第35話 預かっておきましょうか
「……うーん、気分悪くされましたかねー」
足音が消えたころ、一人残された事務所で、タタンがぼやく。
「別に子ども扱いしているとか、そんなんじゃないんですが」
むしろ試神の安全を確保するために、ロロロを残したまであるのだが。
「あのぐらいの年齢の人をどう扱えばいいのか、いまいちわかりません……」
18歳と言えば大人と子どものはざまで揺れ動く時期だ。大人扱いしていいのか子どもとして見てもいいのかよくわからない。特にタタンは周りが大人たちばかりのため、『学生』というものに対してどう接していいのかわからなくなっていた。
自分はどうだったか、なんて考えることは無理なのでしない。最初から諦めている。
「千差さんが来たとき、少し感情を探ってもらいましょうか。なにかと顔に出る人なのでわかりやすいですが、心中なにを思っているかわかったもんじゃありませんし。もし怒っていたら……そうですね、あとでケーキでも奢りましょう」
昨日も、財布を買いに出たと思ったら、買ったばかりのリュックに菓子を詰めて戻ってきた。そちらにお金を使ったのか、財布はペラペラの安物だ。
けれど、生クリームが食べたいと言っていたわりに、買ってきたのは生クリーム入りのシュークリームだけ。ほかはマドレーヌなどの焼き菓子と、煎餅だった。
「てっきりケーキでも買ってくるのかと思ったんですが」と口に出すと「こっちのほうがたくさん買えて徳だ」と返される。「少ない金でたくさん甘いものが食えるならそっちのほうがいいだろ?」と。
質より量、ということらしい。
すっかりケーキの口になっていたタタンだったが、買ってくると言われたわけでも、頼んでいたわけでもないのでそんなこと口には出せない。曖昧に頷くと、二人分の紅茶をデスクに用意した。
「紅茶に砂糖は?」ときくと「いらない、ミルクだけ」と返答があった。
「…………そういえば、コーヒーのときも砂糖は入れませんでしたね」
話を聞く限り、甘いものが嫌いなようには思えないのだが。
「甘いものは、特別なときにしか食わんようにしてる」
「今日は?」
「疲れたから特別だ」
その『特別』は意味が異なる気がする。
「あれ? じゃあ私、昨日菓子パンをいくつかあげてますが、惣菜パンのほうがよかったですか?」
いや、と紅茶を覚ましながら試神が否定する。一口飲んで、うまいと感想を言ってから。
「もらう分はOKってことにしてる。あとはおごりとかなら食べる」
……なんですかそれ。呆れるが、試神の決めたルールなのだろう。口出しすることではない気がして、なにも言わなかった。
「あまり高いものだと気を遣わせますかね。やっぱりコンビニのケーキを数種類買って……」
と、試神の機嫌を直そうと考えつつ、コップを片づけに彼が座っていた場所に近寄ると。
「おや」
空になったコップの隣、忘れ物が、あった。
「……子ども扱いして正解でしたかね」
ほらみろ、と叫びたい。魔王室にある人形に声を渡したい。
「なにが持つ習慣から、ですか」
タタンに見せようとわざわざリュックから取り出した杖。
それが置かれたままになっている。
届けようとも思ったが、いまさら杖があったところでどうにもならないだろう。魔法の練習をしている様子もないことだし、使える魔法も増えてないに違いない。
それに、絶命洞窟で下手に魔法を使われるのも面倒の種になり得る。
普段のタタンなら、大抵のことが起こってもいつも通り対処できる自信がある。だが、来客の最中に魔法が暴走されると手が回らない可能性がある。
ロロロがいる以上、なにも問題ないと思うのだが。
「彼女がいないときに魔法を使われても嫌ですし、預かっておきましょうか」
Φ
駆け足で休憩室の戸を開けると、パソコンを操作していたロロロが椅子から飛び跳ねる様に立ち上がり、全身に力を入れた。だが、入ってきたのが試神とわかると一変、長い息とともに力を抜いていく。
「なんだ、キミか。脅かさないでよ。どうしたの、そんなに慌てて。……もしかしてもう来客があった?」
「いえ」と笑う。「先輩を待たせるのは悪いと思ったので、つい駆け足に」
ロロロにはわからないように深呼吸を二回行う。走ってきたわけではないが、少し呼吸が早くなっていた。駆け込みで電車に飛び乗ったあとのように、平静を装ったまま呼吸を整える。
「まだ始業前なんだから、気にしないでいいのに。というか、そこを気にされるとあたしが早く来れなくなっちゃう」
席に座り、またキーボードを打ち始める。昨日と同じ、今日もごつい手袋をしたままだった。それでも器用に文字を打ち込んでいくので、見事なものである。
「ん? どうしたの?」
「いえ……外さないんですか? それ」
「それ?」
「その手袋」
「ああ、これね。前は外してたんだけど、一回一回付け替えるの面倒でね。今はこれに慣れちゃったから、仕事中はずっとしてるだけ」
「俺も買ったほうがいいですか? そういう防護手袋的なやつ」
「えー? いらないいらない。汚れるのが嫌なら軍手でもしてればいいよ。手を切るようなものもないし、動作性悪いよ?」
グーパーをくり返す。指が太いせいでグーすら作るのは難しそうだった。握ることはできても、摘まむことは慣れないと難しそうである。
そこまでしっかり守られた手袋ではないが、防火手袋は付けたことがあるので扱いにくさはなんとなく想像できた。
「軍手ならたくさんあるけど、今日はつけていく?」
「いえ、汚れてもあとで洗えばいいと思うんで。……でもそれじゃあ、なんでロロロさんはそんな手袋付けてるんですか?」
「乙女の秘密だから、教えてあげられない」
「……………………」
「ああ、別に火傷があるからとか、ケガをしてるとかじゃないよ」
手首のあたりを少しだけ捲り、肌を見せる。
こんなところにいるせいもあるが、ずっと手袋をしているためだろう。日焼けもしていない綺麗な肌が少しだけ見える。
「右手も同じだよ。ネイルもしてない、普通の手」
言いながら、手を撫でる。
そこまで言っても見せないということはなにかあるのだろうな、とは思うがそこまでしてみたいものでも、せがむほどのものでもない。
「これで中身が鬼の手とかだったら、異世界人くんの興味を引けたんだろうけどね」
「もしそうなら別の意味で『引き』ますけどね」
というか鬼の手というのは漫画のアレなのだろうか?
異球にも似たようなものがあるのかと思い、そちらのほうに気が向いてしまう。
「まあそんなわけだから、この手袋に大した意味はないよ」
「はあ」
「これは私個人のスタイルみたいなものだから、気にしないで」




