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第14話 うち、土足厳禁なんですよ

 せっかくですし、夕飯でも食べに来ませんか?


 タタンにそういわれて、地下3階、試神の部屋よりひとつ下の階に降りてきた。

 フロアの大きさ自体はあまり変わらないように思うが、試神の部屋があった階とは雰囲気が異なっていた。上品、もしくは上質というのだろうか。物のグレードが全て2ランク以上違うものが並んでいる気がする。

 床に敷いてあるカーペットも、飾ってある絵も、廊下に等間隔で設置されているフロアランプも、価値はわからないが、それなりの代物なのだろうとは思う。試神の部屋があった階ももちろん悪くはなく、調度品すべてに手を抜いている様子はまったくなかったのだが、こちらを見てしまうとどうしても見劣りしてしまう気がする。

 それにドアの数が違うように思う。試神も言われた階の言われた部屋にしか入っていないのであまりよく覚えていないのだが、部屋の数が1/3ほどの気がした。


「今日はもう出る予定はありませんので、もしなにかあれば来てください。鍵はあけておきます」

「なにかって?」

「ホームシックに襲われて心細くなったとか」

 冗談なのか本気なのかわからないことを言う。しかし、一応お礼を言っておく。もしかしたら別の用事で訪れる機会があるかもしれないからだった。

「普段も定時後はここにいる可能性が高いので、用があればお気軽にどうぞ。なんなら休日もほぼここにいますので、いつでも遊びにきてください」

「それは助かる」


 エレベーターを出て左に曲がる。試神が通されたお客様用のレストルームのときと違い、地図がないので部屋を覚えなきゃいけないかと思ったが、角を一本折れただけでタタンの部屋についてしまった。しかもドアは一つしかなく、間違えようがない。それも一枚板で作られたしっかりとしたドアで、これだけでいったいいくらするのだろうと思ってしまうほどだ。

「なんか……高級ホテルみたいだな、ここ」

「本当ですか?」

 タタンが少し首をひねり、試神を見た。その顔にはパアっとした笑顔があった。

「こちらの部屋は大事なお客様とかを案内することが多いので、そう見えるように拘ってるんですよ。お世辞抜きにそう見えるのなら、これからも自信をもって案内できますね」

「ここ、タタンが手入れしてんの?」

 てっきり専門の人がいるのかと思ったのだが、違うらしい。タタンはますます嬉しそうに首を縦に振った。

「手入れ、というほどのものじゃないですけどね。絵とか花とかは自分で選んでますよ。いやー、嬉しいですね、褒めてくれる人がいるのは」

「ほかの人はなにも言わんのか?」


「言うには言いますけどね」と軽く笑う。「ですが、大抵ここに来る人は『お客様』ですので、お世辞だなあと思うことが多いんですよね。部屋とか、褒めやすいじゃないですか」

 じゃあ俺のも世辞と思わないのか、と試神は思ったが。

「まあ、俺の場合、世辞をいっても仕方ないもんなあ」

「でしょう? ぽつりとでた本心が先ほどの言葉なら、すごくうれしいですよ」

 鼻歌でも聞こえてきそうなほど上機嫌で試神の先に進んでいく。

(……こういうセンスはあるのに、なんで創造根底館とか魔王室とか付けちゃうんだろうなあ)

 天は二物を与えずとは、こういう意味なのだろうか。


 タタンがドアの前に立ち、鍵を開ける。ドアノブを回そうとしたとき、「あ」と声をあげた。

 ちらっと、試神の顔を盗み見る。

「なんだ? 部屋を片づけるから待ってほしいとかか?」

「まさか、そんなんじゃありませんよ。……ひとつ聞きたいのですが、試神さんって、召喚前の生活は土足文化でしたでしょうか?」

 土足文化?


「いや、日本暮らしだから、玄関で靴を脱いでたけど」

 それなら良かったですと言ってタタンがドアを開ける。

 灯りが付いていないのでよくわからないが、フロアランプのわずかな光に照らされて立派な玄関が見えた。

「うち、土足厳禁なんですよ」


 Φ 


 そこは、家族4人が暮らしても十分余らせそうな部屋だった。


 入ってまっすぐ見える廊下の先に、おそらくリビングがあるのだろう、閉まっている戸がひとつ見える。出されたスリッパをはいてそこに行くまでに、3つほど部屋を通り過ぎたが、その部屋一つだけでも試神のゲストルーム以上の広さがあった。電気が消えているので中まではよく見えなかったが、散らかっている様子はなくきちんと整理されていた。

 とても同い年の部屋とは思えない。


「……今更だけどさ、タタンって結婚してるの?」

「うえっ!? なんですかいきなり」

 飛び跳ねる様に驚いて、逆にこちらが驚いてしまった。

「いや、あまりに片付いているから誰かと一緒に暮らしてるのかと」

「ああ、そういうことですか」びっくりした、とタタンが息を吐く。「いませんよ、一人暮らしです。お手伝いさんもいません」

「にしては綺麗すぎだし……広すぎねえ?」


「広いのは同意しますね。正直余らしてます。掃除も大変ですが、私の立場上お客様をおもてなしするときもありますのでさぼるわけにはいきません」

「おもてなしって、この部屋を使うのか? 普通どこかの店とか、ホテルとか行くじゃないのか?」

「もちろん、そういったところも使うことはありますが……ここが一番近いですからね」

 近いどころか、同じ建屋だ。


「それにおもてなしといっても料理をふるまうとかだけじゃなく、あまり外で話せない……会議室でも話せないような内容のことを打ち合わせするときなど、私の部屋を使用するんです。ここなら誰も聞き耳を立てれませんから」

「うへー……さすが館長だな」

 なにがさすがですか、タタンが肩をすくめる。


「館長と肩書はありますが、実際は18の子どもですからね。結構なめられるんですよ? こういうところでしっかりしたところを見せておかないと威厳もなにもないんです。本当ならリビングに漫画とか積み重ねていつでも読めるようにしたいんですが、子どもっぽいからやめろと言われて部屋に押し込んでます」

 溜息をつくタタンは、いまばかりは年相応にみえる。家に帰ってきて、気が抜けているのかもしれない。


 廊下の突き当りの戸をあけ、灯りを付けた。

 そこは想像通り、リビングダイニングだった。

「どうぞ、適当にこしかけていてください。私は部屋着にきがえてきます」


 試神だけ中に入れ、タタンは別の部屋に消えていく。そこがタタンの部屋か、もしくは脱衣所があるのだろう。

 言われた通り、恐る恐る中に入り、近くにあったダイニングチェアに浅く座った。背もたれのしっかりとした四つ足の椅子。一度も使われてないくらいに傷も剥げもなく、ほかに見える三つの椅子も同じよう新品みたいだった。試神の前には6人用の広い木製のダイニングテーブルがあり、カウンターキッチンとつながっている。白を基調としたキッチンは灯りがついておらず見えにくかったが、見た目を気にしていると言っているだけあって綺麗に片付いている。油汚れなど無縁みたいだ。

 視線を前に向ければ、ダイニングの先に広いリビングが続いている。そちらにはL字のソファーと大きな薄型テレビが見えた。その上にはファン付きの電灯があり、部屋の隅は観葉植物が置いてある。


 後ろにも広いスペースがあり、なんとそこには畳があった。リビングダイニングと共に板張りであったが、畳との間には敷居があり、今は無いが障子をはめれば個室になるのだろう。畳の部屋は見る限り和室で、壺と水墨画の掛け軸が飾られている。その奥にはふすまがあるので、押し入れにでもなっているのだろう。


「もしベッドより布団がよければ、あそこをお使いください」

 声がして、視線をそちらに向ける。

 いつの間にかタタンが戻ってきており、キッチンに立っていた。スーツを脱ぎ、Tシャツにスウェットというラフな恰好である。


「布団なんてあるのか?」

「ご年配の方は布団を好まれるので、用意はしているんです。あとは知り合いが泊まりにきたときとか使ったりしてますね。ゲストルームを使ってもいいんですが、階が違いますから少し使いにくくて」

 どうしますと言われ、答えは保留しておいてくれとお願いする。ベッドがあわなかったら布団を考えるつもりだった。

「ベッドが合わなかったら、合うものを選んでくださってもいいですよ。そのくらいの費用はお支払いします」

「もしそうなったら立て替えといてくれ。給料が入ったら払う。……というか、ベッド変えるんだったら、その場合は別の場所を借りてもいいか」


「場所が決まったら教えてくださいね」

「……遊びにくるのか?」

「それもありますが、社宅にすれば家賃補助がききますよ」


 なるほど、と思う。高校生の自分には思いつかなかった考えだ。

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