第47話 なぜでしょうね
「……まあ、少しでも危ないと思えば這ってでも言いに来るはずなので、その通りなのでしょう。今は落ち着きましたか?」
「はい、もう平気っす」
その割には青い顔をしているが、追及する人はいない。
<空気感染>はレーダーとして便利な半面、人の感情をダイレクトに感じ取ってしまうのが難点だった。特に、今回のように大勢、恐怖を感じている場合。人が死にゆく場合、その感情を感じなくてはいけない苦同はまさに地獄だったのだろう。
その中で一人、平常心で近づいてくる人がいても気が付かないのは仕方がない。
焦りや恐怖なら反応できたかもしれないが、揺らぎのない感情を、揺らぎばかりの感情の中で探るのは至難の業だった。
「とりあえず皆さん、お疲れ様です。今回も無事、来客の対応ができました。目的のほうは聞く前に終わってしまったのでよくわかりませんでしたが……まあ、おそらくいつもの通り創造根底館の占領でしょう。濃い魔力が集まるここはそれだけ強い魔法が使えてなんちゃら、それを創造根底館の奴らだけ使えて狡い云々という在り来たりなものだと思います」
むしろ、それ以外の理由があれば教えてほしいと言わんばかりに首を振る。
「いやー、さすがに今回は少し疲れましたね。今日はもう仕事のほうはいいので、ゆっくり休んでください」
「ねーねー、おれ、怪我したー」
「わかってます。ちゃんと手当がでるので安心してください。……ああ、申請だけはしっかりお願いしますよ」
はーい、とフクロウが元気よく返事をする。
「情けないねえ」
花子が揶揄するが、フクロウは聞こえないふりをしてガブリンに肩車を迫っていた。
「試神さんという新たな仲間も増えましたので、みなさんもよろしくお願いしますよ。……自己紹介ではなにも言わなかったですが、彼、地球からの召喚者なので。魔法とか使えませんし、文化もルールも異なると思うので気をかけてあげてください」
「別にそれはいいんだけどねえ、……ひとつ、訊いてもいいかい」
「はい?」
「どうして、彼のためにあそこまでしたんだい?」
花子が言って、その場の空気が固まった。
「……どうして、とは?」
「いやね、少し気になったのさ。どうして奴を助けるような真似をしたのか」
助ける。
まるで似合わない単語に、全員の眉根が寄った。
「別にいいじゃないか、壊れたら壊れたで。使えなくなったらそれまでで。人が死んで、たとえそれが目の前で、悲惨な死に方をしたとしても、それでおかしくなるようなら、壊れるようなら、取り乱して使い物にならなくなるようなら、そこまでの人だったということだよ。それなのに、なんでわざわざ『なかったこと』にしてまで彼を助けたのか知りたかったのさ」
「………………」
「勘違いしないで欲しいのは、別にずるいとか思ってるわけじゃないよ。単純に、純粋に、疑問なのさ。『これ』が当たり前の創造根底館において、『それ』を続けるのがどういうことになるかと知らないあんたじゃないと思っただけさ。知られたくないのなら、とっとと追い出すなり殺すなりすればいい。地球の人が死に慣れてないのはわかってるが、それにしても、少し異常だよ」
「………………まあ、その通りなんですよね」
てっきり反論の一つでも返ってくるかと思いきや、タタンの口から出たのは肯定だった。
「別に知られちゃ困ることでもなく、いずれ試神さんも来客対応に参加していただくてはならないので、早めに打ちあげなくちゃと思っているんですが」
顎に手をあて、首を傾ける。
うーん……なぜでしょうね。と、笑って。
「あの顔を見たら、気が付いたら、魔法を使っていたんですよねー」
はぐらかすわけでもなく。
おちゃらけるわけでもなく。
話をそらすわけでもなく。
タタン自身わかっていないように、首を傾げた。
「有り体に言えば、可愛そうだから、なんですかね。召喚に巻き込まれてしまったので哀れに思って……うーん、これもなんか違う気がするんですよねー」
「……………………」
「もしあれで心が死んでも……というか、多分おそらく確実に壊れていたんだけど……それでも全然かまわないんだけど……せっかく雇った職員が減って……じゃなくて……いろいろ買ったのに無駄になるのが嫌だから……でもなくて」
「……よくわかったよ」
「――はい?」
「なにも言わなくていい。とりあえず、わかったから」
ますます首が傾くタタンを尻目に、花子が腰を伸ばす。
「まあ、悪い奴じゃないことは確かなようだし、千差の様子をみても人柄に問題はないだろうね。仲良くするかは別にしても、気にかけることぐらいはしてやるさ」
「それは……助かります」
じゃあ、あたしは帰るね、花子が言って、その場にいた全員が腰をあげる。帰るにしても、タタンが魔法を使ったことに対しても、特にこれ以上異論はないようだった。
「――あ、ではみなさん、今日はお疲れ様でした。また明日からよろしくお願いします」
タタンが言って、全員それぞれ事務所から出ていく。
一番最初に出口に向かったのは花子だったのに。
「ねえ、所長」
最後に出たのも、花子だった。
「……なんでしょう?」
「出会ってまだ短い付き合いだけどさ。今日初めてあんたが、ただの18歳の若者に見えたよ」
「………………」
「いつもすまして、なんでもわかってるような顔して、何百年何千年と生きてるようにふるまっていたあんただけどさ」
「……………………」
「ちゃんと、そんな顔できるんだねえ」
「……………………それは」
「人間らしくて好きだよ、今のあんた」
それじゃあ。
一礼して、花子が廊下の奥に消えていく。
足音が消え、それでも十分時間が経ってから。
「……別に私、化け物じゃないんですが」
タタンがひとりごちて。
「らしくないですかねー、そんなに」
ひとりごち続けて。
「年相応でないことは認めますけど」
それでもごち続けて。
「年相応の分しか、生きてないんですよ、私」
最後までごち続けて。
「まあ、どうでもいいけど」
そんな言葉で、独り言は締めくくられた。
チャイムがなり、休憩時間が終わる。
誰もいなくなった部屋で。
タタンはひとりお弁当を広げると、それを食べつつ、パソコンを開いた。
―― 第四章 完 ――




