第30話 ちゃんと殺せそうですか?
それから。
試神が休憩室を出てから。
休憩室で一人残ったロロロは少しパソコンを操作し、それから、動きを止めた。
呼吸さえ最小限に、できるだけ音を立てず。
無音状態のまま、ゆっくり10数える。
音もなく、気配もないことを確認し、それからさらに10秒数えたあと、パソコン内の通話アプリを操作した。
呼び出し音が2回鳴ったあと、彼は出た。
「終わりましたか?」
もしもし、などもなくいきなり切り出す。電話に出るまでの早さといい、まるで通話ボタンに手をかけて待っていたようだった。
「さっき休憩室を出た。さすがにあのクリーンルームを通るから、そっちに着くのはすぐじゃないけどね。ちょうどお昼だと思う」
「そうですね、位置的にもそうだと思います」
確認していたのか。抜かりない。
一呼吸。
両者とも、不自然な間ができてから。
「で、どうでした?」と彼が聞いた。
不思議なことに、彼からなんの感情も読み取れなかった。
疑問なのか、確認なのか。
心配なのか楽しいのか。
全くわからない。
ロロロがさらに一呼吸おいて。
「問題なし、とあたしは思う」
彼女からしてみれば意を決しての発言だったのだが。
やっぱり電話の向こうにいる、タタンの感情は、いっさいわからなかった。
「メールで指示があった通り、今日はマシュマロには行かないで絶命洞窟の案内だけした。明日行くって言ったら、なにも言わずに引き返してくれたよ。少しだけ後ろ髪を引かれたように立ち止まったけど、あたしから言わせれば全然許容範囲内」
タタンはなにも言わない。
「ロボットの背中を開けて魔石も見せたけど、そっちも普通……常識の範囲内の反応しか見せなかった。少年らしく、初めて見る不思議なものにちょっと興奮する程度」
タタンはなにも言わない。
「細工なんてまったくしてないから天然の、形も大小ばらばらの魔石があったけどさ。手に取ったのは足の小指程度の大きさのもの。欠片ひとつでどの程度魔法が使えるのかって質問もなし」
タタンはなにも言わない。
「最初は、あたしに遠慮して質問しないのかって思ってた。当たり前のことに対して質問するのを嫌う人とか、そもそも質問することが苦手の人なのかと思ってたけど、多分違う。あれは、そこまでの考えに至ってない」
タタンはなにも言わない。
「魔石を使って魔法を使うって発想にいたってない。もちろんわかっているんだろうけど、理解してない。文字は使えるし便利なものだと知っているけど、それを使って会話をしたり言葉にしたりはしないような……。言っちゃえば、ものすごく……変な感じ」
タタンはなにも言わない。
「それとなく魔力があふれてるとかって言ったけど、それもあんまり気にしてない。杖は魔力を貯めるだけだから、魔力が満ち溢れている絶命洞窟では杖なしでもそれなりの魔法を使うことができる。そう明言はしてないけど、それに近しいことは言った。魔力が無限に供給されるとか、魔法が思った以上に強力になるとかね。で、そのときの彼の反応は、真っ先に魔法を使うわけではなく『それは危ないなあ』って危険のほうを口にしてた」
タタンはなにも言わない。
「杖をおいてきたってこともあたしからすると驚きなんだけどさ。異世界人だったら杖って興味の塊だと思うんだよね。でも、彼は違う。杖は杖。道具であり、特にそれ以上注目する箇所はなし。割り切ってるとか、そう装ってるとかそういうんじゃない。魔法自体に興味を持ってないんだと思う」
タタンはなにも言わない。
「だからあたしの評価は問題なし。魔石を悪用する危険も、利用する危険も、使用する危険もなし。たんたんと業務をこなすだけと思うよ」
「ちゃんと殺せそうですか?」
と。
タタンがようやく口を開いた。
「もし魔石を使ってなにかよからぬことをしでかそうとしたら、ちゃんと殺せそうですか?」
「……………………」
「私が気にするのは、主にそこですよ。……いえ、現状、そこだけしか気にしていませんよ」
「……そこまで……殺すまでする必要あるのかね」
「なに言ってるんですか」
子どもを諭すように、タタンがゆっくりと息をはく。
「ロロロさんに初めての後輩ができて……まあ、まだ確定ではないですが、教える相手ができたことに対して、私も嬉しく思います。ですが、それとこれは話が別です。ロロロさんもよくご存じの通り、ここは創造根底館です。そういった対象は、処分しないと」
「まだ18の子どもでも?」
「もちろん」
「興味本位で本気じゃないとしても?」
「もちろん」
「まだ魔法に慣れていなくても?」
「もちろん」
「どの程度の魔法かわからないにしても?」
「もちろん」
「魔法が使えない地球人だとしても?」
「もちろん」
「それがたとえ、所長の友達だとしても?」
「もちろん」
返答は早かった。
「あまりよくわからないのですが、友達であれ仲間であれ親であれ、なぜ殺さないという選択肢がでるのでしょうか? 必要であれば私の命を救ってくれた恩人だとしても、例外なく問題なく躊躇なく忖度なく差別なく区別なく判別なく斟酌なく勘案なく同情なく事情なく考慮なく逡巡なく辟易なく優柔なく因循なく思慮なく遅疑なく狼狽なく当惑なく困惑なく感想なく疑問なく混迷なく混乱なく交渉なく問答なく分別なく悔恨なく憐憫なく遠慮なく選別なく加減なく抵抗なく感情なく関係なく殺しますよ」
淀みない答えだった。あまりにあっさりしすぎて、ゲーム内のことを話しているようにさえ聞こえる。
「……わかったよ。いや、大丈夫。ちゃんとわかってるよ。あの異世界人くんが絶命洞窟勤務という立場を利用してなにかよからぬことをしようとした場合、それを止めるのは、あたしの役目だ」
「ありがとうございます。……ああ、でも」
「なに?」
「もし試神さんに情が移って、ロロロさんが殺せないようなら連絡をください。私が殺します」
「…………」
「そこでロロロさんの心が壊れてしまうのが、一番の損害ですからね」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
タタンが通話を終えた。
背もたれに体を預けると、ぎしっと軽い音をたてた。
「……やっぱりそうなるよねえ」
情けを期待したわけじゃなかった。
ただ、少し、ほんの少し。
考えるまでかな、と思っただけだった。
殺すしかないとしても。
ちょっと、葛藤が見えるかと思った。
「所長はやっぱり、どこまでも所長です」
冷蔵庫からお茶を取り出す。喉を潤し、息をはく。
「一番の損害なんて、白々しい」
一見すると部下を心配する上司のようだが、そんなわけないことくらい、ロロロもわかっている。
まだ長いとはいえないが、あれをみて察するところはある。
「もしあたしが魔石を悪用しようとしても、特に躊躇なく殺すんでしょ、あんた」
まるで聞いていることを前提としているように、つぶやく。当然答えはない。
「あたしだけじゃない、苦同くんも、ほかのみんなも。それに、多分……所長自身だって」
必要となくなれば、躊躇いなく切り捨てる。
切り捨てることができる。
だから、創造根底館の所長なんてものが勤まるのだ。
「異世界人くん、キミがここにきたのは、果たして幸運だったのかね?」
――案外、昨日死んどいたほうが楽だったかもしんないよ?




