第61話 生害さんって
事務所に戻ると、すぐに装備のお披露目会となった。リュックは背負ってみたのだが、服は体に当てただけだし靴もサイズを見ただけである。とりあえず着てみたらどうかというわけだ。
タタンがここに来たのが三年前とのことなので、少なくとも三年間は放置されていたものである。多少痛んでいるものと思っていたが、丈夫に造られているだけあって問題なさそうだ。明るい事務所の元でみても、カビや目立った汚れはない。匂いも埃っぽいのと、少し土の匂いがあるだけだ。
事務所内に着替えるスペースはなく、奥に給湯室はあるものの、そこで埃や土のついたおのをバサバサと広げたくはない。近いこともあるので、試神はいったん自室に戻り、着替えてきた。
「へー、なかなか似合うじゃないですか」
タタンの一声に、一同が頷く。それ以上感想もないところを見ると、それしか言えないのだろう。
カーゴパンツにサファリジャケット。山歩き用の靴底の硬い靴。頭につけるものはなにもなかったが、ここは試神がいつも絶命洞窟で付けているヘルメットを着用することにする。背中のリュックは救急キットなどの備品。それからいくつかペットボトルと菓子パンを詰めて、重さの想定をしていた。
「ですが、やはり少し大きいのですね」
リュックを下した試神の後ろに立ち、心殺が服の乱れや腕や裾の位置を調整していく。
「親のスーツを無理やり着た子どものようで、服の中で体が泳いでいるのです」
試神もその自覚は十分あったので否定はしない。洗面台の前でチェックしたとき、自分の体が縮んだような笑えない感覚があった。
「やはり新しいの買いましょうか」とタタンが提案するも、「一回行ければいいから新しいのは要らん」と言って否定する。大きいは大きいが、着れないわけじゃないのだ。カーゴパンツもベルトを締めれば落ちてこない。
「まあ試神さんがそういうなら、とりあえずはこれでOKですか。あとはいざ、友情崩壊ダンジョンに行く当日に軽く防護魔法でも掛け直しておきましょう」
「それは助かる」
過保護じゃない? とフクロウが言うが、そんなわけはない。こちらは魔法の使えない人間なのだ。
「……そういえば、杖、どうしよう」
「手にもっていけばいいじゃないっすか?」
確かにそうなのだが、常に片手になにか持っているというのが気になる。できれば両手を開けておきたい。
「神羅さんは、いつごろダンジョンに行かれる予定ですか?」
「そうですね……まだ決めてないですけど、明日明後日じゃないことは確かです」
「では、私が杖を身につけられるよう、服に収納ホルダーを付けておきます」
「……いいんですか?」
「それくらい、大した手間じゃありませんから」
リュックに入れていた杖を渡す。最初は腰にポーチのような形で付けようかと思っていたのだが、歩くとき邪魔になる可能性あり、結局ふともものあたりにポケットをつけ、そこに入れる形で持ち歩くことにした。
「タタン。この杖って別に持ってなくても魔法が使えるのか?」
「それ自体が魔法を使っているわけではなく、ただの魔力バッテリーですからね。問題ありません」
「じゃあ本当はリュックの中でも大丈夫ってことか?」
「言ってしまえばそうですが、リュックの中にいろいろ詰め込むと思うんで服に付けられるならそのほうがいいと思います。いざというとき、取り出せたほうが絶対いいでしょう」
有識者がそういうのだから、それでいくことにする。
服はいったん洗ってから心殺に渡すということで、今日のお披露目会は以上となった。
そして。
今日の業務がひと段落ついたのか、フクロウ、心殺が帰宅することをタタンに報告した。フクロウはともかく心殺は試神と一緒に探し物をしていたため後半はまともに業務ができていなかったと思うのだが、タタンの顔を見るに急ぎの用事はないらしい。
「そういえば、責慈さんって、普段どんな仕事されてるんですか?」
「どんな仕事……とは?」
聞き方が悪かったらしく、首を傾げられる。
「いや、タタンはなんとなくわかるんですが、ほかの人がどんなことしてるのか、あんまよくわかんなくて」
社員紹介はされたのだが、そのときは自己紹介だけだった。
そのあとも試神はロロロと一緒に魔王室や絶命洞窟にいることが多く、さらには出社する日時も決まってないためなんとなく聞きそびれてしまっていた。
「タタン所長、話していないのですか?」
「……申し訳ありません、私もすっかり話した気になっていました」
コーヒーをすすりながら、タタンのばつの悪そうな声が聞こえる。「初対面のときはいろいろありましたし、仮採用でしたからね。本当なら本採用になったときに改めてお話すべきでしたでしょうか」
初対面といえば、確か、来客対応と被ってしまったときだろうか。
あとからロロロにきいたところ、かなり大変な客だったらしいとのことだったので、忘れてしまっても無理はない。
本採用が決まったときも花子がいただけで、あとはまばらに集まることがあっても全員が集まることはないので、話す機会もなかったであろう。
「私の主な業務は、事務全般です」
パソコンの電源を落としながら、心殺が言った。「書類作成や窓口対応などが、私の仕事です」
「それ、全部ひとりでやるんですか?」
「もちろん」
ほかに人はいませんから、といわれ、納得するしかない。
そもそも、創造根底館という巨大な施設の中に、働いている人はごくごく僅かしかいない。
それで、仕事は回っているのだろうか。
「心殺姉ちゃんは優秀だから、大丈夫だよ」
「いや、そう言っても」といったところで、ふと思う。「フクロウも、ここで働いてるんだよな?」
「もちのロンだぜ」親指を立てる。「おれは会計な」
「会計!」
今日一番の驚きだった。
「お前、足し算と引き算しかできないんじゃないのか?」
「馬鹿にすんなー! 掛け算も割り算もできるっつーの!」
「四則演算しかできないじゃんか」
「逆に訊くけど、それ以外に必要なもんがあるの?」
フクロウに問われ、試神は考える。
そして。
「十分だな」
結論が出た。
「ちなみに言うと、花子さんは研究職。ガブリンさんは清掃です」
ロロロさんと千差さんは言うまでもありませんね、とタタンが言う。
「花子さんはなんとなくわかるけど……ガブリンさんの清掃って?」
「そのまま、掃除担当です」
「……ふーん」
「創造根底館は巨大ですからね、掃除をされる方も必要なんですよ」
言われてみれば、その通りかもしれない。
「じゃあ、手伝うとしたら、俺はガブリンさんと一緒に掃除になるのかなあ」
「もしそうなれば、魔王室の掃除をお願いするかもしれません。流石にあそこだけは、ガブリンも行けませんから」
なるほど、それもその通りだ。
心殺とフクロウ、それぞれが帰宅準備を進める中。「先輩、おれっちも本社に戻ります」と苦同までも言いだし、実質今日の業務は終了となった。
タタン以外の三人が帰宅準備をすませ、試神も着替えるために準備が終わったころ。
「そういえば」
何気なく、試神が言った。
「タタンの前にいた生害さんって、どんな人だったんですか?」
決して小声ではなく、むしろしっかりほかの四人に届いていたはずなのに。
全員が全員。
「………………」
なにも言わず、なにも返さず。
なにも聞こえなかったように。
まるで示し合わせたように。
その回答を拒否した。
―― 第六章 完 ――




