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第4話 ミルクか砂糖は入れますか?

 それから。

 気がつけば試神は巨大なガラス管の前にいて、喋る人形に出会ったのだ。


 混乱してばかりだったが、歩くうちにだいぶ落ちついてきた。というより、30分ほど歩かされれば嫌でも落ち着く。むしろ腹が立ってきたほどだ。


 何個目かわからない扉を抜けると、景色が変わった。どこかのオフィスのような、シンプルで落ち着いたフロアに出る。


 そしてそのすぐ近くに、その部屋はあった。左右に開く自動扉は、今は開いたまま固定されており誰でも入れるようになっている。壁には『事務所』とプレート。

 この部屋でよかったんだよな、そう試神が考えていると、


「おかえりなさい」

 と。

 中から声がした。

 足音で判断したのだろうか。こちらからも、そして向こうからも見えていないのに。

 鏡なんてものはなく、もちろんカメラなんてものもない。


「どうぞ入ってください。ちょうどコーヒーを入れましたので」

「…………」

 ゆっくりと、恐る恐る中に入る。

 本当は飛びこんで怒鳴りつけたかったのだが、そんなことしてまたあの部屋に飛ばされても困る。


 そこは――事務所は縦に長く、見かけは試神が通っていた高校の職員室に似ていた。入ってすぐ見える縦に長い辺には一面カーテンがひかれており、反対側、すなわち試神が入ってきたほうの壁には大小様々な棚が並んでいる。

 部屋の中心には作業用デスクが背を合わせるよう固めて並べて置いてあり、誰かが使っているのだろう、ノートパソコンや書籍がちらほら見えた。


 そして、その固められた島を見渡せる位置に、ポツンとひとつだけデスクが置かれており――

 ――そこに、その青年がいた。


 少し跳ねた銀髪に、深い青の双眸。うっすら微笑んでいる顔は中性的であり、甘い顔立ちをしているのも相まって少し幼い印象を与えている。杯をひっくり返したような紺のポンチョを羽織り、その中は白のシャツに黒のスラックス。

 お盆に二つ、湯気のたつカップを乗せた青年は、試神に向き直ると軽く微笑んだ。


「先ほどは申し訳ありませんでした。てっきり強盗かなにかかと思いましたので、思わず魔法を使ってしまいました」

 お疲れでしょうし座ってください、と近くにあった椅子を進められる。キャスター付きのオフィスチェアだった。誰のか知らないが、座高が少し低い。けれど、座り心地は悪くなく……むしろ《《慣れた》》感触だった。


 青年は離れたところからわざわざ自分の椅子を転がしてくると試神の近くに座り、カップをひとつ、手渡してくる。

「ホットですが、よろしいですかね?」

 中には黒い液体が入っていた。

 受け取ると、淹れたばかりというのは本当らしく、カップは熱かった。

 匂いは、嗅ぎなれたものだった。

 普段試神が飲んでいるコーヒーとまったく同じ色と匂いだった。


「ミルクか砂糖は入れますか?」

 青年が訊く。

「……ミルクだけ」

 青年が立ち上がり、背の低い棚を一つあける。中からミルクをふたつ取り出し、試神に渡した。

「コーヒー関係のものはここに入っているんですよ」

 試神はミルクを少し小指の先につけ、舐めてみた。鈍い甘さと舌にまとわりつく粘性。これもやはり、普段使用しているものと同じように思う。


「安心してください。地球にあるものとほとんどなにも変わらないと思いますよ」

「……なんで」

「まあ、そのあたりはいろいろありますので、機会があるときにゆっくり説明させてください」

 それよりも。

「訊きたいことがあるんです」

 青年は少し声のトーンを落とす。


「いったいなぜあなたは、私を襲ってきたんですか?」

「…………」


 襲ってなどいない。


 Φ 


 順を追って、試神は説明する。

 どうやら自分はこの世界に召喚されたらしいということ。

 そんな人は大勢おり――試神以外は転生者のようだったが――みな嬉しそうにその状況を納得し、むしろ楽しんでいたように見えたこと。

 またそれを行っていたのは『隊』という組織であり、率いていた指揮官は若く、魔法を使える青年だということ。

 今はその人が魔法適正とやらを調べているらしく、それによってチーム分けがされていること。

 そして――


「そのチームのミッションのひとつが、ここを襲うってことになってるんだよ!」


 急に声を荒げた試神を見て「……びっくりした」と青年が息を漏らす。


「それを伝えるために俺は来たんだ!」

「はあ……なるほど?」

 青年はコーヒーを一口すすり「……すいません、まだよくわかっていないのですが」と前置きをする。


「私からすれば、あなたがその『襲う』というミッションを担ったチームの一人ではないかと疑ってしまうのですが、違うんでしょうか?」

「……信じてもらえないかもしれないが、違う。俺は……不合格って言われて、チームどころかその隊とやらにも入れなかったんだと思う」

「不合格?」

 首を傾げる青年に、試神も吐き捨てるように言う。


「俺は転生者じゃなくて召喚者だから、劣るとかなんとか言われて……多分なんかの魔法を使われたんだと思う。気が付いたら別の場所にいた」

「劣る……ですか。転生者と召喚者なんてまるっきり違うので比べるのもどうかと思いますが……転生者を必要としているのならば、召喚者はきっと不要だったのでしょうね。なんにせよ、ひどい話です」


 じゃあ最初から召喚者なんて呼ぶなと思いますが、とタタンの目が試神を向く。

 試神はそれに気が付いたが、無視した。


「……その様子だと、まだその襲撃はきてないんだな」

「そうですねえ」

 青年は椅子にもたれかかり天井を見る。「あなた以外はきてないです」

「だから俺は襲ってないんだって」

「事務所で作業しているところにいきなり息の荒い男性が飛び込んできて、私の腕を掴むなり『ここは危険だから俺についてこい』と外に連れ出そうとしておいて、よくも襲ってないと言えますね」

「…………緊急事態だったんだよ。いや、そう思ったんだよ」


 白煙の下。

 そこには煙突と、少し汚れた白い建造物があった。外装がところどころ剝がれ、年月を感じさせる。建物自体の高さはない。一階か、あってもせいぜい二階ぐらいだろう。しかし、縦に低い分、横はとてつもなく広い。それなのに門らしきものはなく、その建屋を示す看板もなかった。

 入口は開いていた。

 中はロビーとなっているようだったが、人影はない。人の気配もない。

 受付のようなものがあるかと期待したが、それもなかった。

 不法侵入になるかもと考えたのは一瞬だった。試神は中に入っていた。


「そこに……えっと……」

「タタン」

 青年が言った。

「私の名前です。タタン。呼び捨てで結構ですよ」

「……そこに、タタンがいた。だから無我夢中で腕をひっぱったんだ」

「それで、私の反撃にあったと」


 試神が中に入り、しばらく廊下を進むと灯りが漏れている部屋が見えた。『事務所』と書かれた部屋の中、微かに物音が聞こえた。試神は慌てて飛び込み……それからはタタンの言った通りだった。


 腕を掴んだ途端、また世界が暗転し。

 気がつけば、別の部屋にいた。


「……というか」

「はい? なんでしょう」

「俺も悪かったと思うが、いきなりその『猛毒の部屋』とやらに連れて行くのはどうなんだ? ……脅しでもなんでもなく、多分、マジの猛毒なんだろ?」

 試神が飛ばされた部屋からこの事務所まで、確かに少し距離はあったが、決して30分もかかる距離ではない。


 時間がかかった大きな理由。それが、道中にいくつもあったエアシャワーだった。

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