第55話 ダンジョンに行こう!
創造根底館の中を、一人の子ども――フクロウが歩いていた。
年齢七歳。体躯も顔立ちも、一般的な七歳となんら変わりない。
一見すると母親とはぐれた迷子の子どものように見えるが、もちろんそんなわけはなく――。
――れっきとした、創造根底館の社員の一人である彼。
そんな彼がいつも通り、出勤時刻を大幅に過ぎてからの出勤をすると、なにやら事務所の中が騒がしいことに気が付いた。
開きっぱなしの自動ドア。そこから声が漏れている。
何人かわからないが、一人ではない。混ざりあっているためよくわからないが、子どもの声ではなさそうだった。けれど、老年のものでもない。
少し身構え、耳で中の状況を伺う。
ゆっくりと3秒数えるぐらい――耳をすまして。
――その騒がしさが戦闘や狂乱のものでないとないとわかると自然に息が漏れた。
なーんだ。
……急なお客さんかと思ったじゃんか。
フクロウの固有魔法は戦闘向きではない。ついでに言えば近くにいる人には敵味方関係なく無差別に作用する魔法のため、もし使うとなればそれなりに距離が必要だ。『てきがあらわれた!』で使うにはいくらか不安が残る。
もし使うとなれば。
それも戦闘に使用するとなれば、タタンからの事前連絡は必須だった。
しかし来客――言い換えれば襲撃はそんなことはお構いなしにくるため、タタンが創造根底館に来る前はたびたび急な対応を余儀なくされたものだったが。
……いったいどういうわけか、タタンお兄ちゃんは来客を言い当てるんだよねー。
予知能力のようなものなのだろうか、それとも情報収集に長けた魔法なのだろうか。
タタンの固有魔法を知らない以上確かなことは言えないが……まあ、知らなくても害ないものなので問題ない。むしろ秘密にしてこれだけ役立っているのだから文句のつけようがない。
「……でも、だとしたら、これはなんで?」
『ざわざわ』というよりは『やいやい』。
『わいわい』というよりは『きゃいきゃい』。
そんな感じに、どこか楽しそうにはしゃいでいるような感じがする。
「うー……やっぱり、神兄ちゃん絡みかなあ」
神羅 試神。
彼が来るまで、創造根底館がここまで騒がしくなることはなかった。
よく言えば厳かな。もう少し言い方を変えれば他人に興味がない集団だった。
それは一番最近、営業として来た人がこちらに配属されたときも変わらなかったはずなのに。
……異世界人だから、なにか違うのかな。
なんか……人と人とを繋いでくれている気がする。
今までそういう役割を持つ人がいなかったと言えばそれまでなのだが、頼み事や会話の際、試神を間に挟むことでやりやすくなっている気がする。これまでもチャットであったり、タタンを挟んでいたのではあるが、頼むより自分でやったほうが早い、しゃべりたいと思うが別に自分から話しかけるほど気軽な人もいない、そんな考えが先走ってしまい、やめてしまうことが多かった。
「……ありがたいんだろうねー」
しかもそれがおせっかいや嫌な感情ではなく、なんとなく心地いいと思っている自分がいる。
来客でもないのに出勤するなんて、彼が来る前までは考えられなかった。
来客以外で、来なくてはいけない用事なんてないのだ。
「んー、神兄ちゃんだったら、もう少し仲良くなってもいい気がすんだよなー」
そんなことをひとりぼやき、事務所の中に入る。
中にはタタン、千差 苦同、試神、そして責慈 心殺の姿もあり――物音に気が付いたのか、試神が振り返り、目が合った。
目が、ランランに輝いている。
子どもみたいだな、と思った。
「………………」
なぜだろう、逃げたい。
そんな考えを知ってか知らずか。
試神はずいずいとフクロウとの距離を詰めると、その手をがっちりと掴んで逃げれなくしてした。
「フクロウ! いいところにきた!」
「あー……なに?」
「折り入ってお前に頼みがある!」
「……えー?」
「ダンジョンに行こう!」
「いかない」
仲良くなりたいと思ったことを、少し、後悔した。
Φ
「で、なんでいきなりダンジョンなのさー?」
自席につき、心殺が淹れてくれたコーヒーで一息ついてから、フクロウが問う。
「なんでってそりゃあ……」
試神が少し宙を見て。
「呼ばれた気がしたから」
「タタンお兄ちゃん?」
「うーん、たまにこの人こうやって壊れるんですが、なにがトリガーになっているんでしょうねえ」
閑話休題、タタンが一呼吸おいてから、話し出す。
「昨日の夜、試神さんを夕食に誘ったんです。夕食自体は何事もなく終わったのですが、その後テレビを見ていたときにちょうど『ダンジョン特集』をやっていたんですよ」
ダンジョン特集。
興味のないフクロウには馴染みのないワードだった。
「時期が時期っすからね」
少し離れた席でパソコンを操作していた苦同が横やりを入れる。
「もう5月も終わろうとしてるっす。独り立ちを言い渡された探検者が自分の力を過信して無謀なレベルのダンジョンに潜り込む時期っす」
そんで死んでくんだよね。
試神の手前、口には出さなかったが、一名を除く全員がそう思った。
「番組には注意喚起の意味も含まれていたと思いますよ。ちゃんとガイド役の探検者を連れてましたし、中の様子を撮影しつつ危険な様子を伝えていました」
「それはわかったけど、それでなんで神兄ちゃんが興奮してんの?」
まさか彼に限って無謀なダンジョンに行きたいわけでもあるまいし。
そんな疑問に答えたのは心殺だった。
「初心者用のダンジョンが近くにあると知ったからですよ」
「あー……。『友情崩壊ダンジョン』か」
友情崩壊ダンジョン。
入ったことはないが、特に入りたいと思ったこともないが。
名前だけなら、フクロウも聞いたことがあった。
このあたりのダンジョン探索のチュートリアルとしてよく使われるダンジョンだ。
深さもそこまでないことが多く、簡単にかえってこられるため魔法に慣れた者たちの度胸試しにも用いられることもあると聞く。
名前の由来はその名の通り、多くの探検者の友情を破壊してきたから。
『一緒に帰ろうね』と甘い考えで入っていった数々のグループを、めちゃくちゃにしてきた。
初心者用の、いくら攻略に難しくないといったところで、ダンジョンはダンジョンなのだ。
遠足で登る山とは違う。
簡単に帰ってこれるとはいうものの。
それは、行ったら全員で戻って来れるという意味ではない。
そういう前提ではない。
要するに、それなりに危険なのだ。
それを理解しないで入った探検者は、ダンジョンの名前通りの結末を歩むことになる。
聞いていた話と違いダンジョンが難しすぎる、道が過酷すぎる、などといってケンカで終わるならまだいい。
なにせ全員帰還しているのだ。
ダンジョンに踏み入ったパーティーの中には当然、帰ってこれなかった人もいる。
帰ってこれず、中で死に、死体すら見つからなかった人もいる。
それは当たり前で、ダンジョンである以上避けては通れないものなのであるのだが。
……問題は、そこまではテレビで言っていなかったことだ。
当たり前すぎて言わなくてもわかることだろう?
そういうことらしいが。
勘違いする輩が少なからずいることを理解してほしいものである。




