第33話 慣れておかないとまずいだろう
「魔物除けの効果がないんなら、このジャージ……着なくてもいいのかなあ」
「微々たるものですが、効果がないは嘘ですけどね」
試神がジャージの袖口に鼻を近づけてみる。
埃っぽいが、それ以外に匂いはない。魔物除けの匂いなんてものはわからないが、これでは安心材料が少なすぎる。
「そのジャージの特徴として、それ自体がかなり丈夫に作られているので、頼るとしたらそちらですね。軽い防弾チョッキと思ってくだされば結構です。もちろん魔物の襲撃を受けてもジャージは無事だと思いますよ。もし噛みつかれてもその身に牙が突き刺さることはありません。顎の力で骨は砕かれるかもしれませんが」
「意味なくね?」
「衝撃すら吸収するとなると重くて動けないですよ。それよりも自分の身を守る魔法を覚えたほうが早くて楽で確実です」
「結局それに行きつくのか」
そういえば、出るときも杖を持っていくのを忘れていた。
「ロロロさんも、魔法を使って慣れて、スキルにしろって言ってたっけ」
「おや、その気があるんですか?」
「ないけどさ」
ないんですね、と苦笑いされた。
「スキル、とは行かないまでも、生活していく中で必要なくらいは覚えるつもりではいるよ。これじゃ携帯を持たないで生活しているようなもんだ」
「なくても不便くらいで生活は普通にできるっていうのが、言い得て妙ですね」
「杖持って、もう一度出かけてくるか。ジャージも、防御力アップになるなら着ていってもいいし」
「それがいいと思いますよ。多少注目されるかもしれませんが、顔を覚えてもらうまでは着たほうがいいかもしれません」
「……そういえば、魔物除けの件があって流したけど、このジャージって人目を集める魔法でもあるの?」
「ないですが、一応それは創造根底館の社員用のジャージなので」
だから?
「へー、この人あそこで働いてるんだー、程度の注目は集めると思います」
「じゃあマジでこれのせいじゃんかよ!」
「顔を覚えてもらえるんでいいじゃないですか」
「嫌だよ! もっと平凡に生きたいよ!」
「といっても、召喚者なんてばれたら真っ先に注目されますよ? 特に犯罪者さんに」
ぴたりと試神の動きが止まる。
「……なぜに犯罪者さんに注目されるんでしょうか?」
「魔法を使えない人なんて声を上げる少し大きな芋虫ですからね。魔法で拘束して簡単に攫えるじゃないですか」
ぐるぐるにす巻きにされて車に詰め込まれる自分の姿が想像できてしまう。
「転生者は見た目がこちらの人と変わらないのでよくよく注目しないとわからないかもしれませんが、召喚者は見た目から違いますからね。同じ人型をしてはいますが、存在が異質といいますか、どこか違和感があるんですよ。なのでちゃんとどこに所属しているのかアピールしておかないと、奴隷として売り飛ばされちゃうかもしれません」
そんな異球って物騒なところだったのかと唖然とする。が、地球でも似たような地域もあるので日本で暮らしていたがためのギャップなのかもしれない。
「さすがに創造根底館の社員に手を出そうとする人はいないので、下手な防御魔法よりかは安全だと思いますよ」
「……知らなかったけど、創造根底館ってそこまで大きな名前なのか?」
「魔力を精錬する場所ですからね、知名度もそうですし、逆らったらどうなるかぐらいはみんなわかってます」
強盗に間違われて魔王室送りになったことを思い出す。
流石にあれは稀な例で、いきなり死に直結することはないと思うが、それなりの罰はあるのだろう。
「一週間もすれば創造根底館に新しい人が入ったと噂も広がるでしょうし、顔も覚えられるでしょう。前も言いましたけど、召喚者はそれだけで稀有なんです。しばらくそれを着てすごせば、『ああ、あの召喚者がそうなのか』とわかるはずですよ。それに、別に邪魔ではないでしょう? 今は春が終わって夏が来る前です。気候も穏やかですし、肌寒い日はあっても暑い日はありません」
確かに羽織ったところで汗ばんだりすることはない。今日は、風が吹けば少し冷えるかなという気温なので、むしろ着ていた方が心地いいまである。
と、ちょうどそのとき休憩時間の終了を告げるチャイムがなった。二人して時計を見上げる。
「さて、休憩時間も終わりですが、試神さんは先ほどもいったとおり外に出てきてもいいですよ。むしろ財布を買うことを今日の業務としてもいいですし」
財布を買うのが仕事というのも、なんとなく情けない話である。
「できれば今日のうちにもう一回絶命洞窟を見ておきたいんだけどなあ。今日は案内だけで結局道順とか曖昧だし」
「いいと思いますが、多分ロロロさんは帰宅されてると思いますよ?」
「……え、もう?」
「午前中のうちに連絡がきましたから」
まだ就業時間内だと思ったのだが、帰っていいのだろうか。
「就業時間といってもきっちり管理しているのは私と、本社で雇われてる千差さんぐらいですよ。あとの方……というより私が管理している方はやることやっていただければそこまで拘束はしません。午後から出社しても午前に帰っても、一週間来なくても大丈夫です。タイムカードなんてのもありませんし、今日だって誰もきてませんし」
がらんとした事務所内を見渡す。昨日は単に祝日か休日なのかと思ったが、どうやら違うらしい。タイムカードに関しても押した記憶はなかった。
「試神さんのやることは絶命洞窟の見回りなので、午前中に終われば午後は自由にしていただいて構いません。なにか異変があったときにすぐに駆け付けられるようにしていてくだされば見回りも毎日する必要はありません。実際、昨日はロロロさんお休みでしたしね」
休みと言っても実際は『来客』のためタタンが来ないよう指示を出したのだが――ロロロだけではなく苦同含めて全員出社しないよう指示をしていたのだが、そのあたりは伏せておく。
「もちろん絶命洞窟を見ていただくのは構いませんし、迷ったら遠慮なくロロロさんに連絡していただいて構いません。帰ったと連絡を受けてはいますが、今はまだ業務時間内です。『迷ったからきて欲しい』と言われれば無視はできないでしょう」
「……いや、じゃあ今日はいいや」
ロロロからも連絡してもいいと言われているが、進んで迷惑をかけたいわけじゃない。実際危ない箇所もあるようなので、彼女がいない状態で歩き回るのは避けたかった。無理をして怪我をするようなことはしたくない。
「じゃあ、やっぱりもう一度行って来ようかな。一人待ってるのも退屈だし、買い物とか、こういうのも慣れておかないとまずいだろう」
立ち上がると、ポケットの中で小銭が動く音がする。
「財布と……あとは暇つぶし用の漫画でも買って来ようかな。それと夕飯もか。……そういえば、タタンは今日、ずっとここにいるんだよな?」
「ええ。出ていく予定はないですね」
もし迷ったときにのために、タタンの居場所を確認しているのかと思ったが、違った。
「三時前までには戻るつもりでいるから、なんか菓子……気分的には生クリームが食べたいから洋菓子でも買ってくるわ。甘いもんは平気だよな?」
「…………ええ」
軽く、笑う。ようがし、というものがなんなのかわからなかったが、生クリームはわかるので言わんとしていることは理解できた。
「ではコーヒーではなく紅茶を用意して、お待ちしています」
「りょーかい」
タタンは一回、大きく伸びをして、パソコンに向きあう。
すぐ仕事モードに入ったタタンを関心した顔で見ると、試神もすぐに事務所を出た。
二回目のラックジップは、視線を感じたものの、その理由がわかったせいか、それなりに居心地がよかったような気がした。
―― 第三章 完 ――




