第71話 ……迷った?
「――うん、そう。エラーが消えちゃった」
よくわからないけど、そうニュアンスを含めていうと、電話口の相手であるタタンは短くうなったあと。
「まあ、仕方ないですね」とそれ以上の追及を諦めたようだった。「一応、ログだけは取っておいてほしいですが」
「一応そのつもり。でも、多分望み薄だよ」
エラーログ。
ロロロが最初から、解析ツールで取ろうとしていたものだ。通信エラーとなった場合、どこにエラーがあるのか、どういう症状でエラーになったのか書かれるものであるが。
「正常になった以上、上書きされてるだろうし」
正常のときは正常のログしか吐かない。それが普通だ。
たとえ一度異常状態になり、その後正常の動作に戻ったとしても、ログにエラーが残っている場合はちゃんとそれがわかるようになっている。
『エラーがあった』ということを記録し、LEDの点灯状態からそれがわかるようになっている。
だが、今はそれが全部消えていた。
「私は機械に疎くよくわからないので訊きますが、魔法でログを復活なんてことはできませんか?」
「無理だと思うよ。魔法は異球で科学は地球のものだから、共存はできても共生はできないし、関係はいいけど相性はよくないもん。そもそもそんなことできたら最初からログ自体魔法で読み取れるからね。解析ツールなんてつかわなくてもさ」
「んー、ままなりませんねえ」
そもそも魔法が嫌で地球を作り、そこで発展させたのが科学なのだから魔法と相性がいいほうがどうにかしている。
パソコンも携帯もテレビも、電気を使って動かしており、魔力で動いているものはない。
それだけじゃない。
電気で動く機器は多数あれどあっても、魔力で動く機器は極々僅かしかない。
例外は、マシュマロと、あの探索ロボットくらいだろう。
それでも一部は魔力を使って発電し、それを使って動かしているのだから、完全に切り離されたものはない。
タタンが溜息を吐いたのが聞こえた。
「高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない。逆に言えば、高度に発達していない魔法は、科学と見分けがつく。科学――機械の塊と魔法の親和性が低いのは、魔法の技術が劣っているからなのかもしれませんね」
そんなこと言ってもいまさら仕方ないですけど、そのつぶやきに、ロロロも同意した。
「私はよくわからないのですが、ロロロさん。そのロボットがハッキングされた、ということはありえますか?」
「……どうだろう。その可能性は考えたけど、あたしはエンジニアじゃないから、そこまではわからない」
もしハッキングされたとなれば、突然エラーが消え、正常状態になったということも一応の説明がつく。エラーログを消したのは、ハッキングされたということをバレたくなかったから。
「でも、外部からの操作を無線で受け付けるようなものになっているとは到底思えないんだよね」
同感ですね、とタタンがいう。「それにもし外部から絶命洞窟に向けて知らない通信があれば、こちらでも拾えるでしょうし」
「じゃあ、やっぱり魔法による遠隔操作?」
「私はそちらを疑ってますが。そのロボットが倒れていた件も含め」
魔法で機械の遠隔操作――それも超長距離で、かつ痕跡を残さず操作権を奪える固有魔法。
汎用性の塊のような固有魔法だが……ないとは言えない、というのが、辛いところだ。
だが。
「一応私は、創造根底館のトップなので、そんな魔法があればすぐさま私のところに連絡が入ってくるはずなんですよね」
「秘匿されている……なんてことは?」
「それを言いだしたらきりがないですが、秘匿ということは誰にも知られていないからこそ意味を持つものです。固有魔法を使った時点で秘匿でもなんでもないので、そんな珍しい魔法を使っていたとしたら誰かが気付きます。対策も取られるでしょうし、なにも問題ありませんよ」
問題ない。タタンにそういわれても、それで心配が消えるかといわれれば難しいところだ。
遠隔操作の問題はなくなったかもしれないが、まだ直接攻撃された可能性も――
「――ああ、そうだ。それで、頼んだ件についてだけど」
「千差さんにも固有魔法で確認いただきましたが、やはり侵入者はいません。絶命洞窟内に、ロロロさんと試神さん以外、人はいないです」
……さすが、仕事が早い。
苦同が確認したとなれば、間違いはないだろう。絶命洞窟内の人の数なんて、間違えるはずがない。
ロボットが倒れているとわかったとき、まず疑ったのが、誰かが絶命洞窟内に侵入したということだった。そこで、試神にロボットを起こす指示を出したあとタタンに電話し早急に調べてもらったのだが。その場でもらった一次回答として来たのは、『誰もいない』だった。
おそらく苦同の<空気感染>ほどではないが、人探しの魔法くらいタタンは使えるのだろう。ある程度それを信用し、試神を一人で送り出したということもあるのだが。
「それじゃあなんなんだろうね、単純に蛇行運転して転倒したとか?」
「かもしれませんが、断言は避けておきます。ちなみに、ロロロさん。その問題のロボットはどうしてます?」
「一時停止して、すぐ近くに置いてあるよ。ログをとったら、そっちに持っていくつもり」
「わかりました。専門の解析業者を手配しておきます。――ああ、念のためいっておきますが」
「わかってる」と、ロロロが発言をさえぎる。「あまり触れすぎないようにするよ」
もし魔法でロボットを操作しているとなった場合、その痕跡が残っているかもしれない。
解析でそれがわかればいいのだが、ロロロがその魔法を吸ってしまう可能性がある。
本当なら暴走を防ぐ意味でも、ロボットにかかっている魔法全てを吸収しておきたいのではあるが、それが理由でできないでいた。
「今日の手袋は新品だし、大丈夫だよ」
「それは重畳です。では、あとはよろしくお願いします」
タタンが電話を切って、無音になる。
少し熱くなった携帯をポケットに落とすと、もう一度ロボットに向き直った。
やはり、エラーは消えている。
正常に見えるだけで、どこかにエラーがある可能性もあるが。
「やっぱり、ログみないとわからないよね…………」
ログと言っても数字の羅列なので、パッと見てわかるものではない。読むとなると通信仕様書を見比べながら見ないといけない。あまり楽しくないので、進んでやりたくはないのが本音だ。
「異世界人くんがそういうのに強ければ、役割分担できるんだけどな」
地球は魔法がない分、科学力が高い。もしかしたら、どこかで学んでいたりしないだろうか。
(無理か。確か、18って言ってたし)
仕事していたら可能性はあったかもしれないが、学校で習うようなものではない。
仕方ない。一緒に学んでいこう。
「……って、気持ちを新たにするのはいいんだけど」
携帯の時計を見る。
試神が行って、それなりに時間が経っている。
もうマシュマロについて、休憩室に戻っていい時間ではあるが。
一応タタンとの通話の最中に連絡がきた可能性も考え、着信履歴など一通り確認するが、やはり試神からの着信はなかった。
「ついたら連絡するって言ってたけど……ひょっとして、探してるのかな」
にしても、チャットすらないのはおかしい。
プライドが邪魔して見つけられないことを打ち上げられない性格の彼ではない。
となると、考えられるのは。
「もしかして……迷った?」




