第15話 チュートリアルです
「試神さん、今どのくらいお腹すいてます?」
聞こえた声がくぐもっていると思ったら、タタンの姿が無かった。キッチンの奥の冷蔵庫が開いているので、中を覗き込んでいるらしい。
お腹と言われ、思わず手を当てる。胃と会話するように少し間を置く。
「正直……あんますいてない」
「小食ですか?」
「……多分、違うと思う」
部活は運動部だったため、それなりに量は食べていた。今空腹を感じていないのは、この数時間があまりに怒涛すぎてそこまで気が回っていないせいだろうか。
「夕飯に誘ってもらったのに悪いんだけど、あんま食べれないかも」
「別に残してもらっても気にしませんよ」
「昼食、食べたあとだったのかなあ」
召喚されたときの記憶がないので時間は正確にはわからないが、学校の制服を着ているところを見ると高校に行っている時間帯のはずだ。お弁当のあとすぐこちらに来たのなら、まだ空腹を感じないのも納得がいく。
「まだ緊張しているんでしょうね。安心したらお腹が空くかもしれませんし、夜食にもなるよう多めに作ってタッパーにでも詰めておきましょう」
「助かる」
「あとは明日の朝食に菓子パンをいくつか見繕っておきますね」
「それも助かる」
冷蔵からなにやら肉のようなもの、それから野菜のようなものを取り出し、並べる。
調理が始まるのか、と思ったところでなにやら電子音が聞こえた。
風呂、それとも炊飯器かと試神が思うも、コーヒーメーカーのようだった。
「手伝う」そう言って席を立ったとき、試神の前にコーヒーカップが自分からやってきた。タタンが魔法で運んだのだ。
ふよふよとリズミカルに飛んでくるそれはアニメ映画のワンシーンのようでもあった。手に取ったときは重さを感じなかったが、徐々に重さが増し、やがて動かなくなった。
「……いただきます」
一口すする。事務所のはインスタントだったが、これはあきらかに香りが違った。どうやら豆から挽いているらしい。
タタンも同じくコーヒーを一口すすり。
「まだお腹が空いていないとのことですので問題ないと思いますが、できあがるまでお時間がかかりますよ。夕飯の下準備はすでに終えてますのでそこまでではないですが……そうですね、完成まで少なくとも30分ほどでしょうか」
「いいよそれくらい、全然待つ」
むしろそれだけで出てくるのなら早いくらいだ。
「ですが、このまま待つのも退屈でしょう? ちょうどいいので、この時間を利用して試神さんも始めましょうか」
(始めましょうか?)
「なにを?」
「チュートリアルです」
タタンがコーヒーカップを宙に浮かし――そして、そのまま浮かせ続けた。
無重力空間にあるように宙に固定はさせず、試神に見せつける様に少しの間ふわふわと漂わせる。
「試神さんにとっての『チュートリアル』――いわば、この世界の説明フェーズです」
Φ
まず最初にこの世界の名前から行きましょうか。
この世界は異なる球と書いて、『異球』と呼ばれています。球の字がある通り、実際に球の形をしています。直径は約13000km。惑星で、自転しています。
地球と似てますでしょう?
というより、地球と同じはずです。
そのあたりの数値的なデータは、地球と異球で全く同じと思ってくださって結構です。
時計を見て気が付いたと思いますが、時間の流れる速さが同じなのもそのためですね。ちなみに重力も同じなので感じる重さも一緒です。温度もそうですね。水は100℃で沸騰しますし、絶対零度はー273℃です。
……え? いやいや、地球のコピーではないですよ。ゲームじゃないんですから、そんなことできるわけないじゃないですか。それに、異球と地球、どちらが先にできたわけでもないので真似をするなんてことはできません。
異球と地球は、同時に誕生しました。
もともとひとつの球だった世界を、異球と地球に分けたのです。
ですが、分けたと言っても『分断した』というよりは『住み分けた』程度に考えておいてください。表と裏のような関係で、二つの世界はお互いに干渉しながら、影響を受けながら、今まで発展を続けています。
文化も影響を受けているのでこうやって世界を超えても言葉が通じますし、コーヒーや砂糖のような嗜好品もあるわけです。
さすがに全ての名前が一致しているなんてことはありませんし、二つの世界で異なる文化はありますが、まあ生活に必要なものはほとんど地球と同じと思ってくださって構わないと思います。実際、転生者がそれで困ったという話はあまり聞きません。
大きな違いがあるとすれば、物価でしょうか。それだけは多少異なると思いますね。お金の単位も……へー、そちらでは『円』という単位を使うんですね。 こちらでは『イル』という単位を使います。さすがに1円=1イルではないと思うので、そのあたりは慣れていただく必要がありますね。
ですが、言葉を使ってコミュニケーションが取れますので大抵のことはなんとかなると思いますよ。試神さん、口下手でもコミュ障でもないようですのでわからなければ他人に訊くなりすれば解決できると思います。
……え? なんで同じ言語を使用しているのか不思議だ、と言われましても、そういうものだから、としかお答えできませんね。
……にほんご? ああ、試神さんが使う母国語のことですか。勉強になります。ですがその言語体系も決して地球の方たちだけで作成されたものではなく、異球の人も一緒になって作りあげたものなんですよ。知らず知らずのうちに影響を受けていた、ってやつです。どちらが発祥ということでも、どちらが進んでいるという意味でもありません。
見えない二人三脚をずっと続けてきた、そう思ってください。どちらが欠けても、ここまで発展はできなかったでしょう。
まあ、二つで一つのような関係なので、当たり前と言えばそうなのかもしれません。
先ほど、地球と異球はもともとひとつだったと言ったでしょう?
それは、異球という名前の由来にもなっているんです。
もともと一つ――『いち』だった球を分けたので、『い』球と『ち』球になったんです。『異』は当て字ですね。『異なる』という意味はあまりありません。
……なぜ分けられたのか、ですか。なかなか難しい質問ですね、歴史的な背景などは異球の歴史の教科書や書店に行けばいくつか資料が出てくると思いますが……んー、そうですね。端的に言ってしまえば。
魔法を使うことができる人を集めた世界が『異球』で、
魔法を使わない、使うことができない人を集めた世界が『地球』です。
ですので、試神さんがあの部屋に入っても問題なかったとき、私は地球から来たのだとわかったわけです。
まあ、言ってしまえば異球と地球の違いはそれくらいしかないんですよ。
……結構大きい? そうでしょうか? あったものがなくなったのではなく、最初からないのですから変わらないはずですよ。その分、地球のほうが技術が発達していますし、頭のいい方が多いです。研究熱心ですしね。




