第79話 これを探してたりする?
「悪いけど、ほか当たってくれるかな」
そう断られるのは何度目だろうか。
最初はそれなりに気にしていた試神だったが、途中からなんだかどうでもよくなってきていた。
断られた数なんて覚えていない。どうせ何回も断られると思っていたので、最初から数えていなかったのだ。
だが――今では数えておいたほうがよかったと思ってしまう。
(覚えていたら、むしろ笑い話になったのに)
誰にも話せない苦労ほど悲しいものはない。それなりの数に声をかけたので、一応話しのタネにすることはできるのだが、正確な数を把握した上で話すのと、そうじゃないのはまるっきり違う。
簡単にいえば、自分のモチベーションに大きな差が出る。
「……というか、ダンジョンに入る前のことをみんなに話そうと思ってる時点で、多分俺、諦めてんだよなあ」
友情崩壊ダンジョン前広場『多死悲喜交々』
イベント開催用に設けられたらしい、ある程度の広さがあるその場所で。
試神は三人掛けのベンチの真ん中に、腰を下ろした。
ついでにリュックとヘルメットも外す。ずっと歩きっぱなしだったせいで、背中と額に汗をかいている。ちょうど気持ちいい風が吹いて、汗ばんだ体を冷やしてくれた。
「うーん、ここまで人が捕まらんとは思わなんだ。テレビで見たときはもっと人が多かった気がしたんだけどなあ」
人探しと親指でファインダーを作り、覗く。完全一致ではないが、画角はかなり近い。おそらくテレビもここで撮影していたのだろう。
あのときは、人の多さをリポートするくらい盛況だったはずだが。
今は、ブームを過ぎた観光地のように人がまばらにしかいない。
「これは……やらせ……というやつなのだろうか」
疑いたくはないが、そう思ってしまう。
天気だって悪くないのだ。なのに、ここまで人が減る意味がわからない。
それに。
まだ気になることがある。
電車を降り、駅でタタンと別れたときからそうだったのだが。
なんとなく、空気がぴりついているのである。
緊張感。
そこに張りつめている空気の名前はそれであっているのだが。
これからダンジョンに挑むことに対する興奮交じりの緊張感ではなく、警戒心を伴う緊張感である。
そこに初々しさのようなものはまるでなく、むしろ手練れのような鋭いものを感じる。
(ここ……初心者用じゃなかったのか?)
タタンに連れてきてもらったので間違いないと思うのだが、ここまで違うとさすがに不安になってくる。
「……そうだな、あと、三組。それだけ声をかけてダメだったら、帰ろう」
別にダンジョンに潜るのは今日じゃなくてもいいのだ。たまたま予定があったから来ただけで、チャンスはいくらでもある。来週は雨だということだが、傘をさしてきてもいいし、再来週に回すという手もある。
とりあえずダンジョンに入れればいいので、そこにこだわりはない。
入ったという経験があればいい。中に入り、視たという記憶さえあれば――。
――それだけで、神羅 試神という人間は満足するはずなのだ。
「よっしゃ! じゃあ、あともうひと踏ん張り」
額の汗が引くのをまってからもう一回ヘルメットを被り直し、顎紐を締め直す。
背中はまだ少し湿った感覚があるが、これを待っているのもなんだ。帰るにしても早いほうがいいし、ゆっくりしていてもこれから人が増える見込みもない。
ずっしりとした重みがあるリュックを背負おうと、肩紐に手をかけたところで――。
「……あれ?」
人形がないことに気が付いた。
リュックの脇のベルトの部分。
そこに、人形の頭についていた紐をくくりつけていたのだが、いつのまにかなくなっている。紐すら残っていないということは、すり切れてしまったのだろうか。
確かにあれば新品ではなく、保管状況もいいとは思えなかったので、劣化している可能性は十分考えられた。
「やば……あれ、返そうと思ってたのに」
手作りっぽいので、既製品ではないだろう。捨てていいと言われていたものだが、わざわざリュックの底に入っていたのだ。なんらかの思い入れがあるものだと思って、ずっと持っていたのだが。
「電車おりたときは……あったよな」
タタンがやけに人形を邪魔くさそうに扱っていた記憶がある。引っかかって危ないからサイドポケットに入れたらどうかと言われたことも覚えている。結局サイドポケットもハンカチなどで埋まっているためつける場所を変えなかったのだが、もし素直にいうことを聞いていれば落とさなかっただろう。
(運が悪いなあ、ほんと)
だが、落とした可能性がある範囲がそこまで広くないのは助かった。
一緒にダンジョンに潜ってくれる人を探して歩き回ってはいたものの、この周辺から大きく離れてはいない。
だから、もし人形があるとすればこのあたり。
多死悲喜交々のあたりか、駅までの帰り道のどこかである。
もしかしたら誰か拾って落とし物センターみたいな場所に届けられている可能性もあるが、それがどこにあるのかわからないし、人形もはっきり形状を記憶してはいなかったので、似たようなものを出されてもわからない可能性がある。
「…………」
試神は少し考え。
「よし、帰ろう」
ザっとあたりをみて人形がないことはわかっている。とすれば、帰り道にあるかもしれない。今日はダンジョンに縁がなかったということで、探しながら帰ってもいいかもしれない。
リュックを背負い、もう一度ベンチを確認する。
下までしっかり見て、人形がないことを確かめた――
――ときだった。
「おにーさん」
と。
試神の後ろから。
声がかかった。
「ひょっとして、これを探してたりする?」
振り向くと男性が、にやにやしながら立っていた。
一目見ただけでわかる――異様な青年だった。
荒れ狂う癖毛を鉢巻で無理やり押さえつけたヘアスタイル。切れ長の目に、いたずらっぽく笑うその姿は少年味にあふれている。花のアップリケが大量についたシャツに、異常とも思えるほどポケットのついたジーンズ。しかもポケットはどれもパンパンに膨れているため、下半身だけアンバランスに太く見える。
男性は、試神に向かって腕を伸ばしており、その中指には、人形がぶら下がっていた。
「あ、それ!」
さっきまで形状がまったく思い出せなかったが、見たらわかった。
あれは自分が落としたものだ。




