第56話 前の所長
苦笑いを浮かべながらタタンが頷く。
「それを見て、ここならいけるかもと奮起したわけです。……実際、そこはガイド役はおらずレポーターと撮影班だけで行ってましたからね」
「簡単な人だ」
こういう人が、ダンジョンで死んでいくのだろう。
プロの探検者やガイド役がいないからといって、そこに取材にいく人が素人のはずがない。
魔法を使っていないように見えてわからないように使っているだけだし、カメラの見えないところで探検者が目を光らせている可能性だってある。
「もともと試神さんはダンジョンに興味はあったようなのですが、平日は仕事がありますからね。いくなら休日か、連休を利用して行ってみようかと思ってはいたようです。そこに近場で挑戦しやすいものがあると知って、興奮しているというわけです」
「なるへそー。確かにそこなら――電車で二駅くらいだっけ? なら、午後から言っても夜までには帰ってこれるもんね。移動魔法なしでも平気か」
「攻略にそこまで時間がかからないというのも大きな理由のひとつですね。……そのあたりは前に一度説明した気がするんですが、そのときはここまで惹かれなかったような気がしたんですけれど」
あん? とそれまで聞いていなかったようにしていた試神が首を傾げる。「あれ、俺にそんなこと説明してくれたことあったっけ?」
「…………なかったんでしたっけ?」
「というか……俺、タタンとダンジョンついて話したことって、昨日以外なかった気がするけど」
「そうでしたっけ、何度かあったような気が……」
……いや。
それとも――。
――なかったことにしたんでしたっけ?
「うーん、わりい、覚えてないや。単に俺が忘れてるだけかも」
「いえ、私もいろいろなところで説明しているので、誰かとごちゃごちゃになってしまったのかもしれません」
「ともかく、それで神兄ちゃんはダンジョンに行きたいって騒いでたんだね?」
一人で行けばいいのに、と思うこともないが、さすがに魔法を使えない彼一人置いていくには不安が残る。
ましてや、それで死なれたりしたら後味が悪い。
「……あのダンジョンって簡単って聞くけど、パーティーって組めたんだっけ?」
「ダンジョンなんで組めるっすよ。まあ、ソロで行く人も多いっすけど」
名前が名前なんで、と苦同が笑う。
だが、おそらく別の名前があったとしても一人で行く人が多かっただろう。
パーティーを組むというのはそれなりに大変なのだ。
しかも、そもそも連携なんてものが必要ないほどレベルの低いダンジョンなので、複数人で行っても役割が無くて暇になるだけである。
「…………なるほど、だからタタンお兄ちゃんたちは乗り気じゃないんだね」
それは試神のお守をしなければならないから――ではなく。
ダンジョンが簡単すぎてやる気がでないから――でもない。
そんな中に、魔法が使えないとはいえ仮にも創造根底館の職員として働いている試神と、さらにもう一人、正規の創造根底館のメンバーを連れていくのが嫌なのだ。
事前連絡もなしにそんなことすれば、ちょっとした騒ぎになってしまう。
それに。
下手すればダンジョン以上に人を殺しかねない。
ダンジョンに行くことに乗り気でないことに気が付いたのだろう。試神が小さく手を振って注目を集める。
「あのさ、別に俺、現地でメンバー募集できるならそれでも全然かまわないぞ?」
「うーん……試神さん一人で行くというのであるならば、まあ、『ギリあり』なんですかねー?」
試神が創造根底館で働いていることは知られているはず。正式採用されたかを知っているかはともかくとして、そろそろ顔か名前は行きわたっていてもおかしくない。
そして同時に、地球からの召喚者であることも伝わっているはずである。
それなら、魔法が使えない彼なら、『創造根底館の職員』でありながら初心者用のダンジョンに潜ることも、一応の理由付けにはなっている。
「一応、現地でメンバーを集めることは可能とは思いますが……」
(一緒に行ってくれる人……いますかね)
関わり禁止地区の名前は伊達ではない。
「神兄ちゃんはソロでダンジョンに行くのはいやなの?」
「え?」
試神は少し悩み。
「嫌じゃないけど、魔法が使えないから不安ってのはあるかな? 一人だとケガするかもしれないしさ。それに、誰かといたほうが気が楽だろ?」
「……おれは一人のほうが気楽でいいなー」
「まあ、魔法が使えないってことはお荷物確定だからさ。そういう意味でも、できれば創造根底館の中の誰かと行けたらなって思うのは本音だよ」
それはその通りではあるのだが。
「こちらも仕事がありますからね」とタタンがやんわりと提案を断る。「一応業務時間内ですし」
「あ、行く日が決まれば、俺はその日半休取るからな」
どうぞ、となんの気兼ねもなくタタンが許可を出す。
「まあ、メンバーについてはひとまず、その場で調達していただくとして考えましょう。先ほど千差さんが言っていたように独り立ちする人も多いようなので、人も多いはずです。パーティーに関してはおそらくなんとかなるでしょう。あとは問題として、装備ですね」
ダンジョン用の決まった服なんてものはなく、言ってしまえば私服でも問題ないのだが、そんな軽装ができるのは経験を積んだ探検者だけである。さすがに初挑戦である試神がそんな恰好はできないし、かといって創造根底館の職服ではまずい。
「汚れてもいい服と底の分厚い靴、それから大きめのバッグは必要でしょうか? ……私は持っていないので、もし誰かお古でもあれば試神さんに貸してほしいのですが」
あたりを見渡すが、誰も手をあげない。ダンジョンにそもそも興味がない人たちだ。おそらく、ここにいない人も同じで誰も持っていないだろう。
「となると、装備一式、買ってこないといけませんかね」
フェアでもやってたらいいんですが、とタタンが財布に手をかけたときだった。
「そういえば」と心殺がなにかを思い出すように少し上を向いた。「前の所長、ダンジョンに結構な頻度で潜っていた記憶がありますが、私の記憶違いでしょうか?」
少し、空気が固まった。
――前の所長?
試神の顔が、自然とタタンを向く。
「あー……なんか、そんなこと聞いた記憶があるっすね……」
「おれも覚えてるよー、誘われたことは一度もなかったけど」
「もしそうなら、そのときの装備が残っていてもおかしくないと思います。……あの人の性格上、ここを去るときに持って行ったりはしてませんでしょうし、捨てもしないでしょう。捨てるとしたら、タタン所長くらいですが」
「私も捨てた記憶はありません。そうなると倉庫内のどこかにあるかもしれませんね」
あとは。
それを誰が探しに行くかだ。
「…………」
全員がそれぞれ目を合わせ。
ジャーーンケーーン
「……いや、場所教えてくれれば俺一人で探しにいくけど」




