第49話 皴加工なんです
「外は明るいなあ」
「外は明るいですねえ……」
空を見上げながら同じ感想を言う。だが、テンションは天と地の差があった。
午後三時。
お昼も終わり、学生も社会人もそれぞれのお勤めを果たしているころなのだろう。スーツや制服の人は見当たらない。だが、私服の人はそれなりにおり、活気自体はお昼とあまり変わらないようだった。
「花子さんの言う通り、確かにいい天気だ。少し暑いくらいか? そろそろ半袖が必要かもなあ」
「季節的には春が終わって夏がきますからね……。時期的には、今が一番過ごしやすいと言えば過ごしやすいとは思いますよ」
試神の後ろからタタンがぼそぼそと言う。
創造根底館ならまだしも外で、しかも雑踏の中であるため声は非常に聞き取り辛い。並んで、顔を近づけながらの会話は、この歳では少し恥ずかしいものがある。
「地球にも四季があったはずなので、そのあたりの説明は不要ですね」
「四季。春。夏は暑いまでくれば、多分大丈夫かな。……そういえば、夏ってどのくらい暑いんだ?」
タタンは少し悩み。
「ものすごく」
なんの参考にもならなかった。
「半袖のワイシャツ……いやポロシャツか、それも買っとかないとなあ」
「別にTシャツでかまいませんけどね。見てわかったとおり、うちの服装はかなり自由ですよ」
メイドしかりドレスしかり。おおよそ仕事をするとは思えない服装の人もいる。
創造根底館のジャージ……職服があるのに、それを着ている人は誰もおらず、なんなら学生服でいるほうが少し浮いているまである。
「Tシャツはここに来た最初の日にあげましたよね。それ着てもらってもいいですし、すでに部屋着にしているのなら、追加で私の着ていないものをあげますよ。それで当分大丈夫じゃないですか?」
「うーん……流石にそこまでの勇気はないなあ」
「はい?」
ちらり、と横目で彼を見る。
タタンは事務所で見るようなワイシャツにスラックス、盃をひっくり返したようなポンチョ――ではなかった。
履きつぶして底がなくなってしまったようなスニーカーに、パジャマにみえてしかたない7分丈のパンツ。中の白のインナーはまだいいが、羽織っているシャツが柄物で子どもっぽく、それ以上にシャツが皴だらけなので見た目がすこぶる悪い。
全体的にサイズがあっていないのだが、特に頭にある黒のキャスケットが気になって仕方がない。頭半分覆えるほど大きいそれは、被ると首から上でキノコのシルエットは作り出せるという非常にシュールなものになっている。「ではいきましょうか」と事務所にきたときはどうしようかと思ったが、指摘はできなかった。
「せめてそのシャツ……アイロンくらいはかけられなかったのか?」
持ってなかったっけ? と試神が言うと「あります」と語気を強くして言われた。
「ワイシャツは毎晩アイロンをかけてますからね。これは……時間がなかったんですよ。まさか今日着るとは思わず、そのままタンスにいれてましたから」
「いれてたというより押し込んだって感じの皴だけど?」
タタンはまじまじとシャツを見て。
「実はこれ、皴加工なんです」
「騙されるか! 混じりけなしの天然物だわ!」
ファッションにあまり詳しくない試神でもそれぐらいはわかるぐらいの皴の入り方だ。
「まあいいじゃないですか、別に服が皴皴であろうと、私は別になんとも思いません」
隣を歩くやつのことを考えろと言いたいが、いまさらどうしようもない。
それに――下手に口に出して花子の言われたことを守れなくても困る。
少し歩調を速めたタタンを追いかける。隣にくるのを待ってから、タタンが口を開いた。
「さっさとコーヒーカップを買って帰りましょう。店は……そうですね。いつも備品を買う店があるので、そちらに行こうと思いますが、いいですか?」
「それもいいけどさ、どうせなら何店舗か見て回ろうか」
「……………………」
「明らかに嫌そうな顔するなよ」
「……試神さんはとっとと用事を終わらせて帰りたくないんですかあ?」
「お前は出不精の中年のおっさんか」
今度は歩調が遅くなるタタンに合わせるように、試神も歩幅を合わせる。
「時間はあるし、どうせすぐ帰ってもまた花子さんに理由付けて追い出されるだけだぞ」
「……まあ、そうなんでしょうけど」
「俺、ラックジップ自体よく知らないし、案内がてらいろいろ紹介してくれよ。コンビニとか本屋とかは知ってるけど、ファミレスとかカラオケ店とか漫画喫茶とか、ジャンル違いのアパレルショップとかいくつかあると嬉しい」
「なかなか難しいですねえ……。特に最後の注文。私自身、服屋にあまり行かないので紹介できるほど知っているわけではないですから」
だろうな、と思ったが口には出さない。
「ですが、スーツでよければいくつか候補はありますよ?」
「まあ……、それはおいおいかな」
いつまでも学生服で仕事するわけにもいかない。いくら作業着がくるとはいえ、そればかりで仕事というわけにもいかないだろう。
「来客対応のときとかって、やっぱスーツのほうがいいよな?」
「……………………別にパジャマでもいい気がしますけど」
「なに言ってんだよ」
吊るしでもいいので、スーツは一着、どこかで買わなければいけない。初任給は無理でも、その次の給料で買えないだろうか。
「いちおう訊くけど、その紹介してくれるスーツってブランドもん?」
「普通の社会人一年目が買うようなスーツ屋さんですよ。ハイブランドのものがよければ紹介しますが……着たいですか?」
「いや、みじんもそうは思わん」
もともとブランドに興味もない。お財布の中身の問題で訊いただけだ。
「もし私服やスーツなど、服のお店について情報が欲しいのなら千差さんに訊くのが一番だと思いますよ。営業ですので、その辺りの知識は豊富です。服は話題作りにもなるので、困らない程度に知識はつけていると聞いたことがあります。次いでロロロさん。あとのメンバーは似たり寄ったりの知識だと思います」
「……まあ、かもなあ」
創造根底館の職員の男性で、タタンと苦同以外だとあとはフクロウとガブリンだが、その二人は体格が違いすぎて参考にならなそうだ。フクロウに限ってはあの外見だ。自分で服を選んでいるかすら怪しい。お母さんが買ってきているものを着ていると言われても納得できる歳だ。
女性陣に限っては、花子はフクロウと同じく体格が合わず、心殺は……。
「コスプレ趣味ってことは、意外と服は詳しいのか?」
「頼めば一着ぐらい仕立ててくれるんじゃないですか?」
オーダーメイドか、それはそれでいいかも、と思ったが「漫画の住人が着るようなデザインのものになると思いますけど」とタタンが続けたので諦めた。




