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第1話 生きているなら反応をもらえますか?

 関わり禁止地区 創造根底館(そうぞうこんていかん) 魔王室(まおうしつ)


 その場所はそんな禍々しい名前が付いていたが、そんなこと神羅しんら 試神ししんには知る由もなかった。


 さっきここに来たばかりである。ここの名前も、正確な場所も、なにひとつとしてわからない。


 だが、もし知っていたとしたら変な名前だとしかめっ面になりながらも、『ああ、なるほどな』と思ったことだろう。


 蟻になった気分で見上げる樹齢千年を超える大樹。

 例えるならその()()()()は、そんな感じであった。


 オフィスビルすらもまるまる入ってしまいそうなほど巨大な部屋。その中心をガラス管が貫き、さらにその中を滝を逆流させたかのように白煙が流れ続けている。


 どれほどの量の煙がその中を流れているのかわからないが、煙の中に魔王がいて、ガラス管を割って目の前に現れたとしてもなんら不思議ではない。


「わー……な…………ど…………」

 大股を開きながら尻もちをついた試神が、そんな音を呟いたころ。


 すいませんが。

 そんな、人の声が聞こえた。


「生きているなら反応をもらえますか?」


 若い男性の声だった。試神は体を震わすと、首を振って辺りを見回す。

 それで生きているとわかったらしく、少し笑みを含んだ声が続いた。


「ああ、よかった。使ったのは移動魔法だったんですが、変に失敗して体だけ送ってしまったのかと心配になりました。ちゃんと、魂も入ったままでしたね」


 声はずっとしてくるのに、姿は見えない。聞こえたものは肉声に近い。スピーカーを通した機械的なものでははずなのに、どこを見渡しても人影は見つからない。


「まっすぐ向いて、視線を一時の方向に。そしてそのまま下げていってください」


 言われた通り、試神は目線を移動させる。

 その先に、人形がひとつ、床に置かれていた。

(――あの人形が、どうしたって?)


 四つん這いで近づき、拾い上げながら立ち上がる。

 デフォルメされた、二頭身のフェルト人形だった。短い両手両足を前に向けており、頭にボールチェーンでもあればゲーセンにでも置いてありそうな代物だった。

 髪の部分は白のフェルトが貼り付けてあり、目は青のボタンが縫い付けてある。黒の長ズボンを履いており、上半身は白のシャツに、紺の盃をひっくり返したような外套を羽織っている。知らないだけでなにかのアニメ作品のキャラクターなのかと思ったが、これはまるで――。


「それ、私を模した人形なんです」

「うわっ」

 驚いて人形を投げ捨てる。床に落ちた人形は。

「むぎゅ」

 と情けない声を出した。

「……あ、ごめん。痛かった?」

 恐る恐る拾い上げる。汚れても、破けてもいないようだが。

「……いえ、単に気分を出すための演出ですのでお気になさらず」

「なんだそれ」

「痛覚の共有なんて、そんなことするわけないじゃないですか。こうやって遠距離で会話するのが目的なのに、わざわざそんなことするメリットがありません」

(……知らんけど)


 なんとなく腹が立ったので意趣返しとばかりに人形をぶにぶにと揉んでみる。だが、綿の感触ばかりで確かに「痛い」などの声は帰って来なかった。

 それに、機械らしき感触もない。

 中に声を飛ばすものが入っており、なんてことはなさそうだった。

(……だとしたら、この声は)


「にしても、珍しい方ですね」

 手のひらで包まれながらも、変わらずクリアな声が人形から聞こえてくる。

「あなた。地球からの転生――いや、『召喚者』ですか?」


 人形を揉む手が止まる。


「――ああ、いえ。別にだからどうという意味ではありません。ただの確認です。転生者だからどうとか関係ありませんよ。ですが、その様子では間違いないようですね」


 沈黙。そして硬直。


「……どうやら警戒されてしまったみたいですね。まあ、いきなりそんな部屋に送っておいて『私は無害ですよ』は信じてもらえるはずがないので当然ですが……」悩むように数拍間をおいて。「きちんと謝りたいので、一度さきほどの部屋に戻ってきてはいただけませんか? あなたの後ろにある扉の先を進んでいけばたどり着くと思いますので」


 試神が振り向くと、部屋の隅に確かに扉があった。

 部屋が大きさが規格外なこともあり、やけに扉が小さく見える。だが、遠目でもわかるほどに、その扉は頑丈そうだった。


 頑丈で、厳重そうだった。


「本当は移動魔法で戻してあげたいのですが、場所が場所なだけにそれも無理でして。少し距離もありますしなにかと時間がかかると思いますが、まあ、散歩だと思ってのんびり戻ってきてください。一本道……というか案内に従っていただければ通路一本延々と歩くだけですので、迷うことはないと思います」


 あの扉の先がどうなっているのか、そしてこの誘導は罠なのかどうか、試神は少しだけ考えたが。

「…………まあ、従うしかないか」


 ここにいてもどうしようもないのだ。話し合いたいというくらいなので、少なくとも危険はないだろう。それに、声にもそんな感情は見られない。むしろ本当に悪いと思ってすらいるようにさえ聞こえる。


「……というか、今更だけど、この人形がしゃべってるのって魔法なのか?」

「ほんとに今更ですね。答えはイエスです。聴覚、視覚の共有と声を飛ばしています。本当は私自ら赴いて頭を下げたいところなんですが、こればかりはどうしようもないのでご容赦ください」


「ちなみに、この部屋に来れない理由って、なに?」

 大方、ここに来れないというのは口だけで、本当は来れるのだが単にめんどくさいのだろう。試神はそんなつもりで訊いたのだが。


「実はその部屋、猛毒に満ちているんですよ」


 人形は楽しそうに告げた。


「なので私がその部屋に入ったら間違いなく死んでしまいますし、そんなあなたを無理やりこっちに戻しても体中に毒が付いたままですので、やっぱり死んでしまうんですよね」

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