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第37話 この人は、知らないんだ

 二回目なのだから道順を覚えようと意気込んでいたのが10分前。

 聞いただけで覚えられないのだからメモを取ろうと、ノートとボールペンを出したまではいいのだが、地図なんぞ書いたことが数回あるかないかという試神である。ノート下の真ん中から始まり、一本の長いミミズを書いてノート上端まで行ったところで彼の挑戦は終わった。


「あとでわかる範囲で書いてあげる」

 ロロロの温かい言葉に後押され、ノートをリュックにしまう。たまにポツポツと吐き出される業務指示なようなとのを書き溜めておこうとも思ったのだが、下敷きもない状態では文字がうまく書けず、ロロロからも「歩きながら書くのは危ない」と言われてしまったのだ。


「覚えられない、わからないところは訊いてもらえると助かる。うろ覚えとか、中途半端に覚えてる状態で作業されるのが一番怖い。あたしだって後輩を持つのは初めてだからさ。うまく教えられてるかわからないんだよ」

 そういう意味では、今後試神にも後輩ができるか怪しいものである。後輩ができるより先に、絶命洞窟内の作業がすべて自動化されるのが早いかもしれない。


「ああでも、わからないところだけは書いてあると、あとで自分が教えるときとか、マニュアルを作るときに参考になるかもね」

「わかりました」

 危ないと言われてしまった手前、今ノートを開くことはできないが、昼休憩にでも戻ったときに書いておくことに決める。


 試神のため息をかき消すように、後ろからロボットが近づいてきた音がしたの。脇による。昨日と同じ型で、もうすっかり見慣れたものだった。

 絶命洞窟内は昨日となにも変わらず、異変もない。

 せっかくなのだからなにか『仕事』が欲しいと思うのだが、それを口に出すのはマナーが悪いだろう。トラブルを望んでいるみたいで人が悪く思われてしまう。

 別に望んで忙しくなりたいわけではなく、少し仕事をしている実感が欲しいだけなのだ。


「ロロロさん、昨日は午前中で帰られたみたいですけど、いつも見回りってすぐ終わるんですか?」

「そうね、なにかあっても、大体午前中には終わるけど」

 考える様子なく答える辺り、本当に午後までかかる用事はなかったのだろう。

「なにか不具合が出ればパソコンに通知がくるようになっているし、通路拡大とかの相談も同じ。むしろ目視で異変を発見するほうが珍しいから」

「……将来的に監視カメラですみそうですね」

「試験的にロボットにカメラを持たせて巡回中の様子を見れないかってことはしようとしてるけどね」

「うわー、覚えるころには仕事がなくなってそう」


 頭をかかえるとそれはない、とロロロが断言した。

「将来的に楽になることはあっても、なくなることはないよ。万が一って、ことがある限り、あたしたちみたいな人は絶対必要。特に、魔法を使わないで絶命洞窟に入れる異世界人くんはあたしより価値があると思うよ」

「……そうなんでしょうか?」

「あたしだって、魔法を使ってるからこうして生きてるだけ。逆を言えば、魔法を使わなければ生きていけない。スキルの<ダイオード>が使えなくなったら、もうここにはいられないよ」

「……じゃあ、常に魔法を使うために気を張っている状態ってことですか?」


「いや、そうならないようにしてるから、たとえ『解除!』って願ってもスキルの解除ができないけどさ。心臓を自分の意思で止められないのと同じでね」

「それなら」

「でも、あたし以外の魔法使いなら、<ダイオード>の無効化だってできちゃうからね」

 さらっと言い切る。


「『魔法を無効化する魔法』は実在するみたいだし、そんなレアなものじゃなくても『一定の間、固有魔法を弱める魔法』でも構わない。誰がそんな魔法もってるかわからないし、もしそのスキルと使われたとして、あたしが気付けるかもわからない」


 たとえば帰宅途中、すれ違った誰かがその魔法使いで、知らないうちにうっかりスキルを封じられてしまったら。

 その可能性は大いにありえることを、彼女は十分理解している。

 固有魔法の札を首からぶら下げて生活しているわけではないのだ。今はまだ知られてないだけで、どこかには存在しているのかもしれない。

 いや。

 そんな固有魔法だからこそ、念入りに存在を隠されているのかもしれない。


「……もし、の話なんですが」

「うん」

「もし<ダイオード>が使えなくて、そのまま絶命洞窟や魔王室に入ったとしたら、どのくらいの期間、ロロロさんは生きていられますか?」

「………………………………ん?」


「猛毒なんですよね? だから、それを吸って、どのくらいの期間で救出しれば、ロロロさんは助かりますか?」


 言葉を失った。

 そして、少しの間、対応を考えた。

 試神には悟られないような間、熟考し。


「さあ、あたしもわからないんだよね」

 ロロロは回答を拒否した。


「そんな人、見たことないしさ」

 嘘をつく。

 あまりにつっけんどんすぎて逆に怪しまれるかと思ったが。


「……そうなんですね」

 試神はそれに気が付いていないようだった。

「所長はなにも言ってなかったの?」

「タタンですか? 猛毒とは聞いてましたが、それ以上は……。万が一ですけど、ロロロさんが毒に犯されてしまった場合、連絡を受けてからどのくらいで助けられるかな、と」


 大丈夫。

 連絡なんか。

 する暇もなく。

 即死だよ。

 とは、言えなかった。

 言わなかった。


 それと同時、少し納得した。

 なるほど、と、思う。


 この人は、知らないんだ。


 魔王室に入った人がどうなるのか、見たことないのか、と。

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