第77話 固有魔法 <幸>
「捨ててくださいと言ったのに、神羅さん、まだ持ってたのですか? あの人形」
「……だね。今日もリュックにつけてるのみたよ」ロロロが言って。
「私も、リュックの端で揺れているのをみました」タタンが言った。
それが? 二人の頭にハテナが浮かぶのを見ながら、心殺が言う。
「あれ、スパイク・スパイスです」
「……なにそれ」ロロロが呟いたその声を。
「思い出した!」タタンの声がかき消した。「どこかで見たことあると思ったら、あれ、あの人の魔法じゃないですか!」
「あの人って、生害所長?」まだ事情が飲み込めていないロロロに対し、全員の顔が歪む。
「……え、なに。あの人形、そんな大変なものなの?」
「ある種の呪いの人形っすかね」苦同が言った。
「……呪い?」
「そうっす。人生において必要な不幸。簡単にいえば、ちょっとだけ不幸になる魔法っす」
「え……なにそれ」
タタンが言う。「あの人の考えでは、不幸と幸せは同じ数だけあり、不幸を経験すれば、それだけ幸せは濃くなっていくというものでしたからね」
三年経った今でも、鮮明に思い出せる。
自分を固有魔法を嬉々として語る、彼女―――前所長の姿が。
――幸せという字はね、『+』『ー』『=』『-』『+』と書くの。ねえ、素敵だと思わない?
「それが、あの人の固有魔法の根幹でもありますし」
生害 死良。
固有魔法 <幸>
関わる者みんなに、幸せを強要する魔法だ。
「不幸が起こるって、ちょっと。そんなもの持っていって大丈夫なの? 最悪、死んだりとか」
「あの人の固有魔法の産物であるなら、死にはしないと思うけどねえ」花子が言った。「そこまでの不幸は行き過ぎだ。あんたが言ったように、それは最悪すぎる。直接固有魔法を使われたならまだしも、ただ人形を持っていただけだ。帳尻合わせも挽回も奮闘も許してくれない魔法じゃないよ。ちょっと嫌なことが起こる程度だとは思うけど」
「嫌なこと……不幸」
ロロロがつぶやいたとき。
パソコンに、メールが届いた。
ロロロと、そしてタタンのパソコン両方に、メールが届く。
今更誰だと思うわけでもない。この時間にくるメールに、心当たりはひとつしかなかった。
タタンはパソコンを開けれる位置にいないため、ロロロだけがメールを確認する。読んでいた時間は十秒ちょっとだけだったのだが、その間の空気は重く、粘性を持っているかのようだった。
「所長」
「はい」
「今、探索ロボットの解析結果がきて……全くの異常なし。どこからどうみても正常そのものだってさ」
「……なるほど」
よくわからないエラーが起きて、いつの間にか消えていた。
ロロロの経験上、それはたまに起きることではあるが、今回は、そうではないのだろう。
よくわからないエラーを起こして、いつの間にか消した。
誰が?
決まっている。
あの人形が、だ。
思えば。
ロボットのエラーがなくなったのは、試神が離れたときだった。
そしてそのエラーが原因で――。
――試神は穴に落ちたのだ。
「……あれを不幸で片付けていいものなのか」
ロロロは実際に落ちた穴を見たから知っているが、あの穴は結構な深さがあった。
間違っていたら怪我を――それこそ足の一本でも折っていた可能性は十分はある。
折らなかったのは、それがやりすぎだと人形が判断したからなのか。
それとも、足を折らないという幸福を得たに過ぎないのか。
……いや、それはさすがにマッチポンプすぎるか。ロロロが首を振って考えを振り払う。そもそも穴に落ちなければ足など折らないのだ。怪我させようとしておいて、怪我をしないことを幸福と言い張るのは無理がある。
そう思ってタタンの方を見ると。
苦々しく笑みを浮かべる、彼の姿があった。
「不幸を引き寄せる人形。言い方は少し大げさではありますが、不幸自体は些細なもので、普通は十分対処できますからね」タタンがわざとらしく、一拍、置く。
「魔法使いなら」
そもそも、人生において必要な不幸は魔法使い――それも、生害 死良の周りにいるような魔法の扱いに長けた人に対しての魔法なのだ。試神のような地球の人が持つことを想定していない。
魔法使いのちょっとした試練のようなものなのだ。
穴に落ちたとしても、それを対処できる魔法があれば、怪我はしない。とっさの判断は試されるだろうが、それは経験して損がないものである。
そうやって死なない程度の小さな『危ない』と積み重ねていき、やがて大きな『幸せ』に変換する。
――いつくるかわからない不幸より、わかりやすく目に見えやすい不幸のほうがいいでしょう?
――そしてなにより。
――来たかどうかわからない小さな幸せより、心の底から実感できるほどの幸福のほうがいいでしょう?
人生において必要な不幸はそんな魔法であり、生害 死良の優しさでもあった。
だからこそ。
魔法を使えない試神が持つ場合の不幸が、人生において必要な不幸がなにか、想定できないのである。
「大したものじゃないと思いたいですがね」タタンが呟いたとき。
「こんちわー」とフクロウが。
「失礼します」とガブリンが。
それぞれ、事務所に入ってきた。
「……珍しい」
つぶやいたのはタタンだけであったが、全員同じ感情だった。
まさか来客対応でもないのに、事務所に全員揃う日が来るとは思いもしなかった。
それはフクロウも同じのようで「おわッ! みんないる!」と両手をあげて驚いている。
「え? なになに、今日なにかあったっけ?」
不安そうにガブリンの顔を見るが、ガブリンは首を横に振った。知らない、ということだ。
「そんな顔しなくても。なにもないですよ、たまたま今日、全員揃っただけです」
「へ? そうなん?」フクロウが言って。
「なら……よかった」ガブリンが小さく息をはく。
「あ、そうだ」と言ったのは、またフクロウだった。「全員いるなら、神兄ちゃんもいるよね? ちょっと言いたいことがあって、わざわざ来たんだよ、おれ」
「試神さんに?」
「うん、そう」
子どもらしく無邪気に胸を張りながら、言った。
「しばらく友情崩壊ダンジョンに行かないほうがいいって、伝えにきたんだ」




