第76話 誘われてませんしねえ
「戻りました」の声にロロロが席を立つが、「座ってていいですよ」と言ってタタンが別の椅子に座る。今日はフクロウもガブリンも来ていないので、席は余っていた。
ちらっとロロロのほうを向いたのがわかったので、ロロロは黙って首を横に振った。
「そうですか。まあ、もしなにか異常があればすぐにでも連絡がくるはずなので、結果が遅いのはいいことかもしれませんね」
「異常がないっていうのも、それはそれで怖いんだけどね」
『よくわからんけど勝手に直った』ほど、恐ろしいものはない。なんであれ異常は見つかったほうがありがたいのだ。
「いやに早かったね。帰りは電車じゃなかったのかい?」花子が訊く。
「魔法で帰ってきましたよ。いやー、電車なんて久しぶりですね。いい経験ができました」
「電車にのるくらいでそう言えるなんて、先輩って相当幸せ者っすね」
「もっと混んでるイメージがあったんですが、なかなかに空いてましたね。平日だからというのもあったのでしょう。友情崩壊ダンジョン周辺もあまり人がいませんでしたし、『本当にこの辺りにあるのか?』と試神さんと何度か場所を確認しましたよ」
「それは二人が創造根底館の職員だということがバレたから、近寄らなかったというだけじゃなくて?」
ロロロの言葉に、タタンは首を振る。
「そうなればさすがに騒ぎになるんで、バレてはいないでしょう。『あれ?』くらいには思われたかもしれませんが、その程度ですね。……まあ、試神さんがあの恰好で電車に乗るので、遠巻きに見られている感覚はありましたが」
苦笑いするタタンを見て、ロロロも同じ顔になる。
もし自分の記憶通りの恰好……今朝一緒に仕事をしたときと同じ格好であるなら。
きっと、ガーゴパンツにサファリジャケットという、ダンジョン探索の格好で電車にのったはずだ。
そしてもう一つ、自分の想像通りなら。
「いえ、流石にヘルメットは脇にかかえてもらいましたよ。……それでも相当目立ちましたがね」
ロロロの言おうとしたことを察したタタンが先に答える。
しかし、逆に言えばそれで人目を集めたため、タタンのほうに目が行かなかったということでもあるが。
「まあ、あの恰好の人と一緒にダンジョンに行こうとする人は稀……相当な変わり者だと思うので、もしかしたら入らずに帰ってくるかもしれませんね。人もあまりいませんでしたし」
「うーん、それがあんま解せないんすよね」椅子の背もたれによりかかり、苦同が言った。「この時期って、あのダンジョンそんな閑散としないはずなんすけど。俺っちもあの辺りは営業担当なんでよくいくっすけど、得意先とはその話題で盛り上がったりするっすからね」
「所長の思い違いってことはないのかい? 混んでる混んでないなんて、はじめていく場所だったらよくわからないだろう」花子の目がタタンに向くと、その視線を避ける様に目線をずらした。
「まあ、その可能性もありますね。私が知っているのは、テレビでみただけですから。実際に行ってきたのは今日が初めてです。それに、もしかしたら、みんな中に入っていただけで、本当は大勢、人がいた可能性はありますしね」」
「そしたら駅や周辺には人が溢れていそうですけどね」心殺が言った。「タタン所長の話では、駅周辺も混雑していなかったですよね?」
タタンは駅の様子を思い出しているのだろう、少し考え、それから首を縦に振った。
「まあ、たまたまそういう日に当たったのかもしれませんね」
そう続けて、コーヒーを汲んで戻ってくる。
比較対象がテレビしかないのだ。もしかしたら取材がくるということで人が集まっただけかもしれないし、その日はイベントのようなものでもやっていたのかもしれない。タタンもテレビを集中してみていたわけではないので、花子の言う通り自分がみたのが通常なのかどうか、あまりわからなかった。
「この場合、人がいないのは良し悪しでもありますね。ゆっくり中を探索という点ではいいですが、試神さんのことです。一人で入りはしないでしょう」
「一緒に入ってくれる人がいなくてあの子が困りそうっていうんなら、あんた、一緒に入ってあげればよかったじゃないか」花子が言って。
「……私がですか?」タタンが盛大に眉根を寄せた。「ダンジョンなんか入ってなにするんですか」
「あの子の言う通り、見て回ってくるだけでいいじゃないか。アトラクションに入る目的は『楽しむこと』だよ。気の置けないやつと一緒にいくだけで十分じゃないか」
「あ、先輩。俺っち、異物ってやつが欲しいっす。お土産に持ってきてください」
「そんなもの、オンラインで買ってください。在庫も種類もそっちのほうが豊富でしょう」
ちょっと調べるだけでその手のものが五万と出てくる時代だ。わざわざ探索しにいってお目当てのものを探すほうがめんどくさい。特に友情崩壊ダンジョンなんて初心者が行くようなもので見つかる異物など、ほとんど二束三文の価値にしかならない。そんなものとってくるより、こっちで働いていたほうが有意義だ。
「今、ダンジョン人が少ないかもっていうんなら、いい機会じゃないか? なにも魔法を使って助けてあげろというわけじゃないんだ。友達のふりして後ろから付いていくだけでいいのにさ」
「……創造根底館の職員が二人もそこに行くんですか?」
「別に付き添いで幾分には問題ないだろう。弟子と師匠でペアを組んで入るやつだっているんだ。おかしくはないさ。あちらさんだって宣伝になるし、断りはしないだろうよ」
宣伝、の言葉にタタンが首を傾ける。
「宣伝になりますかね……悪評が広がる予感しかしませんが」
「悪評になるようなことをしなければいいのさ。ただ、後ろから睨みをきかせれば誰もなにもしてこないさ」
たとえなにかしてきたとしても、タタンなら人知れず処理できるので問題はない、そういわんばかりに花子が続ける。
「どうだい? いまからでも行ってくればいいじゃないか。魔法でなら、すぐだろう?」
「……………………」
タタンはしばし固まって。
「ですが、誘われてませんしねえ」
「そんなもん、どうでもいいじゃないか」
「………………………………………………………………」
タタンは先ほどの3倍ほど長く、固まって。
「ですが、誘われてませんしねえ」
「あんたね……まあ、いいや」
花子が折れて、ミルクティーを啜った。
「まあ、私よりお守りの人形を当てにしていたようですし、いいんじゃないですか?」
「お守りっすか?」苦同が訊く。
「ああ、あたしも知ってるかも」と言ったのはロロロだ。「あの変な人形でしょ。リュックにつけてた」
「ええ。どこでもってきたかわかりませんが、なにやら大事そうに抱えてましたよ。人に返すようなことを言ってましたが、誰にもらったのか教えてはくれませんでしたね」
「なんだい、それであんた機嫌悪いのかい」
「悪くないです。通常です」
タタンが苦々しくいったとき。
「人形……ですか?」
と。
心殺が顔を上げた。
「もしかして、持ってったのですか、あれ?」




