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第23話 職場にかかってくる電話でよかったことなんて、私はありませんけど

「いい機会だから俺っちの固有魔法も紹介しますよ」と苦同が言った。

「俺っちの固有魔法は<空気感染>。といってもウイルスを撒くとかそういうもんじゃなくて、他人の感情を空気を通じて感じ取る魔法っす」

「あ、それはなんだか魔法っぽい」

 ししし、と苦同が笑う。

「ミロちゃんの話をきいてなんとなく納得してないっぽかったすもんね」

 そんなわけじゃ、と弁明するも、そんな魔法を持っている人の前では無駄なことだろうし、ばっちり口に出してしまっている。素直にロロロに頭を下げた。

「いいよいいよ、魔法っぽくないのは事実だし」

「……すいません」

「試神くん、ミロちゃんはほんとに怒ってないっすよ。俺っちの魔法が保証するっす」

 こそっと耳打ちされる。なんとなくだが、彼に嘘をついている様子はなかった。


「ちなみに、俺っちの固有魔法は感情を温度で感じ取るっす」

「温度?」

「怒ってたら火傷するくらい熱くなったり、落ち込んでたら冷たくなったり。いい気分だったらぽかぽかしたり、誰かの琴線に触れたら体に電撃が走ったりするっす」

 今は室温と同じなので、みんなの感情はおだやかっす、とのことらしい。


「そんな魔法だから営業とかに回されるんすけどね。感情を読む魔法だとガチガチに警戒されて交渉どころじゃないっすけど、なんとなく感じるくらいなんで向こうもそれなりに話をきいてくれるんすよ」

 なるほど、と相槌を打つ。そういう意味じゃわずかでも温度変化があれば感情に変化ありとわかるので、感情読む魔法より状況判断が早いのかもしれない。

「固有魔法っていろんなものがあるんですね」

「人の数だけあるっすよ。みんなそれぞれ違うものを持っているっす。『固有』魔法っすからね」


「あれ? じゃあ、タタンの固有魔法って」

 そこまで言ったとき、電話が鳴った。

 後ろの席の、島になっているデスクの一つの電話が光っている。

「……あれ、俺っちの電話っすね」苦同が乾いた笑いを浮かべ、言った。

 タタンが、そうですねと同意し、「ちなみにあの電話の向こうの感情は?」と訊く。


「……バチバチに燃え盛ってるんで、おそらくクレームっすね。むしろクレーム以外でここまで熱をもつ感情があれば教えてほしいくらいっす」

「すごい、電話越しなのにそんなことまでわかるんですか」

 思わず拍手を送りたくなる試神の隣で苦同の額に汗が滲みだす。魔法が発動しているとすればこれは冷や汗ではなく、単純に発汗しているのだろう。


 ロロロが事務所の壁掛け時計を見て。「まだ始業前なんだけどねえ」と溜息をもらした。

「まあ、もしかしたらあんたの仕事ぶりをほめたたえる電話かもしれないよ。あまりの感激に熱弁を振るいたいのかもしれない」

 ロロロが出したわずかな希望の光を。

「職場にかかってくる電話でよかったことなんて、私はありませんけど」

 タタンがばっさり斬りすてた。


 おずおずと試神が手を挙げる。

「……あれずっと鳴ってますが、出ないでいいんですか?」

 三人は黙るが、意を決したように苦同が電話に向かって歩き出す。

 受話器を取った。

 離れてもわかるほどの怒号が聞こえた。


 Φ


「まあ、そろそろ業務時間だし、あたしたちも行こうか」

 電話でぺこぺこ頭を下げている苦同を隠すようにロロロが前に立つ。

「それでいいでしょ、所長」


「ええと、ちょっと待ってください。今週の予定を思い出します」

 そう言って上のほうを向く。少しぶつぶつつぶやいたあと。

「そうですね……今日と明日、お願いできますか?」

「明日も?」


 ……二日間も?

 声に出さずに試神も首を傾げる。そんなに大変な業務なのか、もしくは量が多いのだろうか。

 だが。

 だとしたらロロロまで疑問を持つのはおかしい。業務量は彼女のほうが知っているはずだ。


「ええ。どちらかと言えば、明日、絶命洞窟を連れまわしてほしいです」

「それは二日間に渡って絶命洞窟を見て回るってこと?」

「それでもいいですし、今日は事務作業で明日絶命洞窟でもいいです」

「ふーん……」

「まあ、ロロロさんの業務量によってはその限りではないですが」


 口元に手を当てたロロロが少し悩む。なにかを推しはかるように上目でタタンを見たあと、了解とばかりに小さく頷いた。

「あたしは全然いいよ。いつも通りの業務しかないし、なんだかんだ教えることはあるだろうしね。二日あるとわかればゆっくり説明できる時間も取れると思うし――ああ、でも。突発の業務が入ったらわからないよ」

 最後のはいらない念押しだったのだろうが、重々承知とばかりにタタンも頷き返した。


「それは承知してますよ。その場合はすぐに連絡ください。ロロロさんの業務のほうが優先度は高いです」

「……なんの話っすか……」


 沈んだ声がして、苦同が会話に参加する。まだ始業前だというのにぐったりと疲弊していた。

「あ……先輩。午後、ちょっと客先行ってきます。……クレーム案件っす」

「お疲れさまです。クレームの内容はあとで詳しく」


「で、なんの話っすか?」

「明日、試神さんを絶命洞窟に案内して欲しいってことを話してました」

 今日じゃなくて、と苦同の顔がロロロに向く。「あたしは今日でもいいんだけどね」

「あれ? となると明日……なにか予定入ってましたっけ?」


「来客があります」

 客、とロロロと苦同が同時につぶやいた。


「そんな予定ありましたっけ?」

「ありますよ」

「ほんとっすか?」

「ええ、ありますよ。しかもなかなかの大物です。ですので対応しなくてはいけないので」


 タタンの目線に気が付き、試神が頷いた。同時に明日、その絶命洞窟とやらを案内して欲しいとのタタンの意図もわかった。

「要するにその来客対応の間、俺は事務所に近寄らなきゃいいんだな」

「そうしてもらえると助かります。すいません」


 試神は首をふる。まだ自分は部外者なのだから、人目に見せたくないのは同意できる。それに職員と間違われても困るのだから、姿を見せないのが正解だ。


「……なるほどね。そういうことなら了解。じゃあ、今日は午前中だけ絶命洞窟を見て、午後は事務所に戻すわ。で、明日はもっとしっかり細部まで見せる。それでOK?」

「助かります」

 予定が決まり、一同が納得したところで、ちょうどよく始業を知らせるチャイムがなった。

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