大差ないじゃん。それに、そんな魔法ポンポン使ってたら自己治癒力無くなって大変よ? 人の体なんて簡単にバグるんだから、魔法でしか傷を治せなくなって、結局死んじまう。まあ、命に関わるくらいの、死に直結するような大怪我なら危機感のほうが勝って、体が反射的に治しちゃうかもしんねえけど、それはご愛嬌の例外ってもんよ」
「そう……なのか」
よく漫画やアニメで見るような、みるみるうちに傷がふさがって、なんてものは期待できないと知ってますます怖くなる。
「治癒魔法とか専門的なものは、専門家に任せたほうがいいの。病院だったら自己治癒力を落とさず損なわず傷つけずに治してくれる固有魔法を持った奴がいるだろうし、素人が変なことするほうが危ないね」
「専門職っていうと、ヒーラーとかいうやつか?」
「ひらひらの服飾?」
「ダンジョン内での回復専門職。パーティーメンバーには必須の職業」
「……どうしてそこまでしてパーティーメンバーに結び付けたいのかわからんが、医者じゃダメなのかね?」
ダメというわけではないが、いざというときにいてほしい人材ではある。
「パーティーってそういうもんじゃないのか? 戦闘する人とバフかける人と回復する人とシールド張る人がいて、各々が得意分野で補い合って、仲間で力合わせて探索するんじゃないのか?」
そんな。
そんな、当たり前のことを言うと。
墓蒔は――
「なにその縛りプレイ」
――快感に身を震わすような、恍惚とした表情をした。
「いいね、その考え方。サイッコーに好きよ。俺様好み」
口が裂けるのではないかというほど、口角を上げて笑う。ギザギザの歯が見えて、ますます少年っぽさが増していく。
「いいね、いいね。すげえいい。でも……、うーん、なんていうか、中途半端だ。良いだけで、悪くないだけで、それだけだ。楽しくはない。縛りプレイで挑もうって心意気は認めるけどな。周回プレイでしかないダンジョン探索を少しでも楽しもうっていうことなら、それなりに達成できるかもしれんけど……強者があえてレベルを下げてプレイしているようにしか見えない」
雑魚狩りだよ、と墓蒔が言った。
「それはあくまで、雑魚狩りをどうやって楽しむか考えてるに過ぎない。そんなん、俺様から言わせればまだまだ甘ちゃんだね。ダンジョンを本気で楽しむための制限ってのをわかっちゃいない。それに、その縛りプレイで得られるものってなに? パーティー内の結束? 友情? そんなもん外で食事でもして勝手に深めてろよ。わざわざダンジョンにまできてするもんじゃない」
「……自分の魔法を鍛えるため、とかじゃないのか」
試神はそういうと、墓蒔は「はっ」と、今度は汚いものを見る目に変わった。
「そんなもん、ますますダンジョンに来る意味ないね。試神はさっき、得意分野で補い合ってっていったけどさ。別に、自分一人で全部やればいいんじゃね?」
アタッカー、シールダー、バッファー、ヒーラー、タンク。
遠距離攻撃近距離攻撃。
打撃、呪い、行動制限。
そんなもん――。
わざわざ、人を分ける意味があるのかね?
ましてや。
――命がかかっているのに。
あっという間に死んでしまうというのに。
他人に期待して。
他人を信用して。
他人に委任して。
他人に依怙して。
そんな暇……いや、そんな余裕あるのだろうか。
たった一つ、得意になった程度で、死なない程度に鍛え上げたぐらいで満足できる心境が、墓蒔には理解できなかった。
「無駄だよ、無駄無駄。自分で戦って自分で守って、必要なら自分を強化して相手の動きを制限すればいいだけじゃん。そうすれば連携なんてものはそもそも必要ないし、ダンジョンが攻略できたら自分のおかげ。できなかったら自分が原因で済むじゃん。なんでわざわざ専門的なものに振り分けるのか、俺様には理解できないね」
「…………」
墓蒔の言っていることは、なんとなく理解できる。
やれることしかやらない。
パーティーというのは、いわばそういうことなのだ。
やれることしかやらない。
けれど。
やれることは、極め尽くす。
そうやって個々が補うことで、ようやく一つになっていく。
全部ひとりでやるというのは、それはもちろん一つの究極系なのだろうが、全員がそうできないことぐらい、試神もわかっている。
それに。
もしそんな――自分一人で全部できてしまったとしたら――
「……パーティーってなんの意味があるんだよ。一人でできるんだったらそんなもん要らないじゃん」
「さあね。俺様もよくわかんね」
両の手のひらを上にして持ち上げる。にやりと笑う仕草は、なかなか似合っていた。
「一人だとこうやって楽しくおしゃべりできんからじゃね?」
「……なんだそれ」
「それか、俺とお前みたいに、魔法が使えんもの同士はパーティーを組むんじゃね?」
(……なるほどね)
「まあ、実際にパーティーって言っても、どうやってんのかわかんねえけど。さっきも言ったけど、別になにか紙に書くわけでも申請するわけでもないし。……まあ、あの人がうまいことやってくれてんのかね」
あの人、と頭を後ろに向けて顎をつきだす。その先にいるのは受付の女性だ。
「興味がないから考えもしなかったけど、一緒に入る人でなんかくくってんじゃねえの?」
「そんな適当な」
「うはは」
声に出して笑う。




