第36話 安全の前に恥という概念は不要ですよ
リュックをおろし、昨日腰かけた椅子の上に置く。まだ試神専用の机も椅子もないので決まっていないが、おそらくここが定位置になるだろうなと思っていた。机の上も、昨日はロロロの私物があったのだが今日はなくなっている。
「お弁当持ってきたんですが、冷蔵庫いれていいですか?」
「どうぞ」
昨日、夕飯用に買っていたものだが、タタンの食事に招かれたために必要なくなったものだ。朝食べようかと思ったが、いざ前にすると重くて食べる気にならなかったので昼食に回している。
名前など書いていないが、問題ないだろう。ここには二人しかいないのだ。冷蔵庫の空いている段に、適当に押し込んだ。
「あと準備するものは……」
「異世界人くん、今日はアレ、どうする?」
台所から戻ってきたところで声がかかった。
(あれ、とは?)
「あの頭を守る魔法」
「ああ、あれは大丈夫です。今日は秘密兵器を持ってきました」
「……秘密兵器?」
意気揚々とリュックのある場所まで戻り、中が見えないようまさぐる。にやける顔を抑えながら、それを出した。
「これです! 折りたたみ式簡易ヘルメット!」
「……わあ、なんてよういがいいのかしらー」
「昨日リュック買う時に防災コーナーにあったんですよ。なんでも小学生用のものらしいですが、試した限り頭は入ったので問題なし」
「試したんだ、それ」
「お試しコーナーがあったんで」
扇の形にぺったんこになったそれを見せびらかす。色は茶色だった。白と迷ったのだが、こっちのほうが安かったのだ。
「本物のヘルメットには当然劣りますが、ないよりはあったほうがいいかと思ったんで。こぶし大ほどの落石なら耐えてくれるみたいですよ」
袋をあけて頭に装着。昨日の夜、事前に試していたのですぐにつけることができた。
そこら辺の準備に怠りはない。
「どうです? 似合います?」
「かわいいよ、子どもみたいで」
「クマさんです」
「知ってる」
昨日迷った白のほうは無地だったのだが、こちらはなんと顔が付いている。目と鼻、それに小さな口。ほっぺたの位置にはピンクの円がある。これで耳もしっかりついていたらよかったのだが、ヘルメットの規格からずれてしまうのかついておらず、その代わり耳の形をした絵が書いてあった。
前から見るとわかりにくいが、横からみると確かに微笑んでいるクマの頭だった。
「ちなみにだけど、キミ、確か18の男子高校生だよね?」
「ええ。卒業前なのでまだ高校生ですね」
「それは……恥ずかしくないの?」
「ロロロさん。安全の前に恥という概念は不要ですよ」
トイレ借りますと言って、試神が台所に消えていく。鏡を見に行ったのだろう。すぐに戻ってきた。
「特価だったので壊れてないか不安でしたが、大丈夫そうですね」
「その絵のせいで安くなってるだろうから、平気じゃない?」
「さて、これで俺の準備は整いました。そろそろ始業ベルが鳴りますし、ぼちぼち行きますか」
「…………ちょっと待って」
はい?
リュックを背負ったままで試神が立ち止まる。
ロロロは難しい顔をしながら立ち上がると、頭を抱えながら壁に並んでいるラックの一つに向かった。いくつか並んでいる回路箱をひとつをとると、そのまま床に置く。
「これ、あげるから」
ヘルメットだった。
折り畳み式ではなく、黄色の、しっかり安全基準を満たしたものである。
「それよりこっちを付けなさい」
ぐいぐいと、胸のあたりに押し付ける。
「……えー、でも今日くらいは。せっかく買ったんですし」
「いいから! あたしが恥ずかしいのよ!」
ありがとうございます、と言ってヘルメットを受け取った。一度はクマの上からヘルメットをかぶろうとしたが、さすがに無理である。名残惜しそうにクマを頭から外すと丁寧に畳んでリュックに戻した。
「最近の異世界人って恐ろしいのね……びっくり続きだわ」
「んー、でも、外見を気にしないでああいうの付けられるの、俺くらいじゃないですか?」
「自分で言う? それ」
顎紐までしっかり止め、位置を調整する。首を振ってもずれることはないので、正しく装着できているのだろう。鏡は見ていないが、ロロロが深く頷いたので変ではないはずだ。
「それ、一回一回持って帰るの面倒だろうし、この箱に置いて帰っていいから。なんならこの箱を異世界人くん専用の道具入れにしてもいいよ。これからなんだかんだで個人用のものが増えていくだろうし、入れておくものが必要になるでしょう。そのクマのも置いていくなら一緒にいれて」
「いえ、せっかくですし部屋に置きますよ。頭は守れそうなので、なにかあったときに使おうと思います。あの部屋、確かヘルメットとか防災グッズなかったと思いますし。それか、タタンにプレゼントします」
いやがらせ?
ロロロのつぶやきは試神には届かなかった。
「あ、そうだ。ロロロさん、もう一つ報告があります」
「なに? まさか『実は防護服まで買ってあるんです』とは言わないよね?」
「ないですよ、この作業着がそれなりに丈夫そうなので、代用します」
ワイシャツの上からきているのは、タタンから借りている創造根底館の作業着だ。昨日、強めにひっぱったりしてみたが破れる様子はなかった。タタンの話ではそれなりに防御力があるとのことだったが、試せていないのでよくわからない。それに、わざわざ試すような場面にでくわしたくもない。
「じゃあ、報告って?」
「昨日ロロロさんに言われた通り、今日は杖を持って業務に取り掛かろうと思ったのですが」
「うん」
「杖、事務所に忘れてきました」
「………………」
「今更取りに戻るのもなんなので、今日はこのまま仕事します。以上、報告でした」
「キミは、本当に愉快な人だねえ……」
始業ベルがなる。
本日の業務が始まった。




