第43話 創造根底館の伝説
「殺すのは別の仲間に任せればいい。誰がやっても同じことである。……そして、まだ答えをきいていなかったな」
「答え?」
「スカウトの件だ」
「ああ」
すっかり忘れていた。
「断るに決まってるでしょ、そんなの」
よっと、と背中の男性が体勢を変え。
右腕をひねると、肘のあたりに足を置いた。
そしてそのまま――肘を支点にして右腕がへし折られた。
「――――ッ!」
声にならない声が漏れる。男性がもう要らないとばかりに腕を放り投げ、床に当たったのがさらに激痛を生んだ。
「まあ、こっちも折っときますか。片方だと気持ち悪いでしょ」
左腕も同じようにへし折られる。やはりこちらも床に放り投げられた。
「っは――っは――っは――……」
痛みの代わりに吐き気がきて、喉の奥に酸っぱさを感じる。これが昼食あとなら完全に吐いていた。うつ伏せのまま吐くことにならなくてよかった。
「……よく悲鳴をあげませんでしたね。相当痛いはずなんですが、歯医者さんでも手を上げすに我慢するタイプの人ですか? まさか痛みを感じてないってわけでもないでしょうに」
折った本人がきく。引いたような声色に、逆に笑ってしまった。
「いや……痛いよッ……すごく痛い。うっかりすると気を失いそうになるくらいにさッ――」
背中の男性がロロロの上から、背の高い男性の隣に行く。
腕を折ったので、もう安心ということなのだろう。
「でもさッ――……創造根底館ってこういうところなんだよ――ッ! 仕方ないよね、この程度のこと、よくあることって割り切るしかないよ」
「……それは、貴女に同情せざるをえないな」
背の高い男性が溜息を吐く。
「ありがとう、でも、どこも同じでしょ」
「いや……さすがに両腕を折られてよくあることはないと思いますよ」
眼鏡の男性が苦笑いを浮かべる。どうやら二人とも本気で同情しているようだった。
……もしかしたら、普通は腕を折られることなんてないのだろうか?
――だとしたら、今回襲撃者のところは創造根底館より働きやすいのかもしれない。
「……なんてね、そんなこと、どうでもいいか」
「はい? 痛みで意識が朦朧とし始めましたか?」
そんなことはない。
むしろ、痛みではっきりとしているくらいだ。
「……もういいだろう。ここまで待てば、あの男性が戻ってくることもあるまい。それにこの姿をみて取り乱されても困る。それに――女性の苦しむ姿を長く見たくもない」
眼鏡の男性に合図を送る。手を下すのはそちらなのだろう。
「……当然か、そっちの人生きてるだけで必死みたいだし」
「まだ意識があったか。……しかし、ひとつ訂正しておこう。俺は固有魔法で生き続けているが、もちろん魔法を使うことはできる」
「へー、そうなんだ」
「生き続けることだけで重宝されるほど、この業界は甘いものではない。むしろ死なないとわかれば、より危険な場所にいかされるものだ」
「その言い分だと、創造根底館が危険じゃない言い方みたいね」
背の高い男性の眉がわずかに動く。
「言っとくけど、ここは関わり禁止地区の創造根底館。無断で踏み入れたが最後どうなるか、わかっているんでしょ?」
「然り」「もちろん」
間髪いれず二人が答える。
わかっていながらこれとは――
――笑える。
実際、ロロロの口元は笑みが浮かんでいた。
「だが、俺たちは違う」
「創造根底館の伝説も今日でおしまいです」
伝説なんて言われていたのか。
新たな情報に驚きつつ、同時に溜息もでる。
なんて。
なんて……甘さなのだ。
「ああ、ひとつ言っておきますが」と眼鏡の男性が人差し指を立てる。「このおしゃべりの隙を見て腕を治そうなんて思わないように。治癒魔法のレベルはわかりませんが……まあ普通に使えるんでしょう。治してもすぐにまた折るんで、痛いだけですよ?」
……腕?
「ああ、確かに。折れてたんだっけ? いや、折られたんだっけ。なんだか痛みで麻痺してもうどうでもよかったよ。治す、なるほど、その考えもあったね」
「強がりだとしたら、なかなかですね」
「そんなんじゃないよ。ただ、治すまでもないなって思っただけ」
折るだけならいい。
骨だけなら何本だってくれてやる。
折られても砕かれても潰されても焼かれてもいい。
その程度――。
何度だって経験してきた。
「だめだよ? 折るんじゃなくて斬り落とさなきゃ」
「…………」
「じゃなきゃ、死んじゃうよ?」
「僕たちをですか?」眼鏡の男性が目を丸くする。「こんな状況なのに? 二対一で、なおかつ腕が使えないというのに?」
ねえ、と背の高い男性に問いかける。問いかけられた男性は「…………」と、無言だった。
「腕なんて使えなくても、魔法が使えるよ、……というか、常時発動してるから、今も使ってる。ほら、<ダイオード>」
「はあ……。その一定以上の魔力が貯められないって魔法に、なんの意味があるんですか?」
「わからないなら、それで十分だよ」
ロロロは笑う。
余裕ぶった笑みに、眼鏡の男性から笑みが消えた。
「……なら、もういいですね。僕が殺しますが、いいですよね?」
背の高い男性に問う。
が、反応はなく、無言だった。
「……あの……もしもし?」
「……………………」
「どうしました?」
「……………………」
「なにか怒ってます?」
「……………………」
「なにか気に障ることでもしちゃいました?」
「……………………」
「あの、すいません?」
「……………………」
「もしもーし? 聞こえますかー?」
聞こえてないよ、とロロロが言った。
「その人、もう死んじゃってるから」
「え?」
間の抜けた声。ロロロのほうを向いたとき、肩が背の高い男性に当たり。
ぐらりと。
「………………」
生気の抜けた体は、そのまま床に崩れ落ちた。
どちゃり、と水気を含んだ音がして、じわじわと血が滲み始める。今まで流れるのをせき止められ、そのうっ憤を晴らすかのように、我先にと服を床を死体を徐々に赤く染め上げていく。
「―――なんで!」
「キミたちさ、創造根底館、舐めすぎだよ」
がくん、と。
眼鏡の男性が膝をついた。
そのまま腕をつき、なんとか体を支えようとするが力が入らないらしく、そのままうつ伏せで倒れこむ。
意味がわからないというように「はっはっはっ」と浅い呼吸を繰り返す彼を見ながら、ロロロは立ちあがった。
腕は、治癒魔法を使って治していた。
「な……ぜ……」
息も絶え絶えになりながらロロロを見上げる。体を震わしているので、なんとかして立ち上がろうとしているらしいがうまくいかないようだった。
予想以上にうまくはまったらしい。
身体強化の魔法を使っているがきいたのだろうか。
魔力の残っていない体は、もう言うことをきいてくれないようだった。
「あたしの固有魔法<ダイオード>。きいている通り、一定以上の魔力を外に逃がす魔法。だからこそ魔王室でも生きていられるし、絶命洞窟にだって入っていられる」
でもさ。
と、ロロロが肩をすくめた。
「たったそれだけの魔法で、こうやって創造根底館で働いていられるわけがないじゃない。そんな甘い業界じゃないのよ? ここ」
「――ッ! ――ッ! ――ッ!」




