第80話 藤藤 墓蒔
「ああ、やっぱりこれ、おにーさんの」
「そう、ここに来るまでリュックにつけてたんだけど、いつのまにか落としちゃったみたいでさ」
「ふーん、そう」
男性はにやにや顔のまま伸ばした腕を縮め、人形を見つめる。
悪戯っぽさが垣間見える笑みをみて、もしかしたら、返してくれないかも。そう思ったが。
「はい、じゃあこれ、返すよ」といって、あっさりと人形を手渡してくれる。
「あ……ありがと」
「いいっていいって。好きな見た目だったから持ち主が見つからなかったらもらっちゃおうかと思ってたけど、うはは。流石に目の前にいたらパクれないもんな」
試神が驚いて顔を上げると、また「うはは」と笑う。
毒気のまるでない笑みだったが。
それゆえに。
本気で盗るつもりだったんだな、とわかってしまった。
表情に出ていたのだろう。男性はそんな試神を見て、大仰に肩をすくめた。
「おにーさん、やっぱり初心者だね」
「……え?」
「そんな奇抜な恰好してるし、もしかしたら人目を引くことが目的の人なのかなーって思ってたけど、やっぱ違うみたいだ」
奇抜な恰好。それに、人目を引く。
確かに、ここまで着込んだ人は珍しいかもしれないが。
(それは向こうだって同じだろう)
恰好だけでいえば、とても近寄りたくない部類だ。
「言っとくけど、落ちてるものをもらうのは普通よ。特にダンジョンなら尚更。異物なんてものがあるから、落ちてるものについては目ざとくなっていくもんなの。早い者勝ちの見つけたもん勝ち。俺のだった、俺が先に見つけた、俺が拾おうと思ったのに、そんな文句は通用しない。そこに狡いなんてもんは存在しないの」
「……ここは、ダンジョンじゃないだろう」
小さく反論すると、男性は「うはは、確かにね」と肯定した。
「だから俺様は一応持ち主を探したのよ。そしたら運悪く見つけちまったってわけ」
「…………」
運悪く。
試神からしてみれば運は良かったのだが、確かに男性からしてみれば悪かったのだろう。
不幸
だったのだろう。
「まあ……とりあえず、人形見つけてくれてありがと。助かったよ」
人形をまたリュックに取り付ける。今度は落とさないように、と思ってしっかり結びつけたのだが――不思議なことに、落としたはずの人形の頭についている紐は、切れていなかった。切れたのを男性が直したわけでもなさそうだ。紐は痛んでもおらず、引っ張ったところで切れるようすもない。
……俺、しっかりくくりつけたよな?
紐が切れる以外で落ちることがありえるのだろうか。もしそうなら、また落とす可能性があるのだが……。
「ねえ、おにーさん」
声が近いと思ったら、すぐ隣に男性がいた。
「ひょっとして、これからダンジョンに潜ろうとしてる?」
しゃがんでいる試神の顔を覗き込むように、男性も身をかがめる。
近くで見るその顔は、相当若いように思えた。
おそらく十代。
「そうしようかと……思ってたけどさ」
「んん?」
「帰ってもいいかなって思ってたところ」
「ええ! なんでだよ」
にやにや顔が一変。本気で驚いているようだった。
「そんな恰好してんのに、入らないで帰るってマジ?」
「別に恰好は関係ないだろ。……まあ、一緒に入る人がいなくて、一人は嫌だから帰ろうかなって」
「ああ、なーる」
ほど、のたった二文字を省略し、男性の顔にまた笑みが戻る。
「確かに、今日は人、少ねえもんな」
「……やっぱ、そうなんだ」
「なんでだろーねー」
独り言なのか質問なのか、そんなことを呟いたあと、男性は後ろを振り返った。
なんとなく。
そこにいたほとんどの人の視線が、こちらに向いているような気がした。
「おにーさんは、なんでダンジョンに入りたいの?」
「え?」
「力試し? それとも異物集め?」
「……いや」
男性が言ったどちらも、試神には興味がない。
「ダンジョンっていうものに、一回、入ってみたいんだよ」
「……へー」
男性の笑みが、止まったように感じた。
「今までに入った経験はあんの?」
「……いや、ない」
「なのに、入りたいんだな」
「……まあ」
じゃあさ、と食い気味に男性が言った。
「じゃあさ、俺様と一緒に入る?」
「え?」
「俺様も一人でさ、ダンジョンに行く奴、探してたんだよね」
「…………」
「一応俺様、ダンジョン経験者よ?」
初心者ではないということを言いたいのだろう。
……それが本当だとすれば、相当ありがたい。
試神も、できれば初心者だけでダンジョンに挑みたくはなかったのだ。「わからないのが楽しい」というのもわからないではないが、それは安全が確保された中でこそやりたい。
「でも、悪いけど、俺……ほとんど魔法使えないけど」
「んん、そうなん? まあ、いいんじゃね、あるにこしたことはないけど、使わなくても別に困るもんじゃねえし」
嘘や強がりを言っているようには見えない。
相当魔法に自信があるのか、それとも魔法が必要ないくらいのダンジョンなのか。
どちらにせよ、さらに懸念点がひとつ減った。
となれば。
悩んでいる時間は、短かった。
その誘いに、試神は是と答える。
「よっしゃ、じゃあ、善は急げとも言うし、とっとと行こうか」
ダンジョンに向けて足を向けた男性が、「そういえば」と、またこちらに振り返った。
「自己紹介がまだだったな。俺様の名前は藤藤 墓蒔。このあたりじゃ、『ラストワン』って呼ばれてる」
ひとまず、よろ。軽く手を振る彼をみて。
大丈夫かな、と少しだけ不安になった。




