第78話 仲間殺し
「それは、なぜ?」タタンが言った。「行っちゃいけない理由はなんでしょうか?」
「今、あのダンジョンに『ラストワン』が来てるんだって。だから、初心者とか実力のない人はみんなあのダンジョンを避けて、別の場所に行ってる。だから神兄ちゃんもやめたほうがいいよーって思って」
『ラストワン』
その名前を聞いても、誰もなにも言わなかった。
絶句。
ではない。
驚愕、でもない。
恐怖、でも、ない。
単に――わからなかったからだ。
全く、聞き覚えがない名前である。
「簡単に言えば……仲間殺し」疑問に答えたのは、ガブリンだった。「知らないのは……当たり前。僕たちみたいな、ダンジョンに入らない人にはほぼ無名。でも、ダンジョンに潜る人の間では、結構有名」
らしい。
と、最後に付け加えたのは、ガブリンでさえ又聞きだったからだ。
そして最後にもう一文、又聞きの文章を付け足す。
「一緒にダンジョンに潜ったパーティー全員を殺して帰ってくるから、最後の一人」
ガブリンが言い終わっても。
全員、なにも言わなかった。
「……あれ? どうしたの? みんなそんな顔して」
「いや…………改めてすごいなって思ったところっすよ。あの人の魔法」
「え? あの人?」
苦同がさきほどの経緯を――試神がすでにダンジョンに到着しており、かつ人生において必要な不幸を持っていることを告げると、また「うわー、なにそれー!」とフクロウは両手を上げた。
「電話……すればよかった」ガブリンが小さく言うが。
「そういったところを許さないのが、あの人の魔法なのです」心殺が言った。「電話する気がおきない、もしくは、なんらかの影響で電話がつながらない。そのぐらい、あの人形はするでしょう」
もし不幸が事前に防げていたとすれば。
タタンがあの人形をみたときに、なにかしら気が付いたはずなのだ。
「……ちなみにですが、ロロロさん」タタンが訊く。「あの人形に触れたりとか、しました?」
固有魔法<ダイオード>。周りから魔法を吸収する彼女の魔法に期待してのことだったが、「触れたかもしれないけど、よく覚えてない。でも触れたとしても、全然吸えちゃいないよ」とロロロが返す。
「この手袋の上からだったし、これ所長に買ってもらったばっかで、新品だもん」
防護手袋をはめたままの手を振る。
周りの魔力吸収を抑える魔法がかけられた特注品。
以前より使用していたものはこの前の来客対応で魔法を吸いつくしてしまったため、新しく買ってもらったものだ。
それでも完全に抑えきることはできないが、そのおかげでこうして事務所にこれる程度には効力のある代物である。
古いものではなく、新しい手袋から使用しているのは――来客対応時のためにとっておいているからだ。
ロロロの場合、使いかけ、というところに一定の価値があるのである。
もし緊急時に<ダイオード>を使うことになっても、すぐ手袋の魔力を吸いつくせるよう――そして根こそぎ周りから魔力を吸収できるよう、古いものはそのまま取っておいている。
「それにさ、もし吸い取ってたら――こうなってないでしょ」
現に不幸は起きているのだから、あの人形はまだ魔法がかかったままと思ってよさそうだ。
触れていたにしろ、触れていなかったにしろ、ロロロが近くにいたのだから少しは吸い取れたのかもしれないが。
その程度でおかしくなる魔法を、生害 死良という人物がかけるはずない。
「所長、今からでも異世界人くんに携帯で連絡とれないの?」
ロロロが言って、タタンが携帯を取り出すも。
「……やっぱり繋がりませんね。絶命洞窟だろうがなんだろうが繋がるはずなんで、こんなこと普通はありえないんですが」
「タタンさんが魔法でダンジョン内に移動……そして神羅さんを強制的に連れ戻してくるとか」ガブリンが言ったのを。
「それはやめたほうがいいねえ」と花子が否定した。「あの人形の特性上、所長が助けにいくことを『幸運』と捕らえかねない。そうすると、どういう形で『不幸』が訪れるか、想像ができない」
人生において『必要な』不幸。
絶対に経験しなければいけないのだから、それを邪魔してしまった場合――普通なら人形が阻害するはずのそれを、魔法で無理やり捻じ曲げて助けてしまった場合、試神は、今以上の試練を受けなくてはいけない可能性がある。
「助けにじゃなくて様子見、もしくは遊びにいくって思えばどう?」フクロウが言った。「神お兄ちゃんを見つけても手を出さない。手を貸さない。手助けしない。いくらなんでも、創造根底館の職員を前にして余計なちょっかいはかけてこないでしょ。『ラストワン』だって、相手は選ぶだろうし」
「手出ししない、できないってより、させてくれないって感じかもしれないっすけどね」苦同が苦笑いを浮かべた。
「それか」どうあがいても繋がらない携帯をポケットに落とし、タタンが言った。「行ったときには、すべて終わったあとになっているか」
死=最悪、というのはあくまで推測だ。
そして試神が死ぬことが最悪かと言われると、そうと言い切れないことも事実である。
極端な話し、試神という人間が――単に『魔力を貯める器官』を持たないという、地球では珍しくもなんともない一人が死ぬ程度、不幸でもなんでもないという可能性は大いにありえる。
人生において必要な不幸が試練を与えたのは試神――ではなく。
実は創造根底館の職員たちのほうだった、と捉えることだって、この状況下では可能なのだ。
確かにあの人形は試神が持っているものの、対象が試神のみかと言われればそうでもない。
魔法は、どこまでも平等に振りまくのだ。
だからこそ、誰も気が付かなったわけで。
だからこそ、こうなってしまったわけで。
試神という人間を餌にして、『ラストワン』と創造根底館の職員をダンジョン内で出合わせる。
そう解釈しても、そこに矛盾は生じない。
「わかりました……でしたら、私が行くのです」
ゆっくりと、心殺が席を立つ。
「あの人形のことを説明しなかったのは私なのです。それが人形の魔法のせいだとしても、その後始末は、私がすべきなのです」
許可を求めるようにタタンを見ると、彼は困ったように首を傾げた。
「責慈さんのせいでは決してなく、完全にあの人のせいではありますが……」
「ですが、もしダンジョンに行くとなれば、ほかに候補はいないのです」
様子見にしろ、助けにいくにしろ。
ダンジョンに潜るとなれば、そして――すべて終わっていたにしろ、そのラストワンなる人物と対峙することになれば。
「適任は私か……行けたとしても、ガブリンさんくらいなのです」
ゆっくりと周りを見ても、反論はない。
心殺の意見に、みんな同意なのだ。
固有魔法の関係上、心殺かガブリン以外の人が行った場合――。
タタンは意味なく。
花子は慈悲なく。
フクロウは悪意なく。
苦同は見境なく。
ロロロは区別なく。
――ダンジョンにいる人全員、殺しかねない。
そして、試神まで殺してしまう可能性がある。
タタンは少し悩み、やがて諦めたように大きくため息を吐いた。
「じゃあ……すいませんが、お願いできますか?」
「もちろんです」
行ってきます、と恭しく頭を下げて。
そのまま、心殺の姿が消えた。




