第19話 可能性のひとつとして
(……思いのほか、よく効いてしまったようですね)
一人、夕飯の後片付けをしながらタタンが反省する。最後に出したコーヒー。あれに一服もったのは確かだが……。
「微量な精神安定剤だったのですが、地球の人には濃かったんですかね」
成人前ということで通常の半分。それからさらに半分。つまり通常の1/4程度を混ぜたのだが、後半はぼんやりとして話半分という感じだった。
疲れているようだし睡眠導入剤の代わりになればと思ったのだが、あれじゃ部屋に戻る途中で倒れていてもおかしくない。
話してもいないのでプラシーボ効果でもないのだろう。そんなに疲れていたということか。
「それか……カフェインと一緒に接種しないことって書いてあったのを無視したのがよくなかったんでしょうか?」
ですが、私も同じのを飲んでますしねえ。
試神に入れなかった精神安定剤残りを、もったいないと思いコーヒーに混ぜて飲んだのだが眠くはならない。その代わり、気分が落ち着いた感じもまったくしないのだが。
「あとで倒れてないか様子を見に行くとして、気になるのは…………」
二人分の食器を洗い終え、水切り籠へ。食器棚から少し大きめのカップを出すと、自分用にコーヒーを淹れた。
「やはり、魔法に興味がないことですかねー。あまりにも興味が無さすぎる。最初は理解できないことを理解できないままおいておいているのかと思いましたが、あれは違いますね」
魔法を魔法として受け入れている。
ありふれた技術として、汎用的なものとして。
不思議なものとして、とらえている。
「思えば世界説明のときも、魔法についての質問はありませんでしたし」
異世界や文化についての質問はあった。それから魔法を貯める器官についての質問があっただろうか。
だが、肝心の魔法については聞かれなかった。
過去に転生者に同じ話をしたときは、魔法についての質問ばかりで世界についてはあまり入っていないようだった。だから最初にそっちを持って行ったのだが。
「魔法についての理解が高い……そういえば掛け声とか気にしてましたし、地球でゲームや漫画で魔法の設定に触れているのが大きいのでしょうか。こちらで魔法が盛んということは、向こうでも同じく魔法の設定は盛んでしょうし」
異世界に来たがるということを考えても、そういう作品に触れている可能性は高い。
いや、そういう作品を数多く見てきたからこそ、異世界召喚というものに興味をいただいたのだろう。
それこそあの襲撃者同様に……。
「興味……ありましたかね」
食事会に誘ったときはだいぶ頭が冷えたと思うのだが、召喚されたことを喜んでいるようにはみえなかった。
転生者に対してはよくない印象を持っていることはわかったが、召喚者に対してはなにも言っていない。自分のことなので言う必要がないのとも受け取れるが……。
「ポジティブともネガティブとも、どちらでもなく」
召喚されてしまった。
だからそれを受け入れる。
そんな印象さえ受ける。
(……望まないと、それこそ本気で異世界に行きたいと思わない限り、転生召喚の候補にはならないはずなんですがね)
それこそ人違いや事故でもない限り。
「なんで、試神さんは異世界に来たかったんでしょうかね。まだ知り合って間もないため聞きませんでしたが、そこがわかれば、もしかしたらわかるかもしれません」
(……まあ、自分から話してくれるまで待つとしましょうか)
あの人は一度も「帰りたい」とは言っていないことですし。
チュートリアルの説明のとき、こちらが召喚魔法を使えるとほのめかしても、「じゃあ俺を地球に戻せるか」とはきかなかった。
もし事故や不運な人違いで異世界にきてしまったというなら、真っ先にそこが気になるはずなのに、だ。
たまたま聞き逃してしまったにしても、ほかに気をとられて頭から抜け落ちてしまったにせよ、本当ならもっと早くにそういう話題になってもおかしくない。
魔法に興味がないのならなおさらだ。
この世界にいる理由がない。
「魔王室で働けるから呼ばれたって解釈も、多分間違っていることでしょうし」
タタンが召喚するならまだしも、高級高度行動隊の指揮官がこちらの人材不足を察して人をよこすなんて思えない。召喚者は要らないと言っていることからもそれは明らかだ。
「じゃあなんで召喚されたのかって話しにもなるんですが、そこばっかりはわからないんですよねー。単に魔法の腕が足りなかっただけかもしれませんし」
本来は召喚者は弾き、転生者だけ呼ぶつもりだったのかもしれない。もしくは召喚者なんて選ぶ人はいないと決めてかかったのかもしれない。
転生は嫌だといいつつ本当に地球から離れたくて、たまたま召喚という抜け道を見つけてしまっただけかもしれない。
「……いまさら気にしても仕方ないんでしょうが」
神羅 試神は、異球に召喚されてしまった。
この事実に変わりないのだ。
それに、こちらとしては、いつでも地球に戻せるのだから焦ることはない。
戻りたいと思ったときに、話してくれたときに改めてその説明をすればいい。
せっかくの人材、手放すには惜しすぎる。
「魔法の才能もありすぎるくらいですし……というか、あれでほんとに初なんですかね」
杖を渡したのはタタンだが、まさか本当に魔法が使えるとは思わなかった。
不良品を渡したわけでも使えないよう細工をしたわけではなかったが――技術的に、使うことができないだろうなと思っていた。
予定としては魔法を使うことができず、こちらからいろはを教えることを目的として杖を渡したのだが――。
嬉しい誤算なのか、魔法を教えてしまったことが失策なのか。
「下手にうまいと、困るんですがねえ」
魔法の扱いに長けるようであれば、魔王室での勤務も考えなければならない。
まだあの程度なら神童程度ですむが――
――もし本当に天才なら、育つ前に芽を踏みつぶさなくてはいけない。
「予想ができず自由勝手に動き回る駒なんて、便利ではなく不愉快にしかなりません」
だが――あの魔力の扱い方を見るに。
才能という言葉で表すには、少し違和感がある。
「……可能性のひとつとして、魔法を過去につかったことがある、というのはどうでしょう」
過去に魔法を使ったことがあるなら、納得できる。
杖がすんなり使えたのも、魔法に興味がなかったのも頷ける。
興味がなかったのではなく、飽きていたのなら――。
「……うーん、だとすると大きな矛盾があるんですよねー」
地球は魔法が使えない。
これは絶対だ。
そこが覆ることはない。例外もない。あってはならない。
異球という世界が存在している以上、そこが混在することはない。
「……要観察」
今のところ評価はそのくらいだ。
危険は感じられないし、目立った癖もないに等しい。
いうならばこれは。
(……面白い、になるんでしょうか)
気が付いてしまえばそうとしか思えない。
試神という存在が面白い。
今まで経験がないゆえに、興味深い。
タタンがすっかり冷めてしまったコーヒーをすする。
「久しぶりに、明日が待ち遠しいですねー。来週の予定を思い出すのも熱が入りそうです」




