第57話 めんどくさいですね
負けたのは、心殺だった。
「……チョキなんか出さなければ。あの人たちはグーかパーしか出さないはずとわかっていたはずなのに」
「いや……だから俺一人でも全然いいんだけど……」
「そうできるなら私もここにいません」
エレベーターを待つ間に、心殺が首を振って気持ちを切り替える。乱れた髪を手櫛で直すと、小さく息を吐いた。
「不要なものを詰め込んでいるとはいえ、『いつか使うかも』ということで放り込んでいるのです。神羅さんが勝手に漁って場所をわからなくしてしまったら大変めんどくさいです」
「なるほど」
できるだけ元あった場所に戻そうとは思っていたが、探すとなると多少は位置が変わってしまうはず。
「そういえば、俺。その装備品の形も知らないや」
リュックやら靴やらは聞こえていたが、実際どんなものかわからない。ダンジョン用というものなので、なにか特殊なものがあるのだろうか。
「見た目は普通のものです。機能としても登山用のものと大差なかったはずなのです。多少丈夫に造られていたり汚れに強かったりするはずですが」
「そうなんですね」
「もっと高価なものになればそれなりの魔法が付いてくるはずです。居場所がわかったり、見た目以上にたくさんものが入ったり。ですが、所長はそういうのを嫌って普通のものを使用してましたので」
「たくさん入るリュックは俺も欲しい」
エレベーターが来たので中に乗り込む。先に乗り込もうとした試神だったが、行先がわからないので手でドアを抑え、先に心殺を搭乗させた。
地下7階。
心殺がボタンを押すのを見てから、試神も乗り込む。
「説明があったかわかりませんが、今は地下7階全体が倉庫になってます」
初めて聞く情報だ。
だが。
「今は……ということは、前は違ったんですか?」
3、4と上部にある表示が変わっていくのを見ながら心殺が頷く。
「倉庫となる前の7階は、前の所長の部屋でした」
部屋ときいて、タタンの部屋を思い出す。
一人暮らしにはあまりに広い部屋だったが。
「……もしかして、7階、全部が部屋だったんですか?」
「ええ」
だとすれば、どれだけ広い部屋なのだろう。
フロアまるまる部屋というのは想像できない。
「それより前は3階が物置でした。それを今の所長……タタン所長が今の場所に住むことになったため、入れ替わりで7階が物置に、そして倉庫になりました」
「そういえば、タタンが前に3階にあるインテリアとかは自分で選んだとか言ってたなあ」
「……そんなことまで話すんですね」
心殺が驚いたようにつぶやくが、表情は相変わらずすましたままだった。
「そんなとこまでというか、一緒に部屋に行ったときに聞いただけです。単なる雑談のひとつでしたね」
「歳が近いと、打ち解けるのも早いんでしょうか」
そんなことないと思いますけどね、と試神がいう。
「俺はあんまり、あいつと打ち解けてる気がしません」
「……………………」
「……なにか?」
「いえ」と小さく首を振る。「そう思っていることが意外でしたから。てっきり、俺たちマブダチとでもいうのかと思ってました」
マブダチって…………。
「まあ、いつか言えたらいいですけどね。まだ、早い気がします」
親しいといえばそうなのだが、どこかまだよそよそしい。
まだタタンという人物を把握しきれてないせいもあるのだろうが。
「なんというか、壁があるんですよね」
人対人であるため、それなりに壁はあるものだと理解している。
だが、タタンが作っているものは、ほかの人のとは少し違うような気がするのだ。
……なにが違うかは、まだ言葉にできないが。
「壁ですか」
「ええ、壁です」
「それはどちらに?」
「どっちって……」
答える前に、地下7階に到着した。
Φ
エレベーターが開き――そこには闇が広がっていた。
なにも見えない。
ホラーゲームの導入でありそうなほど黒が広がっている。
ここが地下であることを考えれば窓、それこそ外光なんてものはなく、自室同様電気がないと真っ暗であることは当然なのだが、試神は思わず「おわッ」と驚いてしまった。
「ドアを抑えといてください」と、心殺が言ってエレベーターから下りる。そしてすぐ脇にあったスイッチに触れると、7階フロア全体の電気がついた。
一気に見通しがよくなった階を見て。
「……………………」
今度は、軽く絶望する。
「さて、あとはここから探すだけですね」
「そうなんですが……責慈さん」
「なんでしょう」
「さっき俺に、勝手に漁るとなにがどこにあるかわからなくなるって言ってなかったでしたっけ?」
「そうですね」
「よくこの部屋でそんなこと言えましたね」
そこは、整理とは無縁の部屋だった。
大型施設の地下駐車場と間違えそうな打ちっぱなしのコンクリートが広がる階。そこに、等間隔で並んでいるのは業務用スーパーで見るような頑丈そうな鉄製の棚だ。
フォークリフトを想定しているのか、上の方まで棚がついている。天井でしっかりと固定されているそれは、たとえ地震が来たとしても倒れてくることはないだろう。
だが。
棚に詰め込まれているものは触れただけで雪崩を起こしそうなほど、ただ単に力技で押し込んだようになっていた。
段ボールが入っているならまだいい。
箱状のものが並んでいるのはまだ見栄えがいい。
問題は、直接モノが置いてある棚のほうが多いということだ。機材やら本やら書類やら、捨てるものに困ったものを全部ここに投げ入れたような悲惨な光景が広がっている。
見えただけでそうなのだから、ほかがどうなっているのか考えただけでも恐ろしい。
「俺が勝手に漁ってもなんも変わんない気がするんすけど」
「こんな状態ですが、一応私たちはなにがどこにあるのかわかっているのですよ」
「じゃあ……この棚はなにを収納する棚なんですか?」
試神がエレベーターの一番近くにあった棚を指さす。上から下まで段ボールが詰め込まれた棚だ。だが、明示などされていないため、なにが入っているのかまったくわからない。開けてみようにも棚と段の間がせまく、段ボールを開けて中を見ることはできない。一度棚から出さなければいけなかった。
「その棚はですね」
「ええ」
「……………………」
少しの間、首を傾げ。
「こんな状態ですが、一応私たちはなにがどこにあるのか大体大まかにそれなりにわかっているのですよ」
「そんな微量な訂正するんなら『わからん』って言ってもらったほうがありがたいです……」
「わかってはいますよ、ただ、その棚は私の管轄外なのです」
「じゃあ……この棚は誰が責任者なんですか?」
「目的はこの先なのです。おいていきますよ」
「…………」
心殺が奥に進んでいくので試神も後に続く。
見渡す限り収納であふれている階であるため、それこそ無限にモノが入りそうではあったが、一体なにをそんなに取っておく必要があるのか、棚に空きはほとんどない。だが、モノが乱雑に置かれている倉庫ではあるが、通路だけはしっかりと確保されており、歩くだけなら困ることはなかった。
「床にモノを置くと所長が怒るのです」
「……タタンが?」
「地震や火事のときなどすぐに避難できるよう、避難通路は確保するように、と。本社のほうから細かく言われているらしく、無視できないようです」
「なるほど」
そういえば、通っていた高校でも同じようなことを言われたなあ、と試神も思い出す。
「ですが、避難するなら移動魔法でサッと逃げますので、荷物が崩れてもあまり関係ないのですが」
「俺は大いに関係あるんで、しっかりと片付けをお願いします」
ああ、と心殺が声を出す。
「めんどくさいですね、魔法が使えない人がいる状態って」
「……あまりそういうのは思っても声に出さないでもらえると嬉しいです」




