第40話 大丈夫だよな?
ロロロがタタンからのメールに気が付いたのは、試神と別れて10分ほど経ったころだった。
「…………10分か」
微妙な時間である。
普段ならこのまま絶命洞窟にいるか、もしくは休憩室まで戻っていた。もともとタタンからは来客の対応しなくていいと言われていたし、もとよりそのつもりもなかった。対応しようにも、そもそも魔王室まで来れる人のほうが珍しいし、無理に対応して怪我でもすればタタンに怒られてしまう。
万が一連れ去られるなんてことになったら、それこそ目も当てられない。
だから来客対応時、普通は無視するのが当たり前であったのだが、今回は少し違った。
言うまでもなく、試神である。
タタンから来客対応しろとは言われていないが、試神を頼むとは言われていた。
直接ではないが、チャットで言われていた。
それもあって、ロロロは悩んでいた。
「さて、どうしようか」
試神のところまで戻るか、それとも休憩室まで行くか。
背の高く、歩幅の大きいロロロにとって10分の移動距離は短いものではない。このまま戻れば当たり前だが10分かかってしまう。それだけの時間、試神はマシュマロ周辺にいるだろうか?
もしかしたら休憩室に戻っている可能性もある。
「理想はマシュマロの近くにいてほしいけど……」
この世で最も魔力が濃い空間。魔法使いでないならあそこほど安全な場所はない。
ロロロは電話をかけようとして。
「……………………」
そして止めた。
今まで止めていた足を動かす。
試神がいるほうとは逆方向。休憩室のほうに向かって、少し早足で歩き出した。
おそらくまだ、試神はタタンからのメールに気付いていない。
これが大きな理由だった。
チャットではないので既読状況がわからないのが辛いが、気が付けばこちらに一報、電話なりしそうな彼である。だとしたらこの電話でわざわざ気付かせるのは避けたかった。
来客を、そのまま『お客様』と思っている彼のことだ。
もし来客に気が付けば、「じゃあ休憩室で待機してましょうか」となるまでは容易に想像がつく。魔王室に来れる人は極々わずかだが、もし来た時に誰もいないのは失礼と思い、お茶でも用意して待つのだろう。
そこを襲われたときに対処のしようがない。
いや、一人でなら十分できるのだが、試神が一緒にいて、それでもうまく立ち振る舞える自信がない。
うまく調整できるほど、ロロロの魔法は器用ではない。
適宜魔法を使ってショートカットを繰り返し、絶命洞窟を進む。
同時に携帯に連絡がこないことを確認して、休憩室に戻ってきた。
本当は移動魔法を使って、休憩室まで一度で移動したかったのだが、絶命洞窟内であまり強い魔法を使いたくなかったのだ。魔力が満ち溢れている空間で魔法を使うと、強力になりかねない。特にいまは平常心とはいえない心境のため、こんな状態で普段通りに魔法を使えるとは思えなかった。
11:40。
休憩室には誰もいなかった。携帯に連絡もないということは、まだ試神はマシュマロにいるのだろうか。
「誰もいない……かな?」
うっすら額に浮かんだ汗を拭い、台所に向かう。トイレか、ひょっとしたらシャワーをあびている可能性も考えてのことだったが誰もいなかった。魔法で確認しても、隠れている人はいない。
「おそらく、まだ彼はマシュマロにいるはず。あとは、来客対応のほうだけど」
ひょっとして、もう終わっているのだろうか?
水を一杯飲みつつパソコンを確認するも、タタンから「終わりました」の連絡はなかった。
彼が完了報告を忘れるとも思えないので、まだ対応中ということなのだろう。開始時刻がわからないが、タタンの最初のメールから40分たっても終わらないところを見るとそれなりに大変な相手らしい。
苦戦しているのか善戦しているのか。
見慣れない固有魔法に四苦八苦しているのか、それとも逃げ回られているだけなのか。
それとも単純に数が多いだけなのかわからないが。
それでも40分戦えるというのは、称賛に価する。
「確か今日……全員出社だったよね」
タタン含め、職員全員での対応。
意外でもなく例外でもないが、存外であることは確かだ。
果たしてそこまでする相手なのだろうか。昨日までのロロロのそう考えていたが、どうやら間違っていたのはこちらのほうだったらしい。
まだタタンと一緒に仕事をして3年ほどしか経っていないが、こういうところでの彼の勘は外れたことがない。
素直に尊敬するとともに、猜疑心が湧かないわけでもない。
彼を信頼することと彼を信用することは、全く別の話だ。
「いつもと同じように、あたしはここで待機でいいのかしら…………ん?」
全体メッセージが一件届いていた。
来客対応中になにかあった場合に書き込むチャット欄である。
そこには。
『ごめん、ケガした(´;ω;`)、めちゃくそ痛いけどガマンします(泣)』
と、同僚のフクロウからのチャットがある。
時間は11:20。ちょうどロロロがメールを確認した時間だ。
「……フクロウくんが怪我。チャット打ってるぐらいだから元気だし、来客対応も終わったってことなんだろうけど……」
そもそも創造根底館の職員に怪我を負わせられるほどの相手ということである。
まだ終わっていないことを加味しても、のんびりしてはいられないような気がしていた。
(これはひょっとすると、魔王室まで侵入される……?)
ありえないと思いつつ、ふと、頭をよぎるものがある。
タタン。
彼が試神のことを頼むといったのも、これを予想していたのだろうか。
「………………あたしも動くか」
携帯を見る。
試神からの連絡はまだない。
時刻は11:45。
自分が提示した12時まで、もう余裕はなかった。
それに『遅くとも』と言っているため、もっと早く戻ってくる可能性もある。
いくら見惚れているとはいえ、そろそろ限界だ。
「彼が戻ってくるまでには、ケリをつける」
パソコンを閉じ、後ろにある回路箱を漁る。今つけている防護手袋から、使い古されてボロボロになったものに付け替えると、使い心地を十分に確認した。
休憩室を出た。
Φ
同時刻 11:45。
「来客っていつ来るんだろう?」
エアシャワーの風を全身で浴びながら、試神がつぶやく。もっともはげしい風に消されて、その声は自分にも届いていなかったが。
「時間的にはそろそろ昼だし、流石にもう来ないと思いたい」
赤のランプが緑に変わり、体についた魔力が落ちたことを知らされる。といってもこれが最後ではなく、次の部屋も全身を綺麗にする必要がある。
「杖取りに行くぐらい……大丈夫だよな? 事務所覗くぐらいだし……。まあ、誰かいたら、引き返せばいいか」




