第26話 渡したいものがあるみたいよ
パソコンの画面を見つめながら、ロロロが話し出す。
「ちょうど今、所長に異世界人くんの作業着について訊いてたところ。すぐには無理だけど、来週あたりには来るかもってメールでは言ってるね」
「作業着って、ロロロさんが来てるようなのですか?」
違う違う、と笑いながら手を振った。
そこで、まだロロロがあの分厚い防護手袋をしたままなことに気がついた。キーボードもマウスも操作していたというのに、外していなかったらしい。
通常の何倍も太い指で、文字が打てるのだろうか。キーボード自体は普通のようだし……。
「そんなに見られても、これはあたしの私服よん?」と視線に気がついたロロロが笑う。
「作業着はツナギみたいな上下一体型の服。写真があればいいんだけど、ここにはなくてね。…………ん?」
ロロロの首がパソコンに近づく。
「異世界人くん、キミに渡したいものがあるみたいよ」
「渡したいもの? ツナギ……じゃないですもんね。誰からですか?」
「所長」
その言葉のあと、ロロロが作業している机の上に携帯がひとつ、現れた。なにもないところからいきなり、音もなく。
ロロロはそれをやっぱり手袋をしたままで持つと、試神に向けて差し出してきた。
落とすようにして、それを受け取る。
「異世界くん、携帯もパソコンもなくて連絡取れないだろうから、しばらくはこれを使ってって」
地球でも見慣れたタイプの携帯だった。そのため、操作方法もなんとなくわかる。すでに電源が入っているようで、脇にあったボタンを軽く押すとパスワードもなしにホーム画面が現れた。
入っているアプリは少なく、必要最低限のものしかない。アイコンは地球のものと多少異なっているものの、アプリ名で大体なんなのか把握するのは簡単だった。
特に『電話』は同じ名前なのがありがたい。試しに押してみると、見慣れたプッシュボタンの画面が出てきた。
「これ、ロロロさんの番号とかって入ってるんですか?」
「うん、電話帳見てみ」
なるほど、確かに電話帳にいくつか名前が入っている。ロロロのほかにタタン、それに苦同の名前もあった。ほかには創造根底館の名前もあるので、かければ朝みたいに誰かの電話がなるのだろうか。
「ここで働いてる人の携帯はみんな乗っているはず。といっても、プライベートじゃなくて業務用だけどね」
「業務用の……携帯?」
「それを持ってるのは所長と苦同くんだけかなあ。あとは支給されてないから、携帯じゃなくてみんな通話アプリのほうにつながる。アプリは事務所のパソコンに入ってるから、業務外はつながらないけどね。みんな就業時間以外はパソコン開かないし、もし開いていたとしても出ないと思うし」
試しにかけてみ、とロロロが言って、試神が電話をかける。
呼び出し音が数回なったあと、パソコンから音が聞こえて、ロロロが通話ボタンを押した。
『ね?』
多少ラグはあるものの、目の前と携帯の両方から声が聞こえたのを確認し、試神は通話を切った。
「自分のを持つまではそれを持っておいてって。緊急時とか所長に連絡したいときとか困るでしょ」
試神が携帯をポケットに入れると同時、ロロロが席を立つ。
「メールチェック終わり。待たせてごめんね」
首を振る。実際はこちらが話しかけてばかりで邪魔をかけたほうだ。
「じゃあとりあえず絶命洞窟を見て回ろうか」
Φ
扉の先は高所だった。
いや、場所的に言えば最初にロロロと会った事務所と同じ階なので試神がいる高さは変わっていないはずだが、扉を開けた途端、高所ビルの屋上に移動したのかと思ったほどだった。
扉の先をボーリングでまっすぐ縦に掘り進んだような、円柱にくりぬかれた空間。
さすがにアシタガタリが入るほど太くはなかったが、サッカーグラウンドぐらいだったら一面収まってしまいそうなほどの空間に、吊り橋のようは通路が一本、渡っている。
建設途中の足場のような細く頼りない通路。その脇も寄りかかるどころか触れた持っただけで曲がってしまいそうな手すりがあるだけで、転落防止用のネットがあるわけでもない。しかも手すりは『干』の字のように上部と中心に1本ずつあるだけ。しゃがみでもしたら、頭が完全に手すりの下にきてしまう。うっかり転びでもしたらそのまま転落してしまいそうだった。
もし落ちたら――。
その下は、足場の下は、見えなかった。
光源がないのか真っ暗の闇が広がっているだけで、どこまであるのかわからない。もちろん下にクッションなんてものあるわけないだろう。
「……閉所が苦手かどうか、きいてませんでしたっけ?」
「広いのはここだけだよ、あとは基本的に狭い。……ああ、もしかして高いとこ苦手だった?」
「いえ、大丈夫です。大丈夫ですが……足を滑らせたらと思うと少し怖いですね」
「落ちたら魔法を使って飛んで、とかになるんだけど」
杖ないもんね、と訊かれ、頷く。そもそもこの世界での浮かぶ魔法なぞ知らないので、もしあってもできるどうかは怪しいが。
「杖の予備とか置いておいたほうがいいかなあ」
「そこまでしなくていいですよ。落ちないよう気を付けるんで」
「もし落ちたら声を出してね。聞こえたら助けるから」
「…………全力で叫びます」
もしもの時用に防犯ブザーでも持っとくべきだろうか。
……落ちたときに鳴らせるほど冷静であるかは別として。
扉からまっすぐ、円筒の空間を横切っていく。
ロロロは慣れたものでスタスタと先に行ってしまうのだが、試神は足が思うように出て来ずついていくのに必死だった。見かけは吊り橋のようなのに、全く揺れない。支えらしきものもないのに、である。
もちろんその答えは『魔法で補強しているから』なのであろうが、それはそれで恐怖しかない。まだ試神自身、そこまで魔法を信用してないからだ。
(……命綱のハーネスとか、付けられないのかな?)
今まで下だけ見ていたので気が付かなかったが、天井はちゃんと視認することはできた。それでも10m以上はあるので、触れようと思って触れる位置にないのは確かではあるのだが。
土がむき出しになっている天井はドーム型になっており、舗装や骨組みでの補強はまったく見られない。レールなんてものももちろんないので、ハーネスをつけるのは難しそうだった。そもそも、そんなものを取り付けようとすれば土に差すよりほかなく、粘土質でもない壁はそれだけでボロボロと崩れてきてしまいそうだ。気が付いた今でさえ、なにかの拍子にポロっと土の塊が落ちてくるのではと不安になってくる。
(……塊?)
そういえば。
改めて絶命洞窟内を見渡して、思った。
――ここ、舗装とか全くしてないんだ。
天井も、下まで伸びるトンネルも、改めてみれば土がむき出しのままになっている。
休憩所に通じる扉の周りだけはコンクリートで固められていたが、それ以外はなにもない。
土が土のまま出ているだけである。




