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第7話 さてさて

「さてさて」と、タタンは小さく手を叩く。


 試神を追い出した事務所の中で、安心したように息を吐いた。

「ちゃんと部屋に行ってくれたようですね」


 途中で足を止めたときはドキドキした。振り返ったとき――部屋から追い出したときから魔法で『見て』いたのである程度の動きはわかっていたのだが――足を止めて振り返ったとき、ひょっとしたら戻ってくるんじゃないかとかなり焦った。ちゃんとエレベーターに乗ってくれたらしいので一安心する。

「あの顔はもっといろいろ聞きたそうでしたが、『仮眠』の一言が効きましたかね」

 情報過多で頭パンク寸前でしたし、とタタンは笑う。 


 実際、それを狙って『チュートリアル』という聞き馴染みのいい言葉を使って大量の言葉を流し込んだのだが。

「それにしても、思わぬ収穫で助かりました。まさかあの部屋で働ける人が見つかるなんて。今回のイレギュラーにはなかなか驚かされましたが、こういう特典があるのでしたら、10回に1回くらいは試してみるのもいいかもしれませんね」


 人手不足は本当にタタンの悩みの種だったのだ。それがまさかこんな形で見つかるとは。さすがにいきなり本契約は無理なので諦めるとしても、仮雇用まではなんとかしてこぎつけたい。

「地球の18歳って……確かまだ学生でしたよね。とすれば働いた経験はないはず。……いえ、学校側が許可すればアルバイトをしている可能性もありますね。それか、ご実家が商いをしている可能性もありますか」

 あとでそれとなく訊いてみましょうかね。

 そんなことを思いながら、右手の人差し指をちょいと回す。試神が使ったカップと自分が使ったカップが魔法によってシンクに移動した。左手は別の魔法を使って、試神が使用したミルクのゴミを片づける。


「……こういうわかりやすい魔法を見せたほうが、もっと驚いてくれたんでしょうかね」

 初めて試神とあったときこうして移動魔法を使用したが、驚いたのは魔法というより魔王室のほうだった。

 驚かせることが目的でも、驚く顔が好きというわけでもないが、拍子抜けしてしまったというのは事実だった。


 人形から声を発したときもそうだ。あのときも驚いたは驚いたのだが、魔法で驚いたというより、急に声がでたことに驚いていたような感じがする。

 これまで何度か転生者や、試神と同じような召喚者にも出会ったことがあるば、みな魔法というものを見ると目を輝かせ興奮してきたものだ。

 もっと見せろほかにはないのか、あれはできるかこれはできるかと質問攻めに会うことも珍しくない。

 それが。


「うーん……。クールやドライとはまた違った気がするんですよね」

 顎に手を当てて上を見る。

 そういえばここに来る前もなにやら魔法で別の場所に飛ばされたと言っていたような気もするが。

 魔王室に瞬間移動しても驚かなかったのは、初見ではなく経験していたから……。

「……だとすると、慣れるの早すぎませんかね」


 それに、あれはどちらかというと、達観、諦観に近い。

「召喚者を選ぶくらいですし、魔法自体にあまり興味がないのかもしれませんね」

 それはそれで結構ですが。


 ふと、時計を見る。

「三時……そろそろ来るでしょうが、今回は何人でしょうね」

 前回は5人だった。その前は……何人だっただろうか。

 覚えてないが、まあ多かったように思える。相見えたときに、デスクがバラバラに破壊された記憶があるからだ。


 攻撃を避けてしまった自分も悪いが、こんな簡単に壊れてしまうとは思わなかったというのが一番大きかった。実用性と価格だけ見て、あまり耐久性を考慮していなかったのがいけなかったらしい。

 そもそも事務所で使用するような机なのだから、当然といえば当然なのだが。


「……とすると、これもどっかに移動させたほうがいいかもしれませんねー」

 部屋の中心に固められたデスク。ここで働く従業員のものだが、今日はみんなお休みだ。

 タタンが休むよう指示を出したのだ。

「勝手に動かしてもばれないでしょ。壊されるほうが大変です」


 こんなことなら、さっさと頑丈なモノに買い換えておくべきでしたね。

 そんな独り言をつぶやき。


 右手をくるりと回転させ、デスクを事務所から消す。場所は別の階にある倉庫だ。まず一つだけ送って、それから魔法で『見て』確認をする。広さ的にまだ置けそうだなとわかると、タタン以外の机をすべて移動させた。

 床に落ちている髪やチリは魔法で集めてごみ箱に押し込む。大掃除ばりに綺麗に、そして広くなった事務所を見て、タタンは満足そうに頷いた。


 全ての机を移動せずタタンのデスクだけ残したのは、まだ来るのに時間がかかるかもしれないからだった。試神にも言ったように、来るのはわかっていても正確な時間まではわからない。三時といったのも、経験則からくるものだ。少し頭の働くやつがいて「暗くなるのを待ってから」と言い出すなんてことがあってもおかしくない。

 それまでに、あわよくば仕事の一つでも……試神の試用期間の契約書でも作成しときたい。


 さっそく書類作成をと思ってデスクに向かい、パソコンを立ち上げる。ファイルを開いていざ作成を始めようと思ったとき。

「……忘れてた」

 肝心の試神の名前を聞いていないことを思い出した。


「…………こんな初歩的なミスを犯すとは、私も柄になく興奮していたんでしょうか。まあ、仮眠から戻ってくるころには私もあの人も多少落ち着きを取り戻しているでしょうし、名前を訊くとともに、もう少し会話しておきたいですね。どんな人か見極めたい」

 少しいい人すぎるきらいがあることはわかったが、果たしてそれが本心なのか。


 もしかしたら、異世界にきたという状況に浮かれて主人公らしい行動をしているだけじゃないか。

 仮眠を進めたのもそうだが、試神の身に急にいろんなことが起こりすぎて頭が働いていないというのは見ていてわかった。無理もない。いきなり召喚された挙句、お前はいらないと追い出されたのだから。


 脳がオーバーヒートしてしまってもおかしくない。

 でなければ、あんな説明で納得などするわけない。

 納得はせずとも、首を傾げないわけがない。


 あんな、口から出まかせを並べた『説明』で。

 最初のクエスト、チュートリアル、負けイベ。

 そんな――


「――そんな都合のいい状況、あるわけないでしょうに」


 タタンがつぶやいた時だった。

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