第48話 頼みたいことがある
関わり禁止地区 創造根底館 事務所内。
数日前にあったあの来客対応はなんだったのかと思うほど、事務所内の空気は落ち着いていた。
落ち着きすぎて、穏やかすぎて、うっかり眠ってしまいそうだった。
「……タタン」
そう呼びかける声も、なんだか語尾が延びしてしまいそうだ。
「なんでしょう」
「暇」
午後2時。休憩はとっくに終わり、午後の就業時間になっていたのだが、神羅 試神の業務は午前中に終わっておりすることがなかった。
いつもなら自室に戻って暇を潰すのだが、その暇つぶしすら、もう飽きてしまった。
なにせ、最近、午後はずっと空き時間なのだ。
最近暇つぶしに使っているテレビ――タタンの部屋にあるものを見ているのだが――興味のあるものはない。真昼間のテレビはワイドショーやドラマがほとんで、地球にいたときから興味がなかったせいもありこっちでも見る気にならなかった。
昼寝しようにも疲れていないので寝れないし、魔法の練習もなんとなく身が入らない。
ということで最近は事務所に顔を出して手伝いできるものを探しているのだが。
「暇と言われましても、私も特にすることがないのであげられる仕事がないんですよねー」
タタンですら、本を読んで時間を潰す日が続いているのだ。
「もともとこの時期は暇なんですよ。大きな魔力を使うこともないのでマシュマロの調整も要りませんし、来客対応もひと段落。……というより、来客自体ここまで続いたの異常だったんです」
「……なんか、することないですか? 花子さん」
タタンから目線を反らし、パソコンを操作している花子に問いかける。珍しく、午後から出社してきたのだ。
「雑用でもなんでもいいんで、手伝いますけど」
「悪いけど、なんもないよ」
パソコンからわずかに視線を試神に向け、肩をすくめる。「さっきコーヒー淹れてくれただろう。それで十分だよ」
「そういえばさっき一口飲みましたよね、おかわり注ぎましょうか?」
「馬鹿者」
それだけ言って、またパソコン作業に戻る。手伝おうかとも思ったのだが、特に手伝うほどのものでもないのだろう。キーボードを打つ手も心なしかゆっくりだ。
それに、午後から来るぐらいなのだから急ぎのものでもあるまい。
「うーん、なんか暇つぶし見つけないとやばいなあ。暇すぎてダメ人間になる」
「なに言ってるんだい。のんびりできるなんて贅沢じゃないか。どうせまた忙しくなるんだから、今のうちに休んどくんだよ」
「といっても俺、特に働いた記憶ないんですよねえ」
ここにきてやったことと言えば見回りくらいだが、その見回りもほんとに見て回っただけで終わっている。なにかを見つけて報告して、なんてことはしていないし、トラブルらしいトラブルもない。
これじゃ毎日絶命洞窟を歩き回っている――ただの散歩と変わらない。
「……そっか。散歩かあ」
「いいじゃないか。今日はいい天気だったよ」
「うーん、散歩ねえ」
「なんだい? 歩くのは嫌いかい?」
嫌いではない。嫌いではないが……。
「外に出てもすることがないんで、乗り気にならないんですよね」
「ラックジップを見て回るだけでもいいじゃないか。まだこの辺りをよく見てはいないんだろう? 出て行ったついでにお気に入りの店でも探してくればいい」
「そうしたいのは山々なんですが、俺、金ないっす」
なんせ給料日がまだなのだ。
財布の中は常に空っぽ。必要な分はその都度タタンに言ってお金をもらうか、支給してもらっているのである。
金がない。試神にとってはわりと真面目な悩みだったのだが、花子は「なんだ、そんなことかい」と一蹴した。
「地球から来たっていっても、こっちの人間となにも変わらないんだねえ」
「本質的には同じみたいですからね」
「別に買わなくてもいいだろうに。ウィンドウショッピングってやつだよ。見て、回って、楽しむ。そういうのでいいじゃないか。……ああ、それとも、ウィンドウショッピング自体、男性にはあまり馴染みがないのかねえ」
「買い物は好きですよ。見て悩みはしますが、実際に店を回るというよりかはネットで比較ですからねえ」
言ってから、『ネット』が伝わるかと疑問に思う。が、二人は特に疑問を返したりはしなかった。
「その調子だと、あんた、あまり外にでも出てないんだろう? ただでさえ絶命洞窟勤務で日光が足りてないんだから、今日はお日様を存分に浴びてきな。金だけの問題なら、目の前に解決札があるだろう」
「……あの、俺、花子さんから借りたりはしませんよ?」
ただでさえ今はタタンに借金している状態なのに、これ以上借入先を増やしたくない。まだ初任給さえもらっていないのだ。いくらもらえるのかわからないのにポンポン借りて破滅……なんてことにもなりかねない。
そして、そうなってもなんだかんだで助けてくれそうなのが少し怖い。
好意に甘えてしまいそうだ。
「なら、財布も一緒に散歩につれてけば解決だろう」
「散歩に……財布?」
「ほら、目の前の同い年のやつだよ」
「――――え? 私ですか?」
突然話題を振られたタタンが本を落とす。魔法でそれを拾いつつ、「いや、流石にそれはちょっと」と抗議するも。
「所長」
「はい」
「今日の予定は?」
「今日は、特にないです」
「承認関係は?」
「全部終わってます」
「来客対応」
「なし」
「会議は?」
「ありません」
「ほかの社員の業務調整」
「暇なのはみんな一緒ですから」
「そうかい」
「はい」
「もう一度訊くけど、今日の仕事は?」
「……ありません」
「あんた居る意味ないじゃないか」
「――いやいや! そうかもしれませんが、もしかしたら突発業務が発生する可能性がありますし、なにより責任者ですので花子さんがいる以上、外出するわけには」
「なにかあったら携帯に連絡する手筈になっているし、誰かきたら魔法ですぐわかるんだろう? なら別に、ここにべったり張り付いてなくたっていいじゃないか」
「いや、そうかもしれないですが……えっと……」
天を仰ぐが、『えっと』のそのあとが続かない。
いても仕事がないのは事実なのだ。
責任者という肩書はあるが、それは業務中ここに居続けなくてはいけないということでもない。
「いいじゃないか、遊んでくれば。休みなんて久しくとってないんだろう? たまに息抜きしても誰もなにも言わないよ」
「やす……み……あそ……んで……くる……」
「言語中枢でもぶっ壊れたのかい」
あたしはまだなにもしてないんだけどねえ、苦笑いを浮かべる花子の視線が、試神の手元に移った。
「おや、あんた、そのコーヒーカップ」
「え?」
「来客用のだろ?」
「そうですが…………」
ここに来たときに、タタンが落ち着かせるために淹れてくれたコーヒーカップ。一回使ったからだろうか。なんとなく他のを使う気になれず、ずっと同じものを使っている。
「ちょうどいい、今から自分のコーヒーカップを買っておいで。金はそこの財布が出してくれる」
花子越しに『そこの財布』と目が合い、お互い困ったように笑った。
「それなら業務の範疇だ。なにも問題ないだろう。ほら、さっさと準備してきな」
顎で促すと、タタンは観念したように席を立ち、のろのろと事務所を出ていく。足取りだけみるといたたれなくなって部屋に逃げ帰ったようにもみえるが、そんなことはないのだろう。自室に着替えと、財布を取りに戻っただけに違いない。
力関係がなんとなくわかり、少しタタンに同情してしまった。
「いやー、なんというか、すごいですね、花子さん。タタンのあんな顔、初めてみましたよ」
「こうでもさせないとあいつは休まないからね。ちょうどいい機会だよ」
ほんとに暇で、やることがないしね。と、花子が椅子に体を預け。
ジッと、試神を見遣った。
「…………なにか?」
観察するような目つきに、思わず身構える。
「いや、別に」
「はあ……?」
「ただ」
「……ただ?」
「追加で、ミッションを与えようと思う」
「……え?」
ミッション?
「もちろん、コーヒーカップを買うことだけじゃないよ。追加で、頼みたいことがある」




