第42話 ……狂ってる
「<明日より今日>。僕の固有魔法なんですが、まあ簡単に言えば、魔力の前借ですね。僕は明日、明後日……それだけじゃなくて一週間後、10年後と言った未来の僕が使うであろう魔力を、今使うことができます。今は……そうですね、人生二回分くらいの魔力を前借して、身体強化をしています。なので、目で追えなくても残念がることはないですよ。こうやって力負けするのも当然です」
また腕をひねられる。痛みで顔がゆがむ。
「僕の場合、デメリットとしまして、使った分の魔力を補充しないと次の魔法が使えないんですよ。当たり前ですね。前借りですし、使ったものを返さないといけないのは道理ですから」
ですが、と。そこで一度区切って深呼吸をする。「これだけ魔力が濃い空間なら、案外すぐに返せそうで安心しました。この任務をもって引退まで考えてたんですよ? 身体強化だけで仕事があればいいんですが、そう甘い業界でもないですしね。ですが、魔王室ならもっと簡単に補充できそうで、すぐ次の魔法が使えそうです。……まあ、それも良し悪しなんですが。そう簡単に補充されちゃうと、僕、死んじゃうんで」
なるほど、とロロロは思う。<ダイオード>と同じ、一回使ってしまえば、あとは魔法は続く限り常時発動するタイプの魔法。だからこんな場所でも思い切り使えたということだ。発動の終了条件が魔力の補充というわかりにくいものであるが、余裕を見る限りまだまだ使い続けられるということだろう。
(……そうなると、向こうの人も)
ロロロの目線が背の高い男性に向く。それに気が付いたのか、男性は頷いた。
「俺も、あらかじめ固有魔法を発動させている」
「へー、でも、気を抜いたら死んじゃうよ?」
「問題ない」
眉をひそめるロロロの前で、背の高い男性がジャケットの前を開けた。
――ジャケットの向こうは。
「俺はすでに死んでいる」
左胸に、大きな穴が開いていた。
肋骨も、胸筋も、そして心臓もなく、それどころか肉も血管も皮膚もなく、ジャケットの背中側がはっきりと見える。
えぐり取られているとしか思えないのに血は流れておらず、それなのに体から見える肉はまだ赤々として腐ってはいなかった。
たった今心臓が消滅し、それに気付いた体が徐々に死んでいっている最中、そうとしか思えない。
「固有魔法<無駄の多い無駄無き生き方>」
絶句しているロロロに向かって、背の高い男性が
言う。
「俺は魔法で生きている。魔法で生かされている。魔法で生き続けている。生きるために、魔力を消費し続けている。魔力を使って生命を維持し続けている。ゆえに、多少濃いくらいの魔力ではどうにもならん。むしろ、気分がいいくらいだ。しかし、さすがに魔王室ほどの魔力ではわからないが。まあ、そのときは」
こつん、と頭を叩く。
「頭でも吹き飛ばしてみるとしよう。脳を破壊すれば、さすがに何倍以上の魔力を使って生き続けられるだろう。足りなければ、体を殺していって生き続けられる場所を探すだけだ」
「……狂ってる」
ロロロのつぶやきに、誰もなにも反応しなかった。
当然だった。
多少なりとも狂っていないと、創造根底館を襲おうなんて思わないのだ。
「それで……固有魔法を教えてくれたことはありがたいんだけど、これからどうしようっていうの? 腕も痛いことだし、そろそろ訊かせてくれない? こうやってあたしを押さえつけてる理由はなに?」
まさか『この固有魔法で魔王室に行けると思いますか?』なんて質問がくるわけあるまい。
出会ってすぐに殺されたっておかしくはないのだ。むしろ、怪我をさせず――足払いでも骨さえ砕かれずにこうやって倒されているのが不思議なほどである。
「理由の一つは、スカウト」
やっぱり、とロロロが息を吐く。
「貴女の固有魔法は珍しい。だからこそ、貴重だ。替えが利かないほどに」
「一緒にきませんか? というのが、とりあえず生かしておく理由です」
ロロロはなにも言わない。黙って先を促すと、背の高い男性が口を開いた。
「もう一つの理由は、人質だ。さっきの男性が戻ってくる可能性を考え、生かしておいた」
適当に聞き流そうとした会話が――聞き流せなかった。
「……さっきの男性?」
「ええ、あなたと会う前、この部屋から出ていく人を見ましてね。幸いにも向こうが気付く前に隠れたのでなにも問題ありませんでしたが、あれは肝を冷やしましたね。てっきりあの人が<ダイオード>かと思ったんですが、なにせ確認する方法がありませんでしたからね。まさかいきなり出てって『あなたの名前は?』なんて聞けるわけもないですし」
男性ときいて何人か顔が浮かぶが、『この部屋から出ていく』となった場合は話が別だ。魔王室から出ていける男性は――少なくともこの創造根底館の中でも一人しかいない。
「その人、リュック背負ってた?」
「え? ……ええと、どうだったでしょう。なんかやたら目立つ黄色の……安全ヘルメットっていうんですか? それを被ってたんでそっちに気を取られてあまり覚えてないんですよね。ファッションなんでしょうか。奇抜といえば奇抜ですが、創造根底館の職員だとすると納得してしまいそうなんですよね」
そんなもん納得するなと言いたいが、それよりも……。
安全ヘルメットと言ったか?
――間違いないと確信する。
試神だ。
先に戻っていたのか。
「……その人、殺さなかったんだ」
「殺そうか迷ってるときにあなたがきたんです」むすっとした顔で背中の男性が言う。「<ダイオード>は女性ときいてましたからね。創造根底館の職員はとにかく情報が少なく、あの人だってどんな魔法使いかわからない。僕たちは戦闘特化要員ではないため、余計な戦闘は避けたかったんです。僕たちの任務は殺すことではなく、魔王室をおさえることでしたから」
「然り」
いつの間にか背の高い男性が目の前にきていた。




