第41話 それがわかった程度で
魔王室に続くドアノブに手をかけると同時、ロロロは魔法を使う。
人を探す魔法。薄く、波紋のように広がるそれが魔王室いっぱいに広がるころ、ロロロはその部屋に足を踏み入れた。
大丈夫、誰もいない。隠れている人もいない。
安心し、いや、安心するために大きく息を吐いた。動くと決めたあたりから、胸騒ぎが止まらない。いつも来客対応のときはそわそわしていたのだが、今日はなにか違う気がする。
それが後輩を守るというミッションが追加されたせいなのか。
珍しく時間制限があるからかわからないが。
「………………」
早歩きで部屋を抜け、その先に向かう。
重厚な扉を開け、次の部屋に向かう。
そこに、人がいた。
「……驚いた」と、思わず口をつく。
向こうはエアシャワーの音でとっくに気が付いていたはずなのに、クリーンルームに入った直後に攻撃されなかったのは運がいいとしか言いようがない。
まさか、試神以外にここに来れる人がいるとは思わなかった。
しかも、二人。
髪を短く切った男性二人だった。一人は眼鏡をかけたシルエットの細い男性であり、もう一人は対照的に体格に恵まれた、強面の大柄な男性だった。
服装は揃って、迷彩のジャケットに同じ柄のパンツ。ところどころ汚れやほつれが見られるが、それがコスプレではなく常用していることを物語っている。見れば血痕らしき跡もあるが、色も薄くなっていることから少なくとも数十分前についたものではない。手も足もしっかりガードされており、肌が見える箇所は顔しかなかった。
無表情で構えもなく佇んでいるのは、こちらより数が多いための余裕なのか、ロロロにはわからない。
「はじめまして、あたしは創造根底館の職員のロロロ。今回はなんのご用件で?」
だから、先手を打った。手を広げ、挨拶をする。
武器を持っていないことをアピールするつもりだったのだが、魔法使い相手にどれほど通用するだろうか。
それに相手も、二人とも武器を持っていなかった。
可能性として、無限の容量を持つ魔力バッテリーを持ち込めばなんとかなるかもしれないが、少なくとも二人の影にそんなものは見えない。
そうなると、固有魔法。
それで彼らは生かされている。
ロロロと同じように。
「魔王室の見学なら、あらかじめ予約していただかないと」
「それは、すまなかった」
大柄の、背の高い男性が生気のない声で答えた。
まさか会話が成立する相手だとは思わなかったので、顔に出さずに驚く。
「今からでも予約可能か、貴女に問いたい」
「ごめんなさい、今から昼食なんで、午後改めて予約をお願いします」
「では、」
交渉決裂だ、と背の高い男性が言って。
「…………ッ!」ロロロが地面に組み倒された。
痛みと衝撃が後からやってくる。
うつ伏せに倒され、頬と上半身に床の冷たさを感じたあと、足にわずかな痛みを感じ、足払いされたのだとわかる。
首を動かして後ろ――今は倒されているので天井の方を見ると、眼鏡をかけた男性がロロロの背中に片足を乗せ、両腕をまとめて関節を固めていた。
「……すごいね、見えなかった」
それまで表情のなかった顔に笑顔が浮かび出た。
「身体強化の魔法なんですが、なかなかのものでしょ?」
ぐきりと筋をひねられた。ロロロが腕を動かそうとしたのを察したからだ。当たり前だが女性だからといって見逃してはくれないらしい。
油断したつもりはなかった。
だが、場所が場所だけに、少し気が緩んでしまったらしい。
「あー、それにしても、とりあえず安心しましたよ。先に攻撃されたらどうしようかと思いました」と、固めた腕を解くことなく、彼が体勢を変える。動くたび、少し焦げ臭さが鼻を付く。
ブーツはもちろんだが、全身から、焼けた匂いが漂っている。
「空気との摩擦で燃えるくらい早く動けておいて、なに言ってんのよ。あれじゃ、どんな攻撃しようと当たらないんじゃない?」
「そんなことはないですよ。体は動けますが、考える速さはそのままですからね。避けることはできても、脳が避けろと体に命令を出す速さは変わらないんです」
「へー。そうなのね。でも、いいの? そんなにベラベラしゃべっちゃって」
優しさではなく本心で訊くと、彼は構いません、と肩をすくめる動作をした。
「それがわかった程度で底が知れるほどの固有魔法を、僕は保持しているつもりはありません」
「…………」
そろそろ本題に移りましょうか、と背中の彼が小さく笑った。
「今更ですが、あなたが<ダイオード>ですよね? 魔王室から出てきてくれて助かりました。流石に、あの中で戦う気はしませんから」
「あたしのこと知ってんだ?」
「貴女のことは知っている」と、背の高い男性が答える。「創造根底館の職員の中で、貴女と、タタンという男子のことだけは、知っている」
「……それは、どうも」
どこまで知っているのか、それを訊いて意味があるのかと考える。<ダイオード>まで知られている時点で、自分の固有魔法は知られていると思っていい。それだけならまだいいが……。
「ひとつ忠告だけど、あなたたち魔法使いよね? これ以上先に進んだら死んじゃうけど、いい?」
「なにをいまさら」「対策済みである」
二人一緒に答える。
そりゃそうかと笑う。魔王室の名前まで知っているし、その中にいる人のことは知られていて当然だろう。しかも創造根底館の魔王室ともなれば、固有魔法は当然としても、顔まで割れていても不思議なことではない。
「正直な話、ここでもやりあう気はなかったんですよ? ですが……不意打って大正解という感じでしょうか? まさかこうも簡単に背後を取れるとは思いもしませんでした」
「……その速さなら、あたしを見つけても無視して、さっさと奥に行けばよかったんじゃない?」
「ああ、それはたしかに」
その言葉とは裏腹に、まったくそう思っていないようだった。
こうして組み伏せたままでいるのも、一番最後のクリーンルームにいたのも、案外たまたま出会ったのではなく、この奥に進むのをためらったからとも思えなくもない。
――だとしたら、突くとしたらそこか?
視線をさらに後ろに。幸いにも、魔王室に続く扉の近い場所で倒されたため、隙をつくことができればそこまで行くことはできそうだ。
問題は、そんな隙をくれないというところだろうが。
「………………」
なんでもいいから魔法を使い、一瞬でも気を引ければもしかしたら――と思うが、踏ん切りがつかない、というのが実際のところだった。
侵入者の二人ならまだしも、ロロロはここで魔法を使うことが危険なことを知っている。
使う時は平常心、もしくはごくごく簡単なもの。
そう決めていたからこそ、少しでも焦りがでているこの状況で魔法を使いたくはない。
それに、もしロロロが魔法を使えば、相手も当然それに応戦してくるだろう。ここでやりあいたくないのはこちらだって同じだ。
「もし知らないなら教えてあげるけど、あの扉の向こうがキミたちのお目当ての魔王室だよ」
「そうでしたか、教えてくれてありがとうございます。といっても、解放したりはしませんけどね」
「……あらそう、残念」
足を動かす。こちらはまだ動かせる。痺れもない。空気摩擦を発生させるほどの速さで来た割には折れてはいないようだった。速さが十分な以上、パワーが足りていないというわけではなさそうだ。
となると単純に、折りもせず、痛みも最小限の足払いをされただけにすぎない。
(……使い慣れてる固有魔法。となると、魔法の暴走を期待しても無駄かな)
「あまり変な動きをするようなら、足も固めますよ」と背中から忠告が入る。「それと、ないとは思いますが、魔法を使って逃げることはおすすめしません。この状態なら、どうやっても僕のほうが早いですから」
背中から笑顔を向けられるが、眼鏡の奥の目は全く笑っていない。




