第3話 召喚者は劣るんだよなあ
それから青年の『説明』とやらが始まったのだが、試神はよく聞いてはいなかった。
忘れてしまった嘔吐感が再び襲ってきて、立っているのがやっとだったのだ。
胃酸どころか内臓ごと絞り出してしまいたいほど、体の内から吐き気が込み上がってくる。顔は真っ青だったに違いない。脂汗で濡れたシャツが風で冷やされ、さらにそれが不快感を加速させる。たまに湧き上がる歓声にまぎれてなんど吐いてしまおうと思ったことか。
拷問を受けているような精神状態でなんとか拾えた情報は。
『いまここにいる人は、全員まったく関わりがない、つまり知り合いはいないということ』
『性別は転生前後で変わらないが、年齢は多少差があること』
『みな、同じ隊に配属が決まっていること』
『これから適性検査を行い、それによっていくつかのチームに分けられるということ』
『その後、チームによって簡単なミッションがあるということ』
「ミッションってなんですか?」
質問が飛び、青年が答える。
「あの煙が見えますでしょうか?」
青年が指さし、視線がそちらに向く。試神も眼球だけを向けると、涙でにじむ視界の端にゆらゆらと立ち昇ぼる白煙が見えた。
「あるチームの方のミッションになりますが、あの白煙の下にある建物に行ってもらいます。そして、中にいる人の数を確認し、場合によってはここにつれてきていただきたいのです」
「場合によって?」別の声がする。
「そのあたりはそのチームのリーダーと決めていきましょう。皆様の魔法の性質によっては、そのミッション自体なくなるかもしれませんから」
納得したようで、場がまた静まる。
「長くなりましたが、そろそろ説明は一区切りしましょう。転生者の皆様も、やきもきしていることですし、まずは皆様の魔法の適性を確認していきましょうか」
青年が言ったところで、試神が膝をついた。立ち眩み視界が歪み、とうとう立っていられなくなったのだ。
「……おや、大丈夫ですか?」
青年が言って、視線が試神に集まる。
「……魔力に酔ってしまったのでしょうか?」
歩き出すと、モーゼのように人が割れた。まっすぐ、試神のもとにやってくる。
立たなきゃと思うが、全身に力が入らない。
なにか言わなきゃと思うが、口が震えて声がでない。
青年が試神の前に立った。
近くで見ると、なんとなく冷たい印象を持つ青年だった。年齢は二十台前半だろうか。遠めだとわからなかったが、目の前にある服は明らかに上等とわかる代物で、衣服は汚れ一つなく日の光を浴びて優しく輝いている。
「ほう」と、青年がうなった。珍しい小動物を見つけたような、多少興奮の混じる声だった。
明らかにほかと異なる試神に気が付いたのだろう。黒髪だけならまだほかにもいたかもしれないが、決定的に服が周りと違っている。年代も時代も国すらも異なるような学生服を着ているのだから、まぎれようがない。
試神を見下ろした青年は少しの間試神を観察し、やがて「召喚者は劣るんだよなあ」と、試神にしか聞こえないほどの声量で言った。
顔を上げようとして……できなかった。頭を持ち上げる力もなかった。
声を上げようとして、叶わなかった。喉を震わすほどの力さえでなかった。
それでもかろうじて、視線だけを上に向ける。
睨む。
睨む。
睨む。
その視線に気付いているのかいないのか、青年はにこやかに笑い、言った。
「残念ながら、あなたは不合格です」
そして。
「さようなら」
暗転。
次に目を覚ましたとき、周りには誰もいなかった。
背の高い、先端にしか枝葉がない場所で大の字に倒れていた。さっきまで自分がいた場所ではないことに、試神は大して驚かなかった。むしろ、離れられたことに感謝さえしていた。
木々の間から見える空はまだ青く、日の高さからしても、それほど時間はたっていないように思える。
「なー……ぐッ………………ま?」
すっかり吐き気の収まった体を起こす。喉にまだひりつく痛みがあったが、それ以外は問題ない。力が入らなかった体も、今ではしっかり立つことができた。
体についた落ち葉を払っていると、見えた。
白煙。
縦にゆらゆらと、けれどまっすぐに立ちのぼる煙。
青年がミッションと言っていた、あの白煙だった。
試神は自然と、その煙のもとに駆けていた。




