第145話 命に値段はつけれません
「なあ、ユミズ。お前の<商人の意地>が買い取れるのは攻撃だけなのか?」
「いえ、値段がつけば行動や思考も可能ですよ」
一歩、二歩と後退しながらユミズが言う。それに合わせて、試神たちも後ろに下がっている。もちろん、後ろにクレイマンがいないことをしっかり確認した上でである。
じゃあよ、と墓蒔が言いだす前に、ユミズがさらに言葉を続けた。
「ですが、査定するだけで買い取ることはできないでしょう。高価すぎます」
買い取るといっても、ユズキは商人である。それは当然契約であり、相手……顧客とは対等な立場でなくてはならない。
どちらが優位というわけではない。提示された値段に対し、こちらが買いたたくということはできない。
こちらが提示した内容に対し、相手が無意識のうちに納得できる金額を提示する。
ユミズはそれを了承するか、しないかしかできない。
再査定もありえないし、金額交渉もできない。
そして当たり前のことながら、行動や思考など、自分を意思を他者が無理やり捻じ曲げるためには相応の金額が必要なのである。
「しかも、相手は人間ではなくただの無機物。そもそもお金に興味が薄いんでしょう。先ほどの攻撃もそうでしたが、かなり高額でしたよ。それを考えると、行動の制御なんてもの、払えるかどうかすらあやしいです」
まだ査定していないのでわからないが、する気にすらならない。
自分の金庫にあといくら残っているのか正確に把握しているユミズだ。それくらいわかる。
「もうひとつ訊くが、相手の命を買い取るとかもできねえのか?」
無理ですね、とユミズが言った。
「契約上、どうしてもお金を受け取る相手が必要です。死んだら、誰がそれを受け取るっていうんです? 契約不成立となって、金額がカンストするんです」
「うはは」
墓蒔が笑い、試神の腕を引いて後ろに引いた。
「命に値段はつけれませんってか、よくできてんなあ!」
試神がいた場所の地面が盛り上がり、クレイマンが一体、泥の中から這い出てきた。上半身だけを出したまま足を掴もうとするその腕を、墓蒔が踏みつけて阻止する。
腕が無くなったクレイマンは。
「先ほど出来たあなたに、お金はありませんね」
ユミズに吹き飛ばされた。ばらばらになった泥が周囲に飛び散る。
「いやー、ジリ貧ジリ貧。まいったね、これ」
後ろに下がるだけではどうにもならない。今自分たちがどこにいるかわからないが、入口のほうに向かっているだけなのだから、いずれ追い詰められてしまう。
誰か助けでもくればいいが、残念ながら、誰もそんなアテはない。
まったく。
(……めんどくさいねえ、マジで)
墓蒔はにやりと笑うと、「ユミズ」と声をかけた。
「なんですか?」
「さっきの塹壕のでっかい版、作れるか?」
「……でっかい版?」
「できれば、この通路を一回塞ぐくらいのやつ」
ちらっと前を向く。
できる、その顔はそう言っていた。
「よし、なら、とりあえずやってくれ」
「ですが」
「わかってる」
ユミズが言わんとしていることはわかる。
そんなもの作っても、すぐ泥になって意味がなくなってしまうと。
けれど、たとえ十秒でも話し合いの時間ができるのなら、それで十分だった。
「………………」
ユミズが魔法を使い、地面を盛り上げる。
墓蒔の言った通り、道に栓をするように隙間なく塞いだ。
「よっしゃ。じゃあ、ユミズ、試神」
墓蒔が大仰に、両手を広げた。
「そろそろ反撃と行こうじゃないか」
Φ
作戦決行の合図は、道を塞ぐ壁が無くなったときだった。
べしゃべしゃと、ガンガンが合わさった音がしていたので、おそらくクレイマンが殴っていたのだろう。空っぽの腕ではそこまで強く殴れなかったらしく、結局、壁は壊されなかったのでユミズが魔法を使って壁を退かした。
見通しがよくなった道の先。
ユミズは仁王立ちして待っていた。
射幸を持ってはいるものの構えはせず、道の真ん中に立っている。その後ろには試神が、リュックの影に隠れるようにして顔だけ出していた。
クレイマンたちが進軍を始める。
最初は歩いていたクレイマンも、標的を定めたらしく徐々に駆け足になっていく。
ユミズたちは少し後退しながらそのときを――
――クレイマン全体がユミズに対し敵意を向けるところまで待った。
こちらに標的が向かなければ。
「それ、値段をつけさせていただきます」
固有魔法が意味を成さないからだ。
――お前の固有魔法、査定だけすることはできないのか。
反撃開始を宣言したあと、最初に墓蒔が訊いたことだ。
――買い取らなくていい。ただ、その金額だけ知ることはできるのか。
答えはもちろん『できる』。相手が提示してきた金額に対し、こちらが呑み込めなければ拒否できる。一般的な金額などないので、どのくらいが普通なのかわからない以上、それは当たり前の措置であった。
「じゃあよ」と、墓蒔が言う。「全員に攻撃させて、その金額をみてくれや」
「……――神羅さん!」
「かんく」
名前を呼ばれた瞬間、試神が『ハクアイ』のページを破る。
光の球が生まれ、ユミズの背後が明るくなる。それを、ユミズが撃った。
構えてすらいない射幸。持っていただけなので、そのときの銃口は上を向いていた。そんな状態で引き金を引けば、弾は上にしかいかないはずだ。しかし、命中精度を金で買い、『対象に絶対に当たる弾』となったそれは空中で軌道を変えると、光の球に向かっていった。
攻撃力皆無の、殺傷能力ゼロの弾丸。
綿のようにふわふわと軽い光りの球すらその弾は撃ちぬけず、しかし止まることなく、銃弾は進んでいく。
試神が生んだ光りの球に当たる。
ユミズが金で買った願いはそれだけではない。
もう一つ、願いを買っていた。
光りを連れた弾丸は、こちらに走り寄るクレイマンの間を縫うように進み、そして、とあるクレイマンの一体に当たった。
絶対命中の弾丸。外れるわけないとわかっていても、当たった瞬間息をつくくらいには緊張していた。一瞬だけ安堵したあと。
叫ぶ。
「――『墓蒔』さん! あれです!」
その瞬間、友情崩壊ダンジョンの壁から、墓蒔が飛び出していった。
さっきまで壁の中――泥の中に身を隠していたため全身泥だらけだが、そんなこと気にしてられない。
墓蒔の目の前をクレイマンたちが駆け抜けていく。見てすらいないということは、やはり視えておらず、かつ急に対象を変更できない、ということだろう。
「うはは、まあ大方、予想通りだな」
目の前のクレイマン数体を殴打王で殴りながら、光りの方へ――先ほどクレイマンについた目印のほうに進む。
あれが。
あれこそが。
「あいつが本体です!」




