第70話 知らなければ知らないで
「さて、ロロロさんを待たせるわけにはいかないし、さっさと休憩室に戻ってパソコンを探さないと」
試神がぼやき、それでも駆け足ではなく小走りで絶命洞窟を進む。
同じような道なので見慣れた感じはしないが、太い道幅からしてマシュマロに続いていると思って間違いなさそうだ。どのくらい先にあるのかわからないが、そこまで離れてはいないだろう。
「――と、思いたいけどな……」
絶命洞窟の内部がどうなっているのかまだよくわからないので確かなことは言えないが、おそらく相当入り組んだ形になっているのだろう。
でなければ、休憩室を出たあと、マシュマロにたどり着くまで――あんなに歩くわけがない。
ロロロの話ではマシュマロの上に魔王室があると言っていたが、だとすれば休憩室を出てすぐマシュマロが見えなければいけないはずである。ロボットと精錬施設がひとつの町のようになっていたマシュマロ周辺だ。それが、歩かなければ見えないというのはおかしい。
それに、エレベーターが上がって休憩室周辺に着くというのも少し変だ。
当たり前の話として、エレベーターであがる必要があるということは、マシュマロは休憩室より下になければいけない。
だが、試神はここに来るまで、下がった、という意識があまりない。
平坦な道をまっすぐ歩いていた記憶しかない。
なのに――上がった。
「魔法で感覚を狂わされてるのか」
魔王室がどこにあるかとロロロにきいたとき、企業秘密との回答があった。
もしそうならその最重要機密事項であるマシュマロはその類の魔法が何重にもかけられていることだろう。
「ともすれば、ここが本当に創造根底館の地下なのかってことから疑いたくなるんだよな」
どこかの猫型ロボットの道具よろしく、ドアを開けたら別の空間だった、ということもありえる。それか、どこぞのケルベロスを従えたカード魔法使いの輪っかのカードか。
――気になる。
――気になるが。
「ま、詮索しても仕方ないか」
下手に突っ込んでもいいことはない。
知らなければ知らないでいいのだ。
知識は確かに武器にも攻撃にもなるが。
無知は逆に、身を守る手段になりえる。
変な知識をつける必要はない。
それがたとえ、必要な知識だとしても。
本当に必要なときは、誰かが教えてくれるはずだ。
だから、そのときまで待てばいい。
自分から動く必要はない。
目を閉じて、耳をふさいで、口を閉じて、膝を抱えてしゃがんで。
綺麗なものだけ吸収していれば、それでいいのだ。
黒い知識で脳を汚す必要はない。
汚いものを見て目を傷める必要なない。
不快な音を聞いて耳を劣化させる必要はない。
綺麗なものだけそばにあればいい。
それだけしていれば――
と。
「――ん?」
視界の端。唐突に、その赤色が飛び込んできた。
赤く透き通った、まるで水晶のような――
「……魔石?」
思わず足を止める。
絶命洞窟の脇に、なぜかぽっかりと開いた横穴がある。
ちょうど、人が一人通れそうなほどの通路。
その奥に、赤い魔石が輝いていた。
洞窟の中に洞窟があるというのもおかしな話しかもしれないが、その横穴は、ちょうどそんな感じだった。
探索ロボットが魔石を見つけて掘り進んだはいいが、途中で止めてしまったような、中途半端な脇道だ。
「ロボットには、あの魔石が大きかったのかね」
試神が見た魔石は、どれも大きくてもこぶし大ほどのものだった。それより小さい――欠片のようなものは何度もあるが、大きいものはそれなりに貴重なのかなかなか見ない。
だが、あれはおそらく成人の頭ほどの大きさがある。全部が見えたわけではないので、もしかしたらもっと地中深くまで刺さっているのかもしれない。間違いなく、試神が見た中でも最大だ。ロボットがどうやって採掘しているのかわからないが、見えたものだけでもそのまま背中の収納スペースに直接入れることはできないであろう。
入れるとすれば砕く必要があるのだが、砕いてしまうとどうしても破片が出てしまう。欠片も無駄にしたくないとなると下手に砕くより直接持って行ったほうが確実である。
マシュマロがどの程度の魔石まで入るのかわからないが、なにせあの大きさだ。頭くらいの大きさだとしても問題なく燃やしてくれるだろう。
「増援を呼んだか、それとも俺が見たことないような、大型の採掘ロボットがいるのか」
穴の先を見ても、ロボットの姿はない。耳をそばだてるも、あのキュラキュラとしたキャタピラの駆動音は聞こえてこなかった。
来るとしたらマシュマロがある先のほうからだが、もっと大きな重機となるとどこからくるのかわからない。
「自動で動く重機って、上から落ちてくるか下から這い出てくるイメージがあるけど……ここは洞窟だし、どっちもやめてほしいなあ」
ひとりごちつつ、穴の中に入る。少しかがみながら進む必要はあるが、中腰ほど負担がかかる体勢でもない。
横穴は、薄暗かった。
明るく奥まで見通せる絶命洞窟と違い、できたばかりのせいなのか、魔石は見えるがそれ以外はあまり見えない。
「こういう場所でも、採掘ロボットだったらセンサかなんかで平気なんだろうなあ」
試神はそのとき、魔石を取って、通り道に置いていくつもりだった。
そんなことしなくても採掘ロボットが持って行ってくれるとわかっていながらも。
ロロロが休憩室からパソコンを持ってくるのを待っているとわかっていながらも。
親切心というより――半ば無意識に、試神は脇道に入っていた。
リュックの中にはライトが入っているのにも気が付いていながら、それを使わず。
試神は魔石に手を伸ばし。
――踏み込んだ先に、道はなかった。
「え?」
魔石は確かに壁に埋まっていた。
だが、その壁の下は――垂直に、穴が開いていた。
右足が空を踏む。
「い―――」
落ちる。
と、思ったときには遅かった。
「ぐ……のわああぁあぁぁあ!」
落ちた。




