隨ャ蜀崎ゥア
「12:03か……。事務所につくころにはお昼……というかもう昼休みか」
クリーンルーム最後の部屋の時計を見ながら試神がつぶやく。
「ほんとに、行くのは簡単だけど帰るのは大変だ。毒があるから仕方ないとしても、もっと簡単にならないかな。防護服とか着て……いや、それだと結局変わらないか」
ヘルメットをリュックの中に押し込み、むりやりチャックを閉める。急いでいたあまりもってきてしまったが、置いてくればよかったと心底後悔した。
「これで来客対応中だったらどうしよう」
最後のクリーンルームを出て廊下を曲がる。
――違和感を感じなかったのはそのときだった。
人気を感じなかったのである。
静寂が満ちて活気から無縁に思えた廊下に、人の気配がない。
ここが創造根底館という施設で、ここで働いている人がいる以上人の気配があっておかしいものではないのだが、初めてここを訪れたときずっとなかった雰囲気に、すこしも心はざわつかなかった。
思わず足を止めてしまう。
カツ、と足音を最後にまた静寂が戻ったが、空気が動いている感じがしない。
試神以外に人がいる。
おそらく少数。
「そういえば」
この空気を壊すように声を出す。
「今日、どのくらいの人がくるんだろう」
来客がくるとはきいていたが、何人とまでは聞いていない。もしかしたら相当の団体さんなのだろうか。だとしたら事務所いっぱいに人がいる可能性がある。
そういえば、来客が来る場合、携帯に連絡が来るんだったか。
確認すればよかったな、と思いながら忍び足で事務所の前まできたとき。
――悲鳴が、聞こえなかった。
閉じたままの自動扉の向こうから、大の大人が、しかも男性が、本気で絶叫している声が聞こえなかった。
……いや、聞こえないのが当たり前なんだけど。
事務所の自動扉に近づく。なぜか入らなくてはいけないような気がした。
扉が開いた、と思ったら。
「どうされました?」
タタンが、そこに立っていた。
「……いや……えっと」
驚いてしどろもどろになる。そんな彼をみてタタンは笑った。
「お昼休みだから戻ってきたんでしょうか?」
「ああ……ああ。確か、そうだったかも」
「かも?」
「いや……ああ、そうだ。杖、取りにきたんだった」
「杖? ――ああ、今朝忘れていったやつですか」
「そう。それを取りに来た」
タタンがなぜか疲れたように笑う。なんでそんなものを、と思っているのかもしれない。実際、わざわざ取りにくるものでもないのだが。
「ひょっとして、来客中だった?」
「それはもう終わりましたよ」
終わった?
「先ほど終わりました。もう皆さん帰られて、誰もいません」
「……そっか。お疲れさん」
早かったな、と思う。まさか昼前に終わっていたとは。
「ついでに、お昼休みで申し訳ありませんが、少しお時間いいですか?」
「あん?」
「ちょうど創造根底館の職員が集まってますので、紹介いたします」
タタンが事務所の中に試神を招く。
そこにはタタンのほかに四人、いた。
一人は赤いメイド服をきていた。
一人はフランス人形みたいな見た目をしていた。
一人はまだ小学生くらいの男子だった。
一人はフランケンのような大男だった。
「……………………」
どこかで見たような、初めてみる人たちだった。
「少ないですが、これで職員全員です」
タタンが腕を広げる。
「試神さんは魔王室や絶命洞窟が職場になるのであまり一緒に働くことはないかもしれませんが、いろいろお世話になると思います」
「えっと……よろしく、お願いします」
軽く頭を下げる。
自己紹介をしなくちゃ、と思っていたら。
「またずいぶん、若い子が来たんだね」と声がした。フランス人形のような見た目の女性が、手を挙げていた。ふわふわの金髪に陶器のような白い肌。頭に白い花の飾りをつけ、服装も花飾りの付いた薄青いドレスのようなものを着ている。とても仕事着にはみえないが、似合っているのでなんとも言えない。華麗な衣装と見た目とは裏腹に、声は年齢を感じさせるハスキーものだった。
「ああ、自己紹介はいいよ。あたしたちはすでに所長から聞いているから」
試神くん、と名前を呼ばれる。
「逆に、そっちはあたしたちの名前を知らないだろう? せっかくだし、このまま勤務年数順にでも自己紹介と行こうかね。あたしの名前は……花子だったかね。ここの一番の古株で、一番の年長者だ」
やれやれと肩をすくめる。歳は取りたくないと小声で言ったが、何歳なのかは怖くて聞けなかった。
「困ったことがあったらあたしに相談してくれて構わないよ。たとえば、そこの所長がいじめてくるとかね」
ちょっと! とそこの所長から抗議の声があがる。
「いじめませんよ、逆に歳が近くて接しやすいくらいなんですから」
「まあ、なにもないならそれでいいんだけどね」
上品に花子が笑い、タタンが口を尖らせる。
「さて、じゃあ次は――」
「勤務年数でいえば、不本意ながら私ですね」
赤いメイド服の女性が言った。にこりともしない、無表情のまま試神の前に立つ。
「初めまして。責慈 心殺です。よろしくお願いいたします」
腕を前にくみ、お辞儀をする。深々と頭をさげるその姿に、試神もまた頭をさげた。
「勤務年数で言えば、花子さん未満、タタンさん以上になります」
「はあ……あの」
「年齢を聞いたら殺しますのでお覚悟を」
表情の無いまま言われるので冗談なのか判断ができない。
……いや、本気だったら困るんだけど。
「そうじゃなくて……あの……なんでメイド服を?」
「これですか?」
裾を持ってくるりと回って見せる。フリルの部分が全て赤く置き換わったような、ドレスにも似た派手なメイド服だった。
「私の趣味ですが」
「趣味……」
「アニメや漫画が好きですので、その影響で」
ああ、なるほど?
「これがなにか?」
「いや、もしかしたらタタンが雇っているメイドさんなのかなと」
「……いえ。確かに雇用契約という意味では雇われてはいますが、仕えてはいませんね。こういう服は着ていますが、そんな趣味はないです」
私にもそんな趣味はないです、とタタンが抗議するが、反応を返す前に試神の前に別の影が被さった。
ロロロより、この中で誰よりも大きい、筋骨隆々の大男だった。失礼かもしれないが、フランケン、というあだ名がピッタリ似合う、外であったら思わず目をそむけたくなるほど厳つい見た目をしている。
「あの……」
「ガブリン。よろしく」
「がぶ……りん?」
「僕の名前」
握手を求められたので返す。まるでロロロのグローブ越しの握手を思い出すほど、ごつごつした手だった。
「可愛い……名前ですね」
「よく言われる」
握手とも思えない握手をして、ガブリンが試神の前から去っていく。
最初の位置に戻るのを待って、最後の一人が「はいはーい、おれが最後ね」と元気よく手を挙げた。
一番若い……というか、どう見ても小学生にしか見えない男子だった。半袖短パンで、左足の太ももあたりに包帯を巻いている。怪我をしているのか動けないらしく、椅子に座ったまま試神を手招きした。
「名前はフクロウ。フクちゃんでもフク先輩でもなんでも好きなように呼んでくれていいぜ!」
あーくしゅ、と言ってきたので言われるがまま握手を交わす。今度は逆に小さな手だった。
「……ちなみにだけど、ここの誰かの子どもってわけじゃ」
「ちげーよ、ちゃんとここの職員だっつーの!」
疑いの目でタタンを見ると、目を閉じたまま二回、しっかりと頷いた。
そうなると、そういうことらしい。
「ここってこんな小さな子が働かなきゃいけないほど人手が足りてないのか?」
「人手が足りてないのは確かですが、まあフクロウくんは特別だと思ってください。普通は働けません」
へへーん、とフクロウが鼻をこする。どう見ても子どもで先輩とは思えないが、タタンがいう以上そうなのだろう。
握手を終え、試神が全員に見える位置に立ちなおす。
それぞれの顔を見ると、もう一度、深く頭を下げた。
「まだ知らないことばかりですが、よろしくお願いします」
パチパチとまばらな拍手がして、それからだんだんと大きくなる。
なんとなく受け入れられたのだとわかって、ホッと息を付いた。
拍手が終わるころ、顔をあげる。
目の前にはいつの間にかタタンがいて、手には杖を持っていた。
「これ、お返しします」
「ああ、サンキュ」
「……………………」
「どうした?」
「いえ、なんでも」
なにか言いたそうなタタンに首を傾げるが、追及するほどでもない。
杖を受け取ると今度はなくさないよう、リュックにそれを入れる。
「お時間を取らせてすいませんでした。休憩時間ですので、お弁当を食べてきてください」
休憩時間もずらしていいですから、とタタンから言われる。気にするほどでもないと思ったが、ここでやいのやいの騒ぐのもまずいだろう。試神が休憩時間ということは、ほかの全員も休憩時間ということだ
「それじゃあ」と一礼して、事務所を出る。
クリーンルームを目指して廊下をかけていった。




