第32話 恒常開拓地 ラックジップ
恒常開拓地 ラックジップ。
創造根底館を出てまっすぐおりたところにあるその場所は、関わり禁止地区をぐるりと取り囲むように作られているらしい。
『町』と呼べるほど立派なものではないという理由で『地』となっているが、試神の見た感じは町や村と呼んで差し支えないように思えた。
率直な感想は、駅前の商店街。
『ここより ラックジップ』なんてものがあるわけでもなく、創造根底館を出て道なりに進んでいくとある場所を境にいきなり森が終わり、そこから商店が立ち並んでいた。私有地ギリギリまで見極めて店を建てたかのように、きっちりと区分けされている。
ありがたいのはドラッグストアであったり飲食店であったりと地球にいたときとあまり変わらない光景が広がっていることだった。ただ、商業ビルのような背の高い建物はなく、あっても3階程度の低いもので、車もあまり見かけない。
二輪車も数は少なく、馬車なんてものは無縁のようだった。
車社会ではないせいかラックジップも舗装路ではなく土を固めているだけであり、道幅も狭い。車が並んで通るのは難しそうなほどだ。
少し気になる点があるとすれば、周りに黒髪があまりいないということだろう。金や白、または漫画でしかないような鮮やかな色の髪の人がいるが、顔の形が東洋顔ということもあり、見慣れないといえば見慣れない。休み明けに友人がいきなり金髪に染めてきたような、妙な似合わなさを感じる。
お昼休みということもあってなのか、人はそれなりに多い。狭い道ということもあり余計にそれを感じた。これで車が来なければ車道まで広がれるのにと思うのだが、それをできるほど車の往来がないわけではない。
(……というか、これで車が双方から来たらどうすんだろうか)
と試神が思っていると、ちょうどその瞬間を見ることができた。
試神の目の前で車が正面から来て、そして後ろからも来た。すれ違うほど道幅もなく、避けれるようなスペースもない。
どちらかがバックするのだろうかと思ったとき、前から走ってきた車のウインカーが付いた。しかし、左右どちらかではなく、左右両方が点滅している。ハザードランプかと思ったが、色が違う。そして、光っているランプは、上半分だけだった。
後方から来る車も左右両方ウインカーが点滅し、こちらは下半分だけ点滅する。
両者ともに減速したと思ったら、上半分だけ点滅した車が、浮いた。
車一台半ほど、坂を上るように滑らかに上昇すると、その下を車が抜け、また坂を下るようにまた地に戻っていく。
「なるほど、上下で道を分けるから道幅も狭くていいわけだ」
妙に納得したが同時に。
「最初から飛んでいけばいいのに」
と思わなくもない。
そのあたりは異球の交通ルールがわからないので疑問でしかないのだが、経験上、それを訊いても納得した答えは返ってこない気がする。
タタンに訊いても『そんなもんだから』『いつの間にかそうなっていた』と言われるのがオチだろう。
そもそも移動魔法という便利なものがあるのに車という移動手段が必要かということにもなるが。
「そこは人の好みだろうなあ。地球でも紙の本があるのに電子書籍を買ったりもするし」
地球と同じ見慣れた風景の中に、こういう見慣れないものが含まれるのは面白い。もう少し見て回りたい気持ちもあるが……。
「……なんか、妙に視線を集めているような……?」
ラックジップに入ったときから、盗み見られているように感じる。
気にしすぎと言えばそれまでなのかもしれないし、自分が召喚者であると意識しているせいでそう感じるだけなのかもしれないが、背中にぞわぞわしたものを感じて落ち着かない。
「………………」
Φ
「それで結局、コンビニでサンドイッチを買ってそそくさと逃げ帰って来たんですね」
「言い方」
その通りなので訂正のしようがないが、もう少し配慮をしてほしい。
「これを買うのだってかなり頑張ったんだぞ。正直自販機で飲み物だけ買ってこようかと思ったぐらいだ」
戦利品のパンを頬張る。卵とハムのサンドイッチは味も地球のものと変わらなかった。価格も大体同じくらいで、ざっと店内を見た限り、物価も地球のものと同じくらいだった。金銭感覚がおかしくなるということはなさそうだ。
「まあ、なんにせよ普通に買い物ができてよかったです。私は地球のことは聞いてしかいないので、細かい箇所まではわかりませんから」
「同じだよ、怖いくらいに」
試神がサンドイッチを購入しようと思い立った店も、店内がなんとなくコンビニに近かったからだった。そしてタタンの言う通り、異球でもコンビニなのだろう。ただ、店名は地球のものではなく、違った名前だった。
「これは多分俺の想像だけど、店名とか地名とか、そういう名前みたいなものは違ってあとは同じなんだと思う。卵とかハムとか固有名詞は共通だったし」
「店名を決めるにはいろいろと背景がありますから、それで違うんでしょうかね」
「そうなるとサンドイッチも違ってそうなんだけどなあ。確か人の名前が由来なんだろ? 過去に同じ人が同じ理由で同じ料理を作るなんて、偶然で片づけるにはあまりに怖いぞ? まあ、卵とかも過去に誰かがそう呼び名を付けたんだろうけど……」
「長い歴史を持つものは、いつの間にか呼び名がそろっていくのかもしれませんね」
地球と異球でそれぞれ別の名前で生まれたとしても、隣り合わせで進んでいくうちにお互いの名前が混ざり、もしくは吸収し、統一されていく。
「そのあたりは想像なのでわかりませんが」
「俺的には、知ってる名前が多くてありがたいけどな」
サンドイッチを食べ終え、ゴミを捨てる。お昼休みも終わろうかという時間で、タタンは試神が戻ったときにはすでに食べ終えていた。
「財布買ってないから、ポケットの中が小銭でいっぱいだ」
「もう一回行って買ってきたらどうです? そろそろお昼休みも終わるので、人も消えますよ。無人にはなりませんが、それでもだいぶマシになるでしょう」
「うーん……でもなあ」
見られていた、という感触が首の後ろに残って消えない。
思えば、コンビニでサンドイッチを買ったときも変な空気になっていた。
妙な緊張感、と言えばいいのだろうか。
「やっぱ高校生が昼間から出歩くのは目を引くのかなあ。それか黒髪か? 東洋顔だから外国人っぽくはないはずんだけど」
「注目されるのが嫌でしたら、そのジャージを脱いでいけばいいですよ」
ジャージ?
「まあ魔物除けもなくなりますが、最初からお守り程度の効力しかないので問題ないと思います」
「ちょっと待て! これそんなもんなのか!」
「虫よけスプレー程度にはきくんじゃないですか?」
そんなもんと同等なのかこれ。
「よかった……魔物に出くわさなくて」
「……本当に魔物が不安だったんですね。てっきり外に出たくない理由のひとつに、それこそ冗談程度に口にしているのかと思いましたよ」
そりゃあな、とタタンをにらむ。
「異形のものとばったり出くわしたら、それは怖いだろう。話が通じるかわからんし」
「ちなみにもし魔物を見つけたら写真を撮ってきてくださいよ。資料では見たことあるんですがそれも数例で、しかも最近のものじゃないんですよね。ほんとにいるか疑問だったんです」
「……そんなに貴重なの?」
「もっと外れのほうなら目撃例もありますがね。関わり禁止地区の中に隠れているとは噂されていますが、捕獲した人がいるわけじゃありませんし確証はないんですよ。そもそもこの森にそこまで食べ物があるとは思えませんし、住める場所なんてもっと少ないですからね。人目を長期間避けれる場所なんてないんじゃないですか?」
「洞穴とか、地面を掘って隠れてるんじゃないのか?」
「関わり禁止地区内で地面を掘る人がいれば、すぐにわかりますよ。絶命洞窟に突き当たったりしたら困りますからね」
なるほど。
同様の理由で洞穴のようなものもないらしい。そこが崩れて絶命洞窟内に通じてしまえば、魔力が外に逃げてしまうからだ。
「最初から言っている通り、こんな町中には出ないんじゃないですか?」
嘘を言っているようには見えない。とすれば出会うの自体稀なことなのだろう。




