第52話 ちゃんと実在してますよ
「別に少しくらい揺らしたところで崩れたりしませんって。車で帰る人だっているんですよ? 人が歩いたぐらいの振動でどうこうなりはしません」
「じゃあ交換……」
「私には試神さんの大事なコーヒーカップを持つという大切な使命がありますからねー」
しかも二つ、と笑いながらピースの形を作る。
「一個でもよかったのに」
「一つは事務所で使って、一つは自室で使う用にしてください」
どちらの色を事務所で使いましょうかね、と楽しそうに袋を持ち上げる。透明ではないので中は見えないが、見えているかのように楽しそうだった。
同じデザインの色違いのカップ。
下半分の塗り薬が紺と黄緑の違いだけで、あとは変わらない。
タタンがいつも備品を買うという店に行く前、ふらっと立ち寄った雑貨屋で「あ、これ」と思ったコーヒーカップがそれだった。
手に取って眺めていると「それしますか」とタタンが訊いたが、ほかも見て回りたいので保留にした。結局最後は戻ってきて、しかも色で悩んでいるとタタンが二つとも買ったのだ。
「……あんまり動かしてると、カップ割っちまうぞ」
「大丈夫ですよ。緩衝材が入ってますし、ある程度の衝撃を吸収する魔法が使われてるみたいですしね。まあ、もし壊れていたら私が魔法で直しますよ」
……魔法?
「そっか。ならこのケーキが入ってる箱にもそういう衝撃をなんちゃらって魔法が――」
「あの店、魔法を使うと味が落ちるからって言って、道具も材料も魔法一切なしのこだわりの店なんです」
最後の希望を打ち砕かれがっくりと項垂れる。ケーキにはまったく衝撃を与えず、器用に肩を落とした。
「気になるのでしたら試神さんが魔法を使うというのもありですね」
「杖持ってきてないし」
「それくらい、私が出してあげますよ。試神さんリュックを置いた場所はわかってますし、移動魔法くらいならすぐできます。なんなら私が一度戻って、杖をもってきてもいいですし」
「……いや、むしろそれやるくらいなら移動魔法で創造根底館に行かせてくれよ」
「それだと試神さんの練習にならないじゃないですか」
どうします、と目で訊いてくるが、試神は首を横に振った。
練習で使っていいものじゃない。もしそれでケーキを崩してしまったりしたら大変だ。
「……ああ、でも。そもそも移動魔法って魔法だから、使ったらケーキの味って変わっちゃうのか」
「そんなことはないと思いますよ。魔法で味が変わるなんて話、きいたことありません。味覚に作用する魔法を使ったというなら話は別ですが」
「…………………………………………そうだよな」
「試神さん? なんかすごい眉間に皴がよってますよ」
「ああ、いや、なんでもない」
そっか、そうだよな。
「転んだときに助ける魔法くらいは使ってあげますよ。私は杖がいりませんからね」
「魔力を貯める器官……だっけ」
「ですね」
「それってさ、どこにあるの?」
「はい?」
タタンが首を傾げる。
「いや、その魔力を貯める器官……臓器か? それってどこにあるのかと思ってさ。ひょっとして目に見えないもんなのかなって」
「ちゃんと実在してますよ。レントゲンを取れば、しっかり見えます」
ここに。
と、タタンが胸を――。
――右胸を指した。
「ちょうど心臓と反対の位置に、心臓の形をそっくり反転させたような形で、その魔力を貯める器官があります。名前も一応あって、心臓に合わせて『必臓』というのですが……まああまり使ってませんね。魔力を貯める器官というのが、多少長くてもしっくりくるんでしょう」
「……………………」
「地球の人には、ここにはなにも無いと思います」
思わず右胸に触れる。試神の体のレントゲンなど見たことなかったが、そこには普通の――地球の人の体があるだけなのだろう。
臓器の大半が左右対称なのに対し、左胸にだけ心臓がある、非対称の体があるだけなのだろう。
タタンの話が本当なら。
本来ならそこに、必臓が、収まっているはずだった。
「もともと一つだった『いち球』を『異球』と『地球』に分けるきっかけになったのは、その魔力を貯める器官の有無が大きくかかわっているんですよ」
「え?」
「もともと先天的に魔力を貯める器官を持っていない方が一定数いまして、その方たちのために、魔法を一切必要としない世界を作ったんです」
それは隔離でも差別でも配慮でもなく――。
――決別だった。
「脅威……でしたからね」
魔法を使えない人は少数ではあったが、集まればそれなりの数になったのだ。
劣等感に満ち溢れた彼らは自然と魔法を使えない人で集まり、ひとつの国を作った。
それだけならよかったのだが。
魔法を使えない人はやがて、魔法を使える人を攻撃しだしたのだ。
劣等感が戦争を引き起こしたのである。
魔法が使えないがゆえに頭を、そして技術を極めた彼らは、魔法に勝るとも劣らない兵器を次々に作り上げた。
そうなるともう一緒の世界に住むことはできなかった。
だから――。
「地球に移り住む際、魔力を貯める器官を持つ人も一定数移住しました。彼らはみな、魔法をあまりうまく使えない人であったり、魔法を使うことに抵抗を持つ人たちでした」
「その人たちは」
「地球では魔法を使うことが不可能なので、そんな器官持っていても意味ありません。今は退化してしまっていると思いますよ。最初に私が試神さんに説明したとき、地球には『魔法を使えない人』と『魔法を使うことができない人』がいると言いましたが、それはそういう意味です」
魔法を使うことができない、はそのままの意味だが。
魔法を使えない、は、頭に『魔法を使えるが』が付く。
「試神さんは、魔力を貯める器官を持たない人の子孫ですね」
退化してしまっていても、少しでも魔力を貯めることができてしまったら。
そのときは、魔王室に入った途端死んでいただろう。
いや、そもそも貯める能力が極端に弱いのだから、異球に来た途端に容量を超えて死んでいた可能性もある。
「……つまらない話をしましたかね」
「いや、そんなことない。おもしろいよ」
「ならよかったです」
「地球の歴史とはまるきり違うなって、思っただけだ」
「そうでしょうね」
地球を作り、移り住む。
そんな歴史をそのまま残すわけがない。
せっかく魔法がない――魔法が存在しない世界を作ったのに、魔法の存在をほのめかすのはあまりに本末転倒だ。




