第51話 残念ながら
「所長をさ、外に出してほしいんだよ」
タタンを着替えにだし、二人きりになった事務所で、花子が行った。
「……外って?」
ラックジップさ、と花子が笑う。
「今日だけじゃなく、仕事終わりとか暇なときに、ふらっと町に遊びに誘ってやってほしい」
「それは別にかまいませんが……」
「そんで、あいつをもっと若者らしくしてやってほしい」
「……………………」
「大人すぎるんだよ。まあ、創造根底館なんてもののトップをやってるから、嫌でもそうなるのかもしれないけど、まだ18の子どもだ。もう少し生意気で反抗的でわがままでもいいと思うんだよ。でも、それをできる相手がいない。だから、その相手になってほしい」
花子の目が、試神に向く。
「まあ、あんたも大概落ち着いてるけどね。二人とも18にしてはすこし大人びているが……まあそこも『合って』いるんだろうね」
「…………どうなん……でしょうね」
適度に言いあえて適度に気を遣えて。
相性がいいのだろう。
「無理にとは言わんがね」
「いえ……そこはかまいませんが……」
異球にきて初めて知り合ったということもあり、タタンには少なからず恩があり、親しみということもなる。
だが。
「これは単純に興味なんですが……なぜ、俺なんです?」
年が近いならロロロでもいい。同性なら苦同でもいい。
なぜ、来て間もない試神に頼むのか。
花子の答えは。
「さてねえ」
だった。
「わからないよ、わからない。あたしだって、なんでこんなことをあんたに、まだ正式な職員でもないあんたに言っているのかわからないよ」
「……………………」
「でも、なんか変えてくれる気がする」
勘かもねえ、と花子が言った。
「だから、期待を込めてお願いするよ。あいつの友達になってあげてくれないか?」
親のような顔だった。
子どもが心配で心配でたまらない、母性に満ちた顔だった。
「だめかい?」
「……残念ながら」
花子の目が細くなった。
「もう友達なんですよ」
「……………………」
「まあ、向こうはどう思ってるか知りませんけどね」
「…………そうかい」
なら、いい。
花子が深く息を吐いた。
「頼みたいことって、それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
「じゃあ、コーヒーカップを買うだけでいいですね。俺、もとより休みが合えば一緒に遊ぶつもりでしたし」
試神が席を立つ。「俺も着替えてきますね」と事務所を出ようとしたとき。
「ケーキを買ってきてくれないか」
花子が言った。
「ケーキ?」
「コーヒーカップを買うぐらいならすぐ済んじまうだろう? あいつのことだからすぐ帰りたがるだろうし、追加のお使いだよ。あたし行きつけの店があるから、そこに連れていって買ってもらいな。あたしも最近食べてないからね、食べたくなったのさ」
そういって花子がメモを手渡す。
「このメモを渡せばわかるだろう。あいつも行ったことあるだろうし、あたしからって言えば断りはしないだろうさ」
「……なんというか、いい性格してますね」
メモをポケットに入れる。花子はくつくつと、上品に笑った。
「創造根底館なんてものに長く務めると、誰だってこうなるのさ」
Φ
コーヒーカップを買い、その後ケーキを買ったころにはすっかり日が落ちて薄暗くなりはじめていた。ぽつぽつと街灯が灯り始めるのをみながら、試神が右手に持った袋を確かめる。もう何度目かわからないが、箱が偏っていないか、入念に確認した。
「……そんなに気にしなくても、崩れはしませんって」
あきれたような口調でタタンがいうが。
「馬鹿、お前、ケーキさんに失礼だろうが!」
「……これ、明日までに直りますかね?」
ここまで来ると治すでは難しいでしょうし、と肩をすくめる。その拍子、タタンの左手にあった袋が揺れ、カチャンと陶器同士があたる音がしたが、まったく気にも留めなかった。
「……なあ、俺やっぱそっちがいい」
「じゃんけんで決めたのに、なに子どもみたいなこと言ってるんですか」
ケーキ屋に入るまで、コーヒーカップは試神が持っていた。
そしてケーキ屋に入るまで、ケーキも自分が持つよ、と言っていた。
ケーキもコーヒーカップも全部タタンのお金だ。持つのは自然だろうと思っていたのだが。
高級アクセサリーよろしく、ガラスケースに一個ずつ入っているケーキを見た途端、その考えは吹っ飛んでしまった。
ちょうど目線の高さ、温度も湿度もばっちり調整されたであろうケース内で、三口ほどで食べ終わりそうなほどの小さなケーキが鎮座している。
おそらくカップケーキだろう。タルト生地の上に紫色のドーム状のなにかがのっかっている。てらてらと光っているのは飴がかかっているからだろうか。上には金箔なのかキラキラしたなにかがのっかており、てっぺんにはなにやら小さな葉っぱが一枚、置いてあった。
材料もわからなければ味もまったく想像できない。
ただ、率直に思ったことは。
うわー、まじでほうせきみてー。
声には出さず口を動かして感想を言った試神の隣で、タタンは緊張もせず注文をしていく。
レジやカウンターなんてものはない。
店に入った途端に接客に来たコンシェルジュ、もしくは執事みたいな恰好をした人にケーキの名前を言っているだけだ。
かしこまりました、店員が頭を下げてタタンの元から離れ、奥に消えていく。なるほど、このケースにあるのは見世物で、売り物は奥の冷蔵庫にでも入っているのだろう。そう思ったが、違った。
鍵を持って出てきた店員が、ガラスケースを開けていく。口にはマスク。手袋も新しいものに変えているのか純白が目に痛いぐらいだ。
おおよそケーキを持つとは思えないほど慎重にそれを掴むと、タタンにこれでいいか確認を取る。タタンが頷くと、それを箱に詰めていくのだが、まるで爆弾を詰めているようにしか見えない。
そんな行為を五回ほど繰り返したあと、ケーキが納められた小箱を五つ、大きくしっかりとした箱に入れ、豪華な贈答用の包装をしたあと、持っていたら羨望のまなざしを浴びそうなしっかりとしたショッピングバッグに入れてもらい、タタンに手渡そうとしたとき。
「ああ、この人に渡してください」
とタタンが言って、バッグの持ち手が試神に向けられた。
「……………………」
「では、行きましょうか」
震える手でそれを掴み、外にでる。
「なあ、ちょっとじゃんけんをしたい気分にならないか?」と言ったのは、その直後だった。
負けて駄々を捏ねるのは、その少し後だった。




