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第5話 魔力が……毒?

 猛毒が満ちていると言われ慌てて開けた扉の先。

 そこは、いくつも吹き出し口がついた小部屋だった。

(……なんだこれ)

 試神がそう思った途端、後ろの扉が閉まり――四方八方から息苦しいのほど風を浴びせられた。

 十数秒間、エアーで体を吹かれ続けたあと風は止み、前の扉が開く。その先は個室になっており、それを抜けると、また吹き出し口がついた小部屋があった。

 しかし、それで終わりではなく、その先の部屋でまた同じようにエアーを浴びた。


 エアシャワーの前にはどこかの小説のように。

『ポケットを裏返してください』

『靴を脱いでスリッパに履き替えてください』

『上着、ワイシャツ等を着ている場合は前をはだけさせてください』

 などの指示があるのだから徹底している。

 次の部屋に進むための扉には緑と赤のLEDがあり、扉に手をかけると緑のランプがついて次のエアシャワーに通された。部屋のどこかでその『毒』を計測しているのだろう。試神の場合はいつも緑だったが、赤だともう一度エアーを浴びなくてはいけないに違いない。


 タタンは屈託のない笑顔を見せる。

「いやー、よかったですね、ほんと。あなたじゃなかったらどうなっていたことか」

「……どうして、俺は大丈夫だったんだ?」

「あなたが召喚者だから、それも、地球の召喚者だからですね」

 試神は息を飲んだ。跳ねあがった心臓を抑えるように、ゆっくりと深呼吸をする。

「どういう意味だ?」

「簡単に言ってしまうと、あなたには『魔力を貯める器官』が存在しないんですよ」

「魔力を貯める……?」

 タタンはコーヒーを飲み干した。


「ここにくる途中、白煙を見ましたか? あれ、魔力の元――原煙なんです。この地下で精錬しているのですが、その濃すぎる魔力というのがいわゆる『猛毒』なんです」


「魔力が……毒?」

「そうですねえ、まあ、酸素のようなものだと思ってください。普段こうやって吸っている酸素だって、濃すぎれば人は死んでしまうでしょう? その魔力バージョンだと思ってくだされば結構です。で、あなたにはそもそもその『魔力を貯める器官』が存在しないので、あの部屋に入っても大丈夫だったわけです」

 酸素がなくなったからと言って、コップは死にません、タタンは空になったカップを指で弾いた。


「魔力を貯める……そういうことか」

「それで、『魔力を貯める器官』が存在しない人というのは限られてまして、私の知る限り地球ぐらいしか思いつかなかったんですよ。ですので地球からの召喚者ではないかと思ったわけです」

 試神は今までの疑問が全てなくなったように深く頷いた。

「よくわかった」

「それはよかったです」

「じゃあ、逃げよう」

「……は?」


 試神も一気にコーヒーを飲み干し、カップをデスクに置いた。

 呆けているタタンの腕を掴み――今度は優しく――自分のほうに引き寄せる。


「言っただろ、ここは狙われてるんだよ。いつになるかわからないが、ここに大量の……その……転生者が来る。狙いはその濃すぎる魔力ってやつなんだろ? じゃあ、ここから離れれば少なくともタタンは安全だ」

「そうなん……ですかねえ」

「お前は俺を飛ばしたような魔法があるからいつでも逃げれると思っているのかもしれないが、それは間違っている。相手だって同じ魔法を使えるんだ。逃げれば追ってくる。だから見つかる前に逃げないといけない」

「…………」

「それに、あの煙が出てるってことは、下に工場かなんかがあるんだろ? そこで働いてる人も逃がさないといけない。どのくらいの人がいるのかわからないが、時間はかかるだろ? だから早めに動かないと」

「優しいんですね、あなたって」


 ぽつんと言ったタタンの言葉に、試神は思わず殴りそうになった。


「いろいろ心配してくださってありがとうございます。ですが、ほんとに大丈夫なんです。

 ――だってこの襲撃はいわゆるチュートリアルなんですから」


 Φ


 驚かして申し訳ありません、言うか迷っていたのですが……本当は言うべきではないのですが、あまりにあなたが優しいので言ってしまいます。

 この襲撃はチュートリアル、またはオリエンテーションのようなものだと思ってください。

 異世界から来た方がこの世界に慣れてもらうために、初心者用の最初のクエストとしてここの襲撃が入っているんですよ。いえ、襲撃というから誤解を招くんですね。言ってしまえば……そう、見学です。あなた方がこれから使用するであろう魔法の源である魔力がどこで作られているか、それを知るための情報収集イベントです。

 ……ええ、そうです。

 私は、最初から襲撃があることは知っていました。ですが、言い訳をさせてもらうと、今日あたりそのイベントがあることは知っておりましたが、何時に何人くるかまではわかりません。こちらの訓練も兼ねているのでしょうね。とっさにどう対処すればいいか、実践訓練という形で確かめているのでしょう。

 ……いえ、だからあなたの場合は特殊なんですよ。一人でしたし、後ろに教官らしき人も見えませんでしたのでまさか転生者……ああ、あなたは召喚者でしたね、その一人とは思わなかったんです。あなたが一人でここを襲撃することも想定外だったんじゃないですか? もしわかっていれば2チーム来ることになってしまうので、事前に連絡がくるはずです。

 ……なぜって? ほら、見学も含むって言ったじゃないですか、チュートリアルの指南役も、そしてここの解説役も私なので、時間差で来られても対応できないんですよ。今日はほかの職員はおらず、ここには私しかいないのでほかの誰かに頼むこともできませんし。

 そういう意味もあって、私がここから逃げてしまうとマズいんですよね。怒られてしまいますし、なによりここを空にしてしまうので、防犯上いろいろ危険です。

 ……え? 私が危なくないのかって?

 ご心配ありがとうございます、大丈夫ですよ。私はこれでも18年この世界で生きてきていますし……おや、同い年ですか、それは奇遇ですね……、閑話休題、それだけ生きていればある程度の魔法の対処は可能なんですよ。おそらく数人で来るのでしょうが、魔法を使い始めたばかりの赤子のようなものです。昨日今日で使える魔法なんてたかが知れてます。私自身、この役を務めるのも初めてではないですしね。

 このチュートリアルはゲームで言うところの『負けイベ』だと思ってくだされば結構です。この場合、負けるのは私ではなく転生者のほうですが。

 あなたが何回か身をもって経験されたように、魔法は案外危険なものでして、使い方を誤るとケガではすまない可能性があります。ですが転生者の方々は異世界にきて興奮されているのか、血気盛んでやる気に満ち溢れた方が多いんですよね。そのままにしておくと好き勝手に暴れまわってほかの方の迷惑になるので、襲撃という形でクエストを行ってもらい、派手に負けて頭を冷やしてもらおうということです。


 Φ 


 二杯目のコーヒーを淹れたタタンが、試神の前に座る。


「これでわかっていただけました? あなたが言う襲撃とは最初から予定調和であり、逃げる必要は全くないんですよ」

「……そっか」

「いろいろ心配おかけして申し訳ありません。イレギュラーにイレギュラーが重なった結果、あなたに誤解を――」

「なら、よかった」

 安堵の表情で息を吐く試神に、タタンは思わず言葉を止めた。


「いや、それならいいんだ。襲撃……見学か? それがないっていうんなら、それがいい。一番いい。……なんか、俺が一人で騒いで馬鹿みたいだな」

「そんなわけないですよ、悪いのはあなたにろくに説明せずほっぽり出した『隊』の方々です」

 試神が深く息を吐く。体の力が一気に抜けてしまったようだった。手に持ったコーヒーカップも、取っ手を指にひっかけているだけになっている。


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