第25話 アプリじゃないんだから
「まあ、話を戻すけどさ。杖はもっといたほうがいいよ。なにがあるかわからないし、移動魔法とかあると便利だし」
確かに、瞬間移動の魔法は地球にいたときから使いたい魔法だった。何度あればいいのにと思ったことか。
「そう言った魔法はいつごろ使えるようになるんでしょうね? 魔力を扱う練度を上げていけば、使えるようになるんでしょうか」
「練度って言い方は難しいけど、ある程度のことは教科書に書いてあるからそれを参考にすればできると思う。最初はノートとか小物から始めて、机から机に移動させるの。そこから、最後に自分を移動させるようになってく感じ」
いきなりできるようになるのではなく、徐々に大きく、遠くしていく感じらしい。想像していたのと少し違っていた。
「『移動魔法』っていうパッケージ化されたものがあるわけじゃないんですね」
「アプリじゃないんだから」ロロロが笑う。「携帯みたいに、それと詰めた専用の魔法があって、それを選択すれば使用できるようなもんじゃないよ。魔法は技術だから、少しずつ違うのさ」
「……………………」
「納得できない?」
「え?」
「眉間に深い皴が寄ってる」
指摘され、自分が眉根を寄せているのに気が付いた。すいませんと思わず謝る。
「別にいいって、怒ってないし。こういう話ができるのは、異世界人くんだからこそで楽しいし」
「……魔法は『誰もが平等に共通に使える技術』と思っていたので、少し面食らっただけです」
「間違ってはないけどね。魔法は誰でも使える。でも、もちろん個人差もある。さっきの話だけど、走ることはできるけど、100mを何秒で走れるかはその人個人で決まる」
試神にとっての魔法とは老若男女問わず『魔法を使った誰もが100mを3秒で駆け抜けることができるようにする技術』であった。
なので認識が少し異なるのだけれど、異球でそれを議論するつもりはない。郷に入っては郷に従えだ。
「呼吸同様、魔力はそこら辺に溢れてタダ同然なんだから、ガンガン使っちゃいな」
そういえば、杖はどこに置いたっけ、と考える。ベッドの下に落ちているのだろうか。持って帰ってきたところまでは覚えているのだが……。
「固有魔法はなににしようね」
「え?」
杖のことを思い出していたので聞き逃してしまった。スキルのことだよ、とロロロが繰り返す。
「今から考えると魔法を使うのが楽しくなるかもよ? まあ言っちゃえばさっきのパッケージ化とかアプリの話になるんだけどさ。要は自分で専用の魔法を作るの。それがスキルとか、固有魔法って呼ばれてる」
「……自分で作れるんですか?」
「そりゃあね、ある程度の技術の極みがスキルだからそう簡単に生まれるもんじゃないけど、ある日いきなりポンと発現するもんものでもないよん」
ロロロが人差し指を立てる。
「魔法を使ってたらだんだん形になって、『これかな?』ってもので固まるの。そこからさらに煮詰めてって、自分にしかできないってところになったら名前を付ける」
「それが完成ですか?」
「完成でありスタートラインだね。似たようなものは他人がもう持ってるかもしれないから、さらにオリジナルを極めていく。そういう意味じゃ、あたしはもうできた瞬間にオンリーワンだったわけだけど」
「それはそれですごいですよ」
「そう?」
試神が深く頷いた。
「そのスキルだって、ロロロさんが練習して練習してできたものでしょう? そうやって自分のものにしていくのに、少し……憧れがあります」
ロロロが押し黙り、それから照れたように笑った。
「固有魔法、できたら教えてね、見たい」
「そこまでいけたらいいですね」
まだ炎を出したぐらいで極められたらの話をされても困る。そもそもどこまでが極めるなのかわからないうえに、どのくらいの段階があるのかわからないのだ。
Φ
四つ目のクリーンルームを抜け、ようやく魔王室に入る。
前をスタスタと歩くロロロを追おうとしたが、目の前に聳え立つ巨大なガラス管に、思わず足を止めてしまった。
やはり間近で見るアシタガタリは圧巻だった。ここに来るまでに自分に最小化の魔法をかけられたのかと思うほど。
恐怖とも畏怖とも取れる感情が試神の胸の中を駆け巡る。癒されるわけではないのに、いつまでも見ていたくなってしまう。
だが。
これを見向きもしないで通り過ぎるロロロを見ると、いずれ慣れてしまうのかと思い、少し寂しくなる。
「ここって」
「ん?」
試神がつぶやくと、ロロロは足を止めた。
「事務所から離れてるって言ってましたけど、どのあたりにあるんでしょう?」
「あー、それは企業秘密だから言えないんだよね」
企業秘密?
「ここを通るときも結構魔法使っててさ、自分の位置がわからなくなるっていうの? 時間の感覚が曖昧になる魔法がかかってて、事務所からどの方向に何歩歩いたらここにたどり着くとかわからないようになってんだ」
「なんのために?」
「悪用されないため」
ロロロがアシタガタリを見上げた。
「誰もが簡単にここにこれちゃったら、魔力が盗み放題になっちゃうでしょ。移動魔法の先をここにされるだけでも大変だよ、人殺しの道具になっちゃう」
「それは……なるほど」
ロロロが歩き始める。タタンを模した人形を通り抜け、アシタガタリの裏に回った。充満する煙でわからなかったが、隠すようにして扉があった。
なんの表示もない扉のドアノブをひねる。
扉の向こうは休憩所のような部屋があった。試神がもらったゲストルームより少し広いくらいで、パソコンが置かれた机がひとつと、テーブルと椅子が1セットずつ。あとは棚に荷物と機材があるだけのシンプルな部屋だった。
正直、扉の向こうはその絶命洞窟とやらが広がっていると思っていたので驚いてしまった。
「あたしだけしか使ってこなかったから全部一個ずつしかないけど、異世界人くんも使うようになったら二つずつにしていこうね」
「ありがとうございます」
そこから少しの間、メールの確認などをロロロが行い、試神は折り畳み椅子に座ってそれを待っていた。
待っている間、することもないので部屋を観察する。といっても見るものはほとんどない。新たな発見といえば部屋の奥に扉があることと、それとは別に部屋らしきものがあるくらいだった。
部屋と部屋の間に戸はなく、仕切りもない。試神が立ち上がり、その部屋を見てもなにも言われなかったので、入ってみる。
そこはキッチンだった。シンクと冷蔵庫、それに電子レンジがある。また、冷蔵庫の奥にも部屋があり、そこにはユニットバスがあった。さすがに冷蔵庫をあける趣味はないのでロロロがいた部屋に戻ると、彼女と目が合った。
「ここは事務作業場兼休憩室なんだ。あたしは休憩室って呼んでる。そこにあった冷蔵庫も電子レンジも好きに使ってもらって構わないよ。支給品だし、あたしに許可をとる必要もないから。トイレもシャワーも使っていいけど、鍵はちゃんとかけてね」
「トイレはまだしも、シャワーはさすがに」
「ところがどっこい」
ロロロが膝のあたりをさする。
「これから行く場所は洞窟だから、転んだりしたら泥だらけよ? それに、まだいいかもしれないけど絶命洞窟の空調はあまりいいとは言えないから夏場は結構暑い。実作業はあまりないけど、あった日は汗だくになることもあるんだから」
思わず自分の服装を確認してしまう。
学生服なのでそう簡単に穴などは開かないはずだが、泥汚れは想定していない。そうなると、今の自分の服装はあまり適していないなと思う。
ワイシャツにスラックスでは動きにくいし、なによりあまり汚したくない。特にワイシャツは汚れが目立ちそうだ。




