第59話 追えてないんですか?
「というか、苦同お兄ちゃんは生害所長のこと知ってるんだ。ここに来たのってタタンお兄ちゃんが就いた後でしょ? まったく関わりなかったんじゃない?」
「配属されたのがそうであって、それより前も本社で勤務してたっすからね」
「あ、そっか」
「ほとんど入れ違いのようなものだったんで直接かかわりはなかったっすけど、向こうでもいろいろ伝説はきいてましたから」
「伝説……ですか」
そうきいても良いイメージがまったく浮かんでこないのは生害 死良という人物をよく知っているからだろう。
悪評でもなく酷評でもなく、伝説などと言われているのは。
間違いなく創造根底館――そう名前が付く前の果報拡散支援生甲斐所のトップだったからだ。
「まあ俺っちは又聞きでしか知らないで詳しいことはわからないっすけど、先輩のときに担当になってよかったと思うっすよ。前任者は何度泣かされたかわからないって言ってたっすから」
「おれもそこは同意だなー」
思い出すようにフクロウが虚空を見上げる。年齢だけで言えば最年少である彼だが、ここで働いてる年月はなかなかに長いのだ。
「……私も、三年たった今でもよく言われますよ。『前の人より話が通じる人で良かった』って。正直、それだけで感謝されるのはたいへん不本意なんですが」
「あの人、今はどうしてるんっすかね」
そのつぶやきに、タタンが反応する。
「本社のほうで動き……追えてないんですか?」
「完全に把握はできてないみたいっすね。雲みたいに、どこにでも現れていつの間にか消えてるみたいっす」
「大丈夫なんですか? それで。アシタガタリを守っていた人は、その人の死を確認するまで永久監視がつくと聞いてますが」
「本社――いえ、それより『上』が慌ててないところを見ると、まだ安心みたいっすね」
投げやりに聞こえる言葉だが、本当にわからないのだから仕方ない。
もし完全に行方がわからなくなれば、もちろん動きはあるのだろうが。
「えー、本社の監視をかいくぐるって、さすが生害所長だね」
「フクロウさんは見習わないでくださいね」
「いつかタタンお兄ちゃんも監視の目がつくんだね」
「でしょうね、覚悟してます」
それがいつになるかわからないが。
寿命で死ぬのか殺されるのか。
そのときまで、常に見られ続けることだろう。
それを承知の上で創造根底館の館長を継いだのだから、仕方ない。
「俺っちは疑ってないっすけどね。先輩が寝返るなんてありえないっす」
「それはどうも」
アシタガタリを守る者に生涯監視が付くのは、単純に、その人自身が脅威だからだ。
仲間であるならば、味方であるならばこれ以上心強い魔法使いはいないが。
敵になる可能性が少しでもあるのならば。
全力をもって排除しなければならない。
そのための監視だ。
それは別に、創造根底館だから特別というわけではない。
世界中にいくつか存在するアシタガタリを守る者たちには、等しく与えられる枷の一つだ。
「『上』が慌ててないのも、案外それが理由なのかもしれないっすよ。あの人が敵意をもって襲ってくるって、想像もできないっすから」
「敵意でも悪意でもなく、善意で向かってくる可能性はありますけどね」
「そうなったらおれ逃げるんで、あとよろしくー」
「ダメです。どうにかして立ち会わせるんで、潔く散ってください」
なんで負けるのが決まってるんすか、苦同がつぶやく。
Φ
「ダンジョンに行きたい理由を聞いてもいいですか?」
いくつかの段ボールを開けたころ、ぽつりと心殺が言った。半ば独り言のような言い方だったので、試神の反応が少し遅れる。
「え?」
「正直、私は行きたいと思ったことは一回もありません。なので、一体どういう心境になればあんなところに行きたいと思うのか、少し興味があるのです」
「どうと言われましてもね……」
二人、別々の棚で段ボールを開けているため、お互いの顔は見えない。せいぜい視界の端に姿が映る程度だ。
試神はだいぶ言葉を選んで、言った。
「強いて言うなら、経験です」
「経験?」
「ダンジョンに入るっていう経験をしておきたいんです」
視界の隅で赤いひらひらが動き、止まる。心殺が振り返って、自分を見たのだな、となんとなくわかった。
「それだけなんですか?」
「だけっていうと語弊だったり誤謬だったりありますが、大きな考えはそれですよ。異世界人らしいでしょう?」
雑巾が段ボールを滑る音がわずかに停止し、もう一度動き出す。
魔法による空調なのか、どれだけ雑に埃を払ってもあたりの空気が濁ることはなかった。
「地球の人らしい発想とは思います」
「でしょう。俺もそう思います」
「他人事ですね」
ぽつりと言って、しばらくの間、試神から返答がなかった。
「そんなことないです。どこまでも、限りなく――自分事ですよ」
そう帰ってきて、気を悪くしたのではないようだと、ほっと息を吐く。
「まあ一応、ダンジョンに入ってどうしたいとか一応あるんですが、それは入ってみてから決めようと思います。でも、一番の理由はそれです。『入ってみたい』『入ったって記憶が欲しい』。…………だから、俗にいう攻略とか、あんまり興味ないんですよ」
最下層まで行ってお宝を持ってくるとか、ダンジョンの奥にいるボスを倒すとか、そういうものに試神は最初から興味を持っていない。
だから、初心者用のもので全然構わないのである。
行って、少し探索して、出てくれば。
それだけで満足なのだ。
「だから装備とか、あんまいらないかもしんないすけど」
「……かもしれません。ですが、ないよりはあったほうがいいでしょう」
赤い布が揺れ動く。また棚と向き合ったのだ。
「それなりに危険な場所なので、怪我をされても困ります」
「俺も怪我は絶対したくないんで」
だからこうやって装備を探しているわけだが。
取り出した段ボールを床に置き、ガムテープを外す。中を見るが、これもハズレのようで、なにやら書類が入っていた。こういうものはシュレッダーにかけなくていいのだろうか。それとも数年単位で保管が必要なものなのだろうか。
すっかり変色した紙を一枚手に取る。読むだけなら試神にも読めるが、内容が難しすぎてちっともわからなかった。
「こういうのは、タタンなら読めんのかね」
「でしょうね」
独り言だったのだが、心殺が反応する。
「まだ若いですが、しっかりされてる方ですから。生害所長と違って」
「……しっかりねえ」
あまりそう見えないのは『上司』だからではなく『友達』として見ているからだろうか。
段ボールを戻し、別の箱に。端から順々に見ているのだが、まだ半分も行っていない。それなりに重い箱もあるので、上げ下げを繰り返していれば腰を壊してしまいそうだ。
(俺でそうなのだから、責慈さんは大変だろうな)




