第75話 子どもみたいっすね
「え、じゃあ、異世界人くんはもう行っちゃったの?」と、ロロロが言った。
「そうだね、所長と一緒にお昼前に出かけたよ」と花子が返す。
「早くない? 確か、もう少し先の予定だったでしょ?」コーヒーを飲みながら言うロロロに。
「予定が早まったのです」と責慈 心殺が言った。「天気が悪いとかなんとか言っていた気がしますが」
「ああ、来週は確かに雨ばっかりっすからね」と、パソコンを操作している千差 苦同が言った。「友情崩壊ダンジョンは室内……というより洞窟なんで、移動も魔法を使えば楽なんすけど」
「異世界人くんは使えないから、か」納得したようにロロロが足を組みなおす。
創造根底館の事務所の、タタンの椅子にどっかりと腰かけた彼女は堂々としており、見かけだけなら室長に見えてもおかしくはない。実際、この中では見た目が『大人らしい』彼女だ。なんらかの役職付きと言われても納得してしまうだろう。
役職付きではないが――タタン以外に肩書がある人はいないのだが、他人、それも館長の椅子に座る彼女をみてなにも言わないのは、単にタタンが出かけるときに「座ってていいですよ」と言ったからだった。
普段あまり事務所に顔を出さないロロロは専用の椅子はないし、いつも誰かの椅子を借りている。それがたまたまタタンのものだった、というだけである。
「だから異世界人くんは、今日妙にそわそわしていたわけか」
「子どもみたいっすね」千差が言って。
「18は十分子どもだよ」と、負けず劣らずの若い見た目を持つ花子が返す。「不安だから、所長もついていったんだろうしね」
「ついていくって、魔法で送っていくだけじゃない?」ロロロの疑問を。
「それだと一人で帰ってこれないので、帰り道を教える意味でも、二人とも電車でいきました」と心殺が返す。「ダンジョン周辺には行かないと言ってましたので、駅で別れると思うのです。管理者――ギルドというんでしたでしょうか? そこにも、一人新人がいくかもとは連絡を入れてましたが、タタン所長が行くとは言っていないので、それで正解ですね」
「電車なんて久しぶりって、先輩も妙にテンション高かったっすね。……むしろ、電車に乗りたいがためについていった感があるっすけど」苦同が苦笑いを浮かべる。
「ふーん」ロロロが一回うなって。「怪我がなきゃいいけど」
「かすり傷ぐらいはこさえて帰ってくるかもしれないけど、大けがはないよ」花子が言って、ひとつ欠伸をする。「あたしもちょっと調べたけど、なかなか生易しいもんじゃないか。テーマパークのひとつだろうさ」
「……花子さんが調べるとは、珍しい」と、心殺がキーボードを打つ手を止める。「ああ、だから、雨が降るんですね」
「あたしだって調べものくらいするさね。まあ、よくもわるくもあたしだからね。内容についてはほとんど覚えちゃいないけど」
「それに比べて異世界人くんのほうは、ほとんど調べてもいないみたいだったけどね」
「知らない方が楽しめるものもあるんだろうさ」花子の言葉に、「それとはなんか違う気がするけど」とロロロがぼやく。
それはそうとして、と切り出したのは苦同だった。「ミロさんが午後もいるって珍しいっすね。なんかあったすっか? 先輩は特になにもいってなかったと思うっすけど」
いつも仕事が終わればさっさと帰るロロロだ。午後もおり、かつ呼ばれてもいないのに自分から事務所に顔を出すことなど数えるくらいしかない。
「あたしだって早く帰りたいけどね」と、ロロロが机の上を軽く叩く。
「じゃあ、所長に用事かい?」花子の言葉に首を斜めに傾ける。
「どうだろう、所長にも関係あるけど、直接の用はないよ。……うーん、違うかな、《《まだない》》って言ったほうがいいのか」
要領を得ない回答するロロロがコンコンと、机をたたく。タタンの机だったが、今はロロロのノートパソコンが置いてあった。「今日、結果が来るっていうから、待ってんの」
「結果?」苦同が首を傾げる。「健康診断でも受けてたんすか?」
「それをなんでここで見んのよ。違う」
回転椅子に座り直し、背もたれに寄りかかる。
「ほら、この前あった探索ロボットの不具合。あの解析結果が今日くる予定なの」
『この前あった』と言われても苦同以外は詳しく知らないはずであるため、ロロロがかいつまんで説明する。
「この前、絶命洞窟で探索ロボットの一台が倒れてたんだよ。中に魔石があって空じゃなかったんだけど、横転してて、起き上がることもできなくなってた。エラー自体は通信エラーで、よく見る……というか、探索ロボットのエラーなんて基本それしかないんだけど、運悪く手元に解析ツールがなくてさ。勉強も兼ねて異世界人くんに事務所に取りにいってもらったんだけど、その間にエラーが直っちゃって、わからなくなったの。でも、倒れてたっていうのも怪しいし、万が一ハッキングとか魔法で遠隔操作されてる可能性もあったから外に解析に出してて、今日その結果が届くってわけ」
一息で言いきったロロロがコーヒーを飲む横で、花子が短く息を吐いた。
「初耳だね。そんなことがあったのかい……というか、なんでそんなことを所長は報告しないんだろうねえ」
花子の目が苦同に向く。
「俺っちは知ってましたっすよ。すぐに先輩から連絡をもらったっす。俺っちの固有魔法で調べましたけど、絶命洞窟に侵入者はいなかったっすね。……まあ、ミロさんの言う通り、ハッキングとか魔法で遠隔操作をされてたりしたらわからないっすけど」
「場所が場所だし、魔法で遠隔は難しいだろうねえ」花子が嘆息する。「ハッキングとかそういう技術のほうは、あたしもからっきしだから」
「創造根底館で機械に強いのは、フクロウさんくらいですか」心殺が言った。
「強いといってもガジェットが好き程度っすよ、エンジニアというわけじゃないす。専門的な知識は誰も……というより、一番詳しいのはやっぱりミロさんっすよ」苦同が返す。
「あたしだって、仕事以外のことはわからないよ」ひらひらとロロロが手を振った。
「だから詳しく知りたくて解析を依頼してんの。結果は所長にも届くし、別に明日見てもいいんだけどさ、一応当事者だから気になって」
だが、先に来たのは解析結果ではなく、タタンのほうだった。




