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第6話 あなた、ここで働きませんか?

「……ひとつ、訊いてもいいですか?」

「え?」

「あなたの話では、あなた以外は転生者のようですが、あなたはなぜ――なぜ、あなただけ、召喚されたのでしょうか?」

 ゆるんだ体がびくりと震え、力が入る。ややあって、試神が口を開く。


「選んだから」

「……選んだ?」

「ここに来るとき、道が見えたような気がした。二本の道があって、一つが転生のほうで、もう一つが召喚のほうだった。確証はないけど、そんなもの実際にはなかったのかもしれないけど、俺の思い込みなのかもしれないけど、そんな選択肢があって、俺は召喚の方を選んだ。これが理由だよ」

 試神が顔を上げ、タタンを見る。信じるか? 目線はそう訴えていたが、タタンは微笑みでそれを返した。


「どうでしょう、あなた、ここで働きませんか?」

「……は?」

「あなたが元居た『隊』とやらに戻りたければ引き止めはしませんが、いかんせんそれは気まずいでしょう? それに幸か不幸か召喚されてしまった以上、ここで生活しなければいけません。あなた、住む場所は決まっていますか?」

「……いや」

 住む場所どころか、金すらない。


「お客様用の休憩ルームをひとつ、お譲りいたします。寝るだけにしか使えない部屋ですが、自由に使ってください。大して使っていなかった部屋なので、掃除してくれる方がいると非常に助かります。使ってない部屋は痛みますし、逆にありがたいかもしれません。もし働いていただければ、ちゃんとお給料も支払いますよ。薄給どころか、特殊職なので少し多いくらいかもしれません」

「……ほんとうか?」

 宿と金の面が一度に解決し、試神の顔に少し笑みが戻る。だが、すぐ眉根が寄ってしまった。

 うまい話には裏がある。なにか訝しむ顔をしている試神にタタンは続ける。


「あの部屋で働ける人が欲しいんですよ。ほら、さっきいった通り魔王室――あの部屋の名前なんですが、そこには濃い魔力が満ちてまして、普通の人は働けないんですよ。ですが魔力の精錬なんて内容が内容なだけに人手は絶対に必要ですし、かといって働き手は見つからないしで、頭を悩ませていたんです。むしろあなたのような人材は、こちらから引き抜きたいぐらいなんですよ」


 魔法を使う者のみ殺す毒。もしその話が本当なら試神はまったく問題ないことになる。

 だが――

「…………」

「すぐに結論を出す必要はないですよ、私の話が本当かわからないでしょうし、猛毒は猛毒でも、すぐには死なない遅効性の毒でした、なんてオチもあるかもしれませんから」

 目を細めてタタンを睨む。タタンはまた微笑みを返した。


「まあ、とりあえず今日のところは部屋をお貸ししますので、一度見てきたらどうですか? いろいろあって疲れているでしょうし……そうですね、二時間ほど仮眠でもしてきてください」

「仮眠?」

 休んできて、だったらまだわかるが。「……まだ眠くはないけど」

「召喚や転生は思いのほか体力を使うはずです。眠らなくてもいいので、ベッドで横になってきてください。目を閉じるだけで多少は頭がすっきりすると思いますよ」


 タタンが視線を上に向ける。追っていくとそこには壁掛け時計があった。丸い円盤に、1から12の数字が並んでいる。2:40。試神の予測通りなら、今はその時刻のはずだ。

「だいたい三時くらいかなあー、と私は予測しています。疲れていないのでしたら部屋にはいかずここいてもかまいませんが、きっと気まずいと思いますよ」

「なにが?」

「来客です」

「………客?」


「チュートリアルですよ。そろそろ来られると思いますが……立ち合います?」


 Φ


 五時には終わってると思いますが、念のため五時半ごろに戻ってきてください。

 タタンにそういわれて、試神は事務所を追い出された。


 出る間際、タタンが簡単な地図を書いてくれた。罫線がひいてあるノートを一枚千切ると、黒のインクのペンですらすらと線を引いていく。地図といっても難しいものではなく、ホテルの入口にあるような簡単なものだ。この建屋の中にあるものだし、あるのは廊下と部屋ぐらいしかないので当然なのかもしれない。


 部屋はこの下にあり、階段はあるがエレベーターで行くと早いらしい。部屋に鍵はかかっていないらしいので勝手に入ってかまわないということだった。

 それから、と言って小さな置時計も渡してくれる。いかにも目覚まし時計という形をしたアナログ時計で、秒針が規則正しく動いている。盤にはやはりアラビア数字が円形に並んでおり、時間は事務所で見たものと同じだった。


「異世界の時間が進む早さって、地球と同じで、いいんだっけ?」

 秒針を眺める。チッチッチと規則的に動く感覚は、地球のものと変わらないように思えた。

 一秒の長さが変わらないのであるならば、一時間という長さも同じだろう。一日の長さまではわからないが、ここまで同じでそこだけ異なるというのも考えづらい。

 となれば――


 地球と、同じ。


 そんなこと、ありえるのだろうか?

「コーヒーにミルクも同じだった。パソコンにノート、デスクもそうだし、あとは……そういえば、言語もそうか」


 転生者ならその世界の言語がわかってもおかしくはないが。

 召喚者で、この世界の言語がわかるというのはどういうことなのだろう。


 似た言葉がある可能性はあるにしても、これはあまりにも出木過ぎだ。

 気持ち悪いほどに、整いすぎている。


「タタンが地球のことを知っているってのも違和感があるけど…………だめだな、頭が働かない」

 考えようにも頭が働かないというのが本音だった。

 頭が重い。それに、熱い。

 脳が熱くなっているのがわかる。知恵熱というものなのだろうか、考えるべきことが浮かび、けれどどれも結論にたどり着く前に別のことを考えてしまう。その結果、常に思考し続ける状態になってしまい、全く脳が休まる暇がなかった。

 仮眠してくればとタタンは言ったが、目がさえてしまって眠れそうにない。

(……ならいっそ、事務所にいたほうがいいんじゃないだろうか)


 足を止め、振り返る。

 まっすぐ伸びる廊下。そこにひとつだけある、灯りが漏れる部屋。

「…………」

 数秒だけ見続けて、それからまた足を動かした。

 事務所とは反対側に向かって歩き出す。

 眠りはしないだろうが、少し、横になりたかった。

 とりあえず、まずはタタンが言っていた部屋に行ってみよう。

 地図を頼りに廊下を進むと、エレベーターはすぐ見つかった。

 地球と同じものだった。

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