第29話 マシュマロ
「さて、今日はこのくらいかな」
「え?」
突然、ロロロが立ち止まる。
試神も数歩進んで、それから振り返った。
「この先、行き止まりなんですか?」
「違う。むしろここからが絶命洞窟の心臓部でもある」
「じゃあ」
それは明日、とロロロが言った。
「今日は下見だし、時間もいいころでしょ。これから戻る時間を考えるとちょうどお昼になるし」
試神はポケットに手を入れ携帯を取り出す。見慣れない携帯に一瞬驚くも、そういえば支給されていたんだったと思い出す。
「魔法で戻ればすぐだけど、今日は歩いて帰りましょ。場所を覚える意味でも」
そう言われても、正直あまり洞窟内を覚えていないのであまり意味がないように思える。
地図はないし、特に目印もないのでどのあたりにいるのかわからないのだ。迷路みたいに入り組んだ道は無かったが、脇道はいくつかあった気がする。一番太いのはこの道で間違いないのだが、次一人で来いと言われてもおそらく不可能だ。
「大丈夫、そんな不安な顔しないで。あたしだって道全部覚えてるかって言われると怪しいし」
「遭難したら昼夜問わず連絡してもいいですか?」
「いいけど」
いいのか。
「でも、位置情報がわかるのは所長だからそっちのほうがいいかも。ほら、その渡した携帯でどこにいるかわかるじゃない? だから迷ったって言われても、結局あたしも所長に連絡することになるんだよね。異世界人くんがどこにいるのか口で説明できれば移動魔法で迎えにいくけど」
「それがわからないから遭難するんですけどね」
あなたはどこにいますか?
それがわかればあなたに訊いていない。
そんなやり取りが頭に浮かぶ。
「明日行くからわかると思うけど、絶命洞窟って広いけど単純なつくりをしてて、結局最後はこの奥の『マシュマロ』にたどり着くようになってるんだよね」
また聞きなれない――いや、この場にそぐわない単語がでて来て首を傾ける。
「マシュマロ。もちろん食べ物のことじゃないよ。正式名良は長ったらしくてあたしも忘れたけど、漢字で書くと『魔主魔炉』。要は精錬工場ってことね」
そういえば何度も遭遇しているロボットも試神を追い抜いて通路の先に消えていっていた。
逆に、向かいからくるロボットはいないので、ここはロボットたちの帰路に値する通路なのかもしれない。
「迷ったらとりあえずどんどん進んでいけばいずれはマシュマロに出ると思う。逆の方向に進めば今度は休憩室に続くドアに出るし、歩けばそのうちどっちかから出られるよ」
「迷子の逆ですね」
「マシュマロに出ればもっと簡単で、休憩室まで道一本だから迷うことはないね」
「……じゃあ、最初にそのマシュマロを見せてくれてもよかったのでは?」
それじゃ面白くないでしょ、とロロロが振り返り、試神も後を追いかける。少し先行で見たい気もするが、ここで置いていかれてもたまらない。
「それにマシュマロからは来れても休憩室からはいけないようになってるの。強盗さんが押しかけてきたときショートカットされないようにね。もちろん魔法で封じてるだけだから、それよりも高度な魔法を使えばショートカットできちゃうけど、まあ難しいだろうね」
なんせ所長がかけた魔法だし。ロロロが顎に手を当てる。
「あたしも何回か挑戦してみたんだけど、できないんだよね」
「ロロロさんで無理なら俺も無理ですね」
「わからないよ、なんせ才能があるみたいだし」
「はあ……」
その才能は、嬉しいのだろうか。
Φ
休憩室に戻ると、小休憩をはさむことになった。
舗装されていない道を歩くのは思ったより体力を消費したようで、椅子に座った途端思わずため息が出てきてしまう。ロロロが冷蔵庫からペットボトルのお茶を出してくれたのでそれを飲む。味も見た目も地球のものと同じで、特に拒否感などはない。半分ほど一気に飲み干した。
時間にして2、3時間ほどだが、すでに足の裏に痛みが出だしている試神に対し、これが通常であろうロロロは休むことなくパソコンに向かっている。
「あたしは少しここで作業していくから、異世界人くんは先に戻ってていいよ」
「わかりました。……で、ロロロさん」
「なに?」
「質問なんですが、結局、俺は絶命洞窟でなにをしたらいいんですか?」
まだ初日だからかもしれないし、仮雇用だからかもしれないが、今日はただ見学しただけで仕事についてなにも言われていない。もしマシュマロ内での仕事だとしたら、あらかじめ聞いておきたかった。
「マシュマロ内に立ち入ることはないよ。あったとしたら設備が壊れたときとかだけど……。正直その場合、あたし達じゃ手に負えないから専門の人にやってもらったほうがいい。下手に弄ってさらに壊すことだってあるだろうし」
「じゃあ……」
「一番大きいのは見回り。見回りロボットくんが絶命洞窟を巡回しつつ魔石を集めてくれてるけど、魔法で制御しているけど、それでも完全じゃない。ロボット自体が壊れちゃったりなにか不具合がでることもある。それを見つけるのが仕事のひとつ。あとはさっきちょっと話したけど、この洞窟、まだ広がってるんだよね」
拡張工事のことか、と試神は頷く。
「探知魔法で魔石を見つけて、それをめがけて掘り進んでいくんだけどーー発見も採掘も全部ロボットがやってくれるんだけど、掘っていいよって許可を出すのって結局人なんだよね」
さすがにこればっかりはね、とロロロが短く笑う。
「拳程度の細い道なら許可とかいらないんだけど、魔石の反応が大量にあったらそれなりに太い道を掘らないとだめじゃない? そのときにロボットが教えてくれた場所にいって確認して、『所長、ここを○○mほどまっすぐ掘りたいんですけどいいっすか?』て許可をもらうのがあたし達にしか出来ない重要な仕事」
やってることは簡単そうではあるが、ここに入って来られる人が限られている。そう考えると大事なことなのだろう。
「そして魔石を採掘し終わったら経過観察して、これ魔石が出ないようなら埋めていくよう指示を出す」
「掘ったのにわざわざ埋めるんですか?」
「魔石って土の中から生えてくるから、埋めないと次が出ないんだよね。なんでかしらないけどさ。そうじゃなかったら、この山一体切り崩しちゃうよ」
今ある太い通路は、もちろんマシュマロに続くための主要路であることは確かなのだが、魔石の発見率がいいから残している面もあるのだという。巡回途中で顔を出している魔石を見つけるので、都合がいいから埋められないのだ。
「基本はそれが仕事かな。あたしたちで判断して仕事するってよりかは異常が在り次第所長に報告するって内容だから、楽は楽かもしれないけど」
「十分ですよ」
先に戻ります、と試神が席を立つ。さすがにここから魔王室、それに事務所までは迷う道もない。また明日お願いしますと頭を下げて、休憩室を出た。




