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第2話 この世界に魔法はあるのかどうか

 異世界に召喚されたとわかったとき、まず試神が思ったのは「助かった」だった。 


 助かった。

 良かった。


 ()()()()


 そんなしばしの安堵の感情は、その後にやってきた猛烈な罪悪感によって押しつぶされてしまった。

 吐き気を伴うほどの嫌悪感。

 胸を掻きむしり皮膚を引き裂き肉を破り筋肉を引き千切り肋骨を砕き心臓を抉り出してその中にある黒いものを探し出して叩きつけて踏み砕たくなるほどの罪悪感が襲ってきた。

 一人だったら吐いていた。

 結果的にいえば、吐かなかった。

 それは周りに人がいて恥ずかしかったらからとか、ぎりぎりのところで堪えたからというわけではなく――

 ――単純に、忘れてしまったからだった。


 嘔吐感も嫌悪感も、ふとすれば自傷行為に走りたくなるほどの衝動も。

 周りの状況をみて、完全に頭から消えてしまったのである。


 魔王室……あの巨大な部屋に行く前、試神は別の場所にいた。

 別の場所で、召喚されていた。


 外。それしかわからない。


 その次に見えたのは、人だった。西洋風の顔をした、はしゃぎにはしゃいだ人たちだった。

 笑顔で嬉しそうに手や足を観察している。中には近くにある小川に膝をつき、水面で顔を確認している人もいる。

 奇声に近い歓声の中から、ちらほらと『てんせい』という単語が聞こえてきた。

 てんせい

 てんせい

 てんせい

 いくつか頭に浮かぶ単語があったが、この状況で当てはまる単語はひとつしか思い浮かばなかった。


 ということは、そういうことなのだろう。


 試神は立ち上がろうとして、初めて自分が座っていることに気が付いた。

 灰色のスラックスに白の長袖のワイシャツ。胸のあたりには試神が通う高校の校章が入っており、靴はいつも通学で使っているスニーカーだった。


 よろよろと立ち上がる。

 腕についた土を払い、癖でいつも使っている通学カバンを探したが、見つからなかった。体ひとつ召喚されて、持ち物は含まれなかったらしい。いつもポケットに入れていた携帯も財布もなくなっており、重さの欠けた体が少し頼りなく感じる。

 

 生まれたての小鹿のように立ち上がる試神を見て、周りの人が数人、試神に気が付いたが、すぐに目を離してしまった。

 『自分』の確認で精一杯なのだろう。

(……そういえば、俺の……姿は)

 確認しようと思い自分も小川に行こうかと思ったが。

「…………」

 足先を向けただけでやめてしまった。

 見るにしてももう少し落ち着いてからにしたいとどこかで思っていたのかもしれない。周りとは違い自分だけ学生服というのも、その理由のひとつだった。


 はしゃいでいる人は、おおよそ30人ほどといったところだった。男女比に偏りはなく、年齢も試神と同等か、少し上のあたり。学生服の試神を除けば、みな似たり寄ったりの軽装――布をつなぎ合わせただけのような、簡素な服を着ていた。服だけみれば試神が一番まともに見える。


(……山の中)


 人の頭の向こうには青々とした木々が見え、仰げば雲一つない青空が見えた。すっかり鏡と化した小川も、その向こうは背の高い木が立ち並んでいた。

 山のなかにある開けた場所、どうやらそこにいるらしい。

 そこまでわかったところで。

 天にいきなり火球が打ちあがり、場が静寂に包まれた。


「皆さま、転生、おめでとうございます」


 火球の下、試神たちを見渡せる場所にいた青年が言った。人の好さそうな柔和な笑顔をしたまま両手を広げる。その青年は武装らしきものはしていなかったが、体のシルエットを丸ごと隠してしまうような白の服を着ていた。大きな布を頭からかぶり、腰のあたりを緩く縛ってまとめたような服だった。その後ろでは青年とは対照的に、全身を西洋風の鎧で固めた人が隊列を組んでいる。武器は構えていないが、鎧の隙間から漏れてくる緊張感のせいでまったく安心できない。仕込み刀の一本や二本、関節の隙間に隠していそうだった。


「あなた方は選ばれました。我々はみなさまのような素晴らしい方々に出会えたこと、そして転生できたことを心より嬉しく思います」


 さきほどより小さい火球が二つ打ちあがり、空に消えていく。花火のようなものではなく単に注目を集めるものらしい。試神のそばで「すげえ」と声がいくつか漏れた。


「さて。みなさまはこの度こうして転生されましたが、いろいろ気になることがあるでしょう。ここはどこか? 今は何時なのか? この世界の名前は? ここにいる人は? 今こうしてしゃべっている私は誰なのか? そして」


 火球があがる。

 三つ。


「この世界に魔法はあるのかどうか」


 青年の言葉と同時、火球が弾けた。

 歓声があがる。拍手が沸き起こる。


 きもちわるい


 青年はそれを見て「ありがとうございます」と頭を下げた。「ですが、この程度の魔法でしたらあなた方も使うことができます。なんといっても転生者なのですから。あなた方にはその才能がある」


 うそ、まじかよ、などの声があがる。ファイアなどの声もいくつか聞こえてくるが、なにも出ないようで驚きの声は聞こえなかった。



 きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい



「慌てないでください、一口に魔法といっても多種多様に分かれており、どの魔法を使えるか向き不向きがあります。それを今からじっくりと見定めていきましょう。我々はそのためにいるのです」


 青年はそこでしゃべるのを少し止め「質問ですか?」と優しく訊いた。

 手を前に出し、「どうぞ、訊きたいことがあればお答えしたします」


 青年の指の先を追っていくと、手を上げている男性の姿が見えた。

「俺たちを転生した目的はなんでしょうか?」

 よく通る声だった。答えを求めるように、視線がまた前にいる青年のほうに向かう。


 全員の視線が集まるのをまってから、青年は大きく二回頷く。

「では最初に、その理由から説明いたしましょう」






 きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい

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