第18話 魔法を使うことを楽しんでいいと思いますよ
「杖の端をもって、先端に火がともるイメージをしてください」
「火って?」
普通の一般的な想像通りの燃えているやつですよ、タタンが言って試神の手を取った。握り方を教えるよう、指の位置を調整していく。
「火の大きさは、大体ライターほどの大きさでかまいません」
ライターってわかりますか、と問われ、頷く。
「……このあとは?」
「杖は勝手に周りの魔力を吸収していきますので、改めて貯め直す必要はありません。……まあ、厳密にいえば魔法を使ったあとは再度貯め直すため多少時間が必要なのですが、この程度の容量ならコンマ何秒で終わると思います。もっと大型のものになればそれになりにかかるので連続使用前提なら仕様として考えなければいけません。それにそういうものは発熱量が多いので、そこも考慮が必要ですね。……閑話休題。で、魔法ですが、杖に貯めてある魔力を先端に向かって押し出す感じです。垂れ流すというよりは少し圧縮したイメージを持ったほうがいいと思います。そして押し出した魔力を」
「燃やせばいいのか」
なるほど、なんとなくイメージが付いた。
先端を見てみるが、当然穴などはあいていない。先端に向けて細くなっているので逆に持っているわけでもなさそうだ。それに、隣にタタンがいるのだ。逆に持つわけもない。
「魔法を使う時に掛け声みたいなものは?」
「……なんですか、それ」
「ファイアとか、詠唱呪文とか」
「言いたければオリジナルの口上を考えてもらってかまいませんが……正直邪魔だと思いますよ? 口を動かす余裕があれば、とっとと魔法を使ったほうがいいと思います」
理解できないというように首を傾け、額に皴を寄せる。
そういえば、ここに来たときにあった司祭みたいな恰好をした人もタタンも、移動魔法のときになにも言っていなかった。
「地球ではそんなものが必要だったんですか?」
「まあ、演出上な」
漫画にせよアニメにせよ、いきなり技を使うよりかは掛け声があったほうが盛り上がる。逆になにも言わずに魔法を使えてしまったら、ふいうちだらけであっという間に決着がついてしまいそうだ。
「そちらのほうが慣れている、もしくは気分がでるなら『そういう道具』を発注しますよ。言葉きっかけで魔法を発動するように組み込めばいいので、やってできないことはありません」
「いや、そこまでせんでいいよ。魔法って一口に言ってもいろいろあるんだと思っただけだ」
しばらくの間、杖を振ったり先端をジッと眺めてみたりを繰り返す。
さすがに詠唱呪文と口に出しては見なかったが、持つ場所を変えたり先端を持ったりと試行錯誤はしてみた。
しかし。
「でないなあ」
魔力が目に見えるものだったらとりあえず第一段階はクリアしたようなものなのだが、色がついているわけではないのでちゃんと出ているのかさえわからない。
「まあ、練習すればいつかはできますから。コツは気楽に、そして気長にやることです」
コーヒー淹れますね、とタタンがキッチンに向く。
と。
「あ、できた」
間抜けな声がして、すぐに振り返った。
杖の先端に確かに小さな炎が灯っている。
「……できちゃいましたね」
「万が一の可能性として杖が壊れてるかと思ったけど、そんなことなかったな」
ちらっと試神がタタンを見る。途端、火は消えてしまった。つけることはできるものの、維持は難しいらしい。
やや時間をかけてまた火を付ける。
「うまいですね」
「……そうなのか?」
「その調子ですと、もう少し本格的なものを用意してもいいかもしれませんね。業務用の大容量のものを買いますか」
「買ってどうすんだよ、そんなの」
「だから、魔法を使うんですよ」
試神がタタンのほうを向き、溜息をはく。今度は火は消えず、灯ったままだった。
「その杖は差し上げますよ、練習に使ってください。その杖の魔力でどのくらいの魔法が使えるのか、遊んでみるのもいいと思いますよ」
そういって、二杯目のコーヒーを組んだタタンが、また魔法で試神の前にコーヒーを運んでくる。
「せっかく異球にきたんです。魔法を使うことを楽しんでいいと思いますよ。魔王室で使うことは避けて欲しいですが、プライベートでは全然使っていただいてかまいません」
Φ
魔法の練習を終え、食後のコーヒーを飲み終えるとすぐに解散となった。
そのくらいから、試神の欠伸が止まらなくなったのだ。お腹も満たされたことにより、体も疲れを感じ始めたのかもしれない。コーヒー……カフェインを摂取し、さらには少し仮眠をとったはずだが、眠気は強くなる一方だった。
「今日はもうゆっくり休んでください」
そのタタンの言葉も、目が開かないので閉じたままで聞いていた。
「明日ですが、書類に記載あったように9時より業務開始ですのでそれまでに来ていただければいいですが……明日はお休みにしましょうか? 今日召喚されてきたわけですし、疲れもたまっているはずです。お休みいただいてもかまいませんよ?」
体を気にかけたタタンの提案を、試神は断った。眠いは眠いのだが、そこまで体が疲れている感じがしなかった。眠いだけだ。おそらく一晩寝ればすっきりするに違いない。
それに、休むにしても少しは貢献してから休みたかった。
帰り際、朝ごはんにということでパンをいくつか紙袋にいれてもらい、部屋に戻る。
5分とかからない帰り道だが、少し歩いたのがよかったのだろうか。目が開く程度には眠気が消えている。
鍵をかけてない戸をあけると、電気の消えた室内とまっすぐに伸びる廊下が見えた。タタンの部屋と違って土間などない。玄関から部屋まで同じカーペットが続いているだけだ。
電気をつけ、中に入る。玄関扉を閉めると、ちょうど隠れる部分に折れ戸があり、なかに靴を収納できるようになっている。
試神はそこからスリッパを出すと、靴をしまった。ペラペラで扱いにくいものだが、誰かが土足で入ったかも知れない場所を靴下で歩く気にはなれなかった。潔癖症ではないのでいずれ慣れるのだろうが、少なくとも一回掃除機をかけた後にしたい。
廊下の先はベッドルームに続いている。
セミダブルベッドがひとつとやや広めの机が一つ。コンセントや電話が置いてあるほか鏡もあるので化粧台や荷物を広げるときにつかうのだろう。空いたスペースにはシングルソファーとノートパソコン一つほどの小さなテーブルがあるので、ゆっくりくつろぐときはこちらを使うのかもしれない。
誰もいないので大きな欠伸をしつつ紙袋を広いテーブルの上に置き、ベッドに寝転がる。スプリングの音が数回して、静かになった。
地下にあるため窓もないこの部屋は、環境音がまったく聞こえず静かだった。テレビもないので、自分が音を出さないと途端に無音になる。
「…………」
なにか考えようとして、
「…………」
なにも浮かんでこなかった。
頭がしびれたように、働きが鈍くなっている。さっきまで動いていた手足が重い。歯を磨かなきゃ、お風呂に入らなきゃと思うのだが、動かそうとした手足は意思をもって拒否しているようにいうことを聞いてくれない。
このまま寝ようかとも思ったが。
「そういえば、明日……どうやって起きよう」
いつもは携帯のアラームで起きていたが、今はない。置時計はタタンに返してしまったし……いやそもそも、この部屋に時計なんてあっただろうか。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。




